第8話 ゴミの根城
「「え――――――っ!?!?!?」」
トウゴとステアは、同時に叫んだ。
あんなに念を押したのに! あれほど頷いていたのに!
ゴミ袋の【忌不様】は、不自然に長い手足をバタバタと動かした。
喜びを表現しているのだろうか。
気持ち悪い動きだ。
【忌不様】はカサブタだらけの両腕を、
『 ゴ ミ ぃ っパ い ア ゲ ル』
イチのすべすべな太腿へ伸ばしたが、
「むん」
イチが黒髪を揺らして身体を捻り、右脚を鞭のようにしならせて、ゴミ袋の頭を蹴り飛ばした。
ゴミ袋の【忌不様】はきりもみしながら森の方へ吹き飛び、大きな木の幹に衝突して、
『 ぐ ぇ っ 』
カエルが潰れたような音を出して地面に落下し、ビクビクと痙攣する。
……さすがは、S級の【忌不様】といったところか。
イチはつまらなそうに、蹴り上げた脚を地面に下ろして「ふーふん」と息を吐いた。
「――――って、見惚れてる場合じゃなかった! イチさん、トドメトドメ! あのでっかい怪物の右腕出せる? 嫌なら無理にとは言わないけど――――」
「……だす」
イチは頷き、右手を上に掲げるが、
「……む?」
心臓の【忌不様】を倒したときほどの、濃い靄が発生しなかった。
ぷすぷすと、煙草の煙程度の靄が漂うだけだ。
「ど、どうしたの……?」
「……あんまり、力が、でない」
「えええっ? な、何故?」
トウゴが訊くと、
「……」
ぐぅ~っ、と。
イチの腹が鳴った。
「もしかして、お腹が減って力が出ないの?」
「……」
「あーははははそっかぁ……半日、身体動かしてお仕事頑張ったもんねえ……」
「うむ」
「それじゃあ――――撤退!」
完全に倒せないのならば、今のうちに逃げるしかない。
トウゴはイチの背中を押しながらいそいそと走り、ゴミ収集車の助手席へと押し込んだ。
運転席では、ステアがすっかり取り乱した様子で、車のキーを回している。
しかしエンジンは悲鳴のような音を鳴らすばかりで、一向に始動しない。
「くそっ! くそっ! ……何でだ! エンジンが急に止まったかと思えば……ぜんぜん、かからねえ!」
「ま、前はこんなことなかったんですか?」
「当たり前だろっ! 俺は前、返事をしなかったんだ!」
ステアが非難するように、トウゴとイチを見た。
「ああああれほど言ったのに! 忠告したのに! 何で返事なんかしたんだ!」
それに関してはトウゴも被害者なのだが、この雰囲気では反論できそうもない。
「というか、その子は何で【忌不様】を蹴っ飛ばせたんだ!」
「い、いやそれは……」
「おいおい、何だよぉ。何か隠してるのか?」
「そ、それよりもほら、早く車のエンジンかけて事務所に戻らないと」
「やややってるよ! やってるけどぜんぜん……」
『ゴ ミ マ だ あ ル よ ?』
「今更どうでも良いよ! こんな時に、そんなこと気にしてる場合じゃ――――」
ステアが責めるようにトウゴとイチを睨んだが。
「ス、ステアさん……」
トウゴとイチには、見えていた。
「え? え? ……え」
運転席の開けた窓のすぐ外に、ゴミ袋を被った【忌不様】の5つの目玉が、蠢いていたのを。
さっきイチが蹴飛ばした【忌不様】が、もう復活したのだ。
しかも、『儀式』が短時間で2回も成立した影響なのか、その身体は急にミシミシと成長し、筋骨隆々に膨れ上がった。
丸太のような2本の腕がぬっと伸びて、ステアの肩を掴む。
「え、ちょっ……なん、で――――」
そして暴れるステアを軽々と、運転席の窓から外へ引きずり出した。
「ステアさんっ!」
2mくらいの身長になったゴミ袋の【忌不様】は、ポケットから汚いゴミ袋を取り出して、その中へステアの身体を詰め込んだ。
「ひぇ……トウゴ、た、助け――――」
ぎゅっ、と袋の口が結ばれて、ステアの声がほとんど聞こえなくなる。
そして【忌不様】は袋を担いで、走り出す。
トウゴ達のおかげで空になった路肩のゴミ置き場をぴょんと飛び越えると、森の奥へと走り去ってしまった。
トウゴは呆気にとられて、その背中を見送ってしまったが、
「あれ……やばいよねぇ? イチさん」
「……ギセイハ、ツキモノ」
「いやいやいや! まだ追いかければ助けられるよ!? たぶん!」
「……(ぐぅぅ~)」
「お腹の音で抗議しないで!? ほとんどおれたちのせいでステアさん連れて行かれたんだから、ちゃんと助けてあげないと!」
「……いっち」
「分かった分かった! 帰ったら10個くらい買ってあげるから! ね?」
というわけでトウゴとイチは、ゴミ袋の【忌不様】と同じく路肩のゴミ置き場を飛び越えて、森の奥へと向かった。
追跡は、案外簡単だった。
あの【忌不様】が通ったと思われる道に、ヘドロのような汚物が点々と続いていたのだ。
なるべく臭いを嗅がないようにしながらその跡を辿ると、少し開けた場所に出た。
腰の高さほどまで生い茂っていた雑草が無くなり、上空に蓋をしていた木々もぱったりと消える。
半径100メートル程の開けた土地の中心には、山小屋のような建物がポツンと建っており、その横には10台もゴミ収集車が停められていた。
きっと、あの【忌不様】が今まで誘拐してきたゴミ収集業者達が乗っていたものなのだろう。
辺り一面には夥しい数のゴミ袋が散らばり、腐臭が充満していた。
「イチさん。ゆっくり、ね」
身を低くし、ゴミ袋の小山を遮蔽物にしながら、忍び足で小屋へ歩み寄る。
山小屋には明かりがついており、1体の人影が動いていた。
さらに、ブロロロロロと低いエンジン音が響いている。
小屋の1番近くに停まっている、ゴミ収集車からだ。
(車のエンジン掛かってる? なんのつもりだ……?)
10m手前まで来ると、下手くそすぎる鼻歌が漏れ聞こえてきた。
連続的に、何か硬いものを叩き付けている音もする。
小屋の戸や窓は、開けっ放しになっていた。
トウゴは恐る恐る、窓から中を覗く。
――――居た。
今や2mの巨人となったゴミ袋の【忌不様】が、ステンレス製の作業台に向かって何やら作業をしていた。
その右手には、刃こぼれだらけの手斧を握っている。
【忌不様】が太い腕を振り下ろす度に、硬い衝突音と柔らかいものが潰れる音がして、赤黒い液体が飛び散った。
……あまり、見ない方が良さそうだ。
トウゴが窓から頭を引っ込めようとすると、
モゴモゴッと。
くぐもった音が聞こえた。
まさか作業台の方から……? とゾッとしたが、どうやら違うようだ。
作業台の、向こう側。
タイル張りの部屋の隅に無造作に置かれた汚いゴミ袋が、バタバタと蠢いていた。
(あ、あれって……ステアさん!?)
間違いない。
ステアが詰められた袋と同じものだ。
(でも、どうしよう? 入れる窓とかは沢山あるけど……)
ゴミ袋の【忌不様】は作業に夢中で、部屋の中央から動く気配が無い。
あの位置に居座られると、どこから侵入してもすぐに発見されてしまうだろう。
(考えろ考えろ……かくれんぼ系ホラーゲームだと、こんな時は……)
トウゴは一旦頭を引っ込め、転生前に嗜んでいたゲームの記憶を必死に振り絞る。
そして、足元に転がる石を拾い上げて、しげしげと眺めた。
(……ベタだけど、やってみるか?)
あまりグズグズしていると、ステアがバラバラに切り刻まれて『ゴミ』にされてしまう。
「……イチさん。こっち」
小声で指示を出し、小屋から少し距離をとる。
作戦は単純だ。
「おれがこの石を投げて、向こうの車の窓ガラスを割る。そしたらたぶん、あの【忌不様】が驚いて様子を見に出てくるはずだから、その隙に小屋に忍び込んで、ステアさんを助け出そう」
「……できる?」
「できるできる。こう見えて、ステルスゲームは得意だったんだよ、おれ」
「……」
「ま、まあとにかく時間が無いから、始めるよ?」
ジトっと無反応なイチに気圧されながらも、トウゴは野球のピッチャーのように振りかぶった。
「いくぞーっ、ていっ!」
そして見事に、的を外した。
――というより、張り切って投げられた石は1mも飛ばず、ほぼ真下に叩き付けられ、地面に転がっていた金属のゴミに衝突し、カツーン! と派手な音を立てた。
「あ……そういえばおれ……ゲームは得意だけど、球技全般苦手だった……」
「……」
イチの視線が痛い。
「いやイチさんもさっき凡ミスしてるからね? おれのこと言えないからね?」
「……」
「あ、ごめんそんな目で見ないでおかしくなっちゃう――――」
『 な ぁン だ ぁ ア ぁ あ ァ あ ?』
そして小屋から、ゴミ袋の【忌不様】が飛び出してきた。
もちろん、トウゴの足元で鳴った大きな音に反応して。
「――――あ」
ばっちりと。
『……』
5つの目玉と、視線が合う。
『……』
にこっ、と。
目玉が上機嫌に、笑った。
『 ご オぉ ぉ ぉ み ほシ ぃ い ぃ ぃ ?』
そして、デカい刃こぼれ包丁を振りかざして、突進してきた。
「ギャァ怖い怖い怖い! イチさん作戦変更! 正面突破! お願いタスケテ! サンドイッチ50個買うから!」
「むーふ」
イチは吐息しながら、右腕をぐるぐる回した。
そして月明かりに掲げる。
すると今度こそ、周りに黒い靄が発生した。
細腕が黒く、筋肉質に肥大し、針のように逆立った毛が生え始める。
拳や指は黒い獣毛に飲み込まれて、20倍にまで膨れ上がる。
その長さ、約10m。
太さは、直径で約2m。
腕の先には紫に光る細い目が8つに、1本1本が刀の切先のように鋭い100本以上の牙。
巨大な獣が、イチの右肩から生えた。
その威圧感は異様で、味方であるはずのトウゴですら額に脂汗が浮かんだ。
『――――っ! ぉ ぉ ぉ ォ ぉぉ おお オォ 』
ゴミ袋の【忌不様】は一瞬怯んだが、突進を止めない。
大きな包丁を剣のように構えて、飛び込もうとするが――――
巨大な獣顔の腕は、細い少女の身体で支えているとは思えないほどの速さで、筋肉をしならせた。
一瞬で間合いが詰められ、【忌不様】の腕が噛み千切られる。
『 あ あぁ ア ぁ あ ぁ !?』
ぐじゅぐじゅと粘性の高い血を迸らせながら、ゴミ袋の【忌不様】が悲鳴を上げる。
そして、
「あむ」
唾液の糸を引く数多の牙が、ゴミ袋の【忌不様】の頭部を齧り、
「むぢっ」
捩り切った。
『――――――――――――』
筋骨隆々の胴体から力が抜けて、地面に倒れる。
獣顔は容赦なく、その残りの肉体もガツガツと貪った。
そして骨も残さず食べきると、獣顔はまた不味そうに目を細めて、静かに霧散する。
「お……お見事。イチさん」
助かりはしたが、やはり怖いものは怖い。
トウゴは恐る恐る、イチに近づく。
「……」
いつもと同じ無表情のイチは、トウゴの顔をじいっと見つめ返すだけだった。




