↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/66

新たな旅立ち



「時雨が旅立ってから数日……兵士たちの状態はどうだ?」


「戦いの影響から疲労困憊の状態です。それに加えて……飛鳥様がお亡くなりになったことで、部隊全体……特に時雨隊の士気が大きく低下しております。想定はしていたことですが立て直しには少し時間が掛かるものと」


「そうか、分かった」



現在は軍議の真っ只中。


それぞれの現状を報告していくが、やはりそのいつになく雰囲気は重苦しいものがある。


魏との戦いで相手にも大ダメージを与えることに成功したが、こちらも多くの兵士たちを失った。それだけならまだしも、呉の精神的支柱にもなっていた飛鳥までもが居なくなることに。


弱り目に祟り目とはまさにこのことだろう。


天のご加護があるという目に見えない力は、想像以上に呉全体に活力を与えている。それが失われた現在、兵士たちの士気が大きく下がるのも無理はない。


特に如実なのは飛鳥が率いていた時雨隊であり、隊長は飛鳥から愛莉へと引き継がれたものの、隊長を失った悲しみは部隊全体へと伝染。

時雨隊の三本柱である愛莉、星、恋という戦力は変わっていないものの、その配下にいる兵士たちの気持ちは大きく落ち込んでいる。

今すぐに戦え、と言われてもまともに戦うことは出来なかった。


兵士たちの様子を取りまとめて報告したのは飛鳥の右腕だった愛莉であり、彼女もまた飛鳥の死からのショックから立ち直れないままだ。何とか悲しみを押し殺して報告を終えるも声に覇気はなく、その表情も目に見えて暗い。


愛莉の報告を淡々とした様子で冥林は聞く。想定出来たこととはいえ、あまりにもダメージが大きすぎた。ここまで重苦しい軍議はここ最近では経験がない。全員の雰囲気が重苦しく、何よりこの雰囲気を打破できるような人間が居ない。


冥林も冥林でこの状況を何とか打破しようと考えを練るも、有効的な対策を考える事が出来ずにただ頭を悩ませていた。



(曹魏の脅威は去ったものの、こちらの士気がどん底にまで下がっている……これはマズいな。今他の勢力に攻め込まれたら孫呉は太刀打ち出来るだけの余力を残していない)



軍師としての懸念。


それはこの士気がいつまで続くのか、という部分になる。今の孫呉は先が見えないトンネルの中を徘徊しているようなもの。

もぬけの殻のような状態で他の勢力に太刀打ち出来る訳が無い。


それより何より。



(雪蓮は何処にいる……? 祭殿が探しにくとのことだったが戻ってきたのは祭殿だけ、一体何処へ行ったんだ!)



この軍議には一国の主である雪蓮が参加して居なかった。他の武将や武官たちが全員揃っている中、国のトップである人間が居ない。


戦い後、現状の報告をする重要な軍議である故に、トップを司る人間が居ないというのは有り得ない。雪蓮の場所に心当たりがあると祭が呼びに行ったにも関わらず、結局呼び戻すことは出来ずに一人戻って来た。


飛鳥の死で最も精神的に大きなダメージを受けたのは雪蓮だ、それは冥林も知っている。


戦場で人目も憚らず泣き続け、泣き止んだかと思えば光のない眼差しで会話らしい会話を交わすことはほぼ無かった。それから今日に至るまで雪蓮はずっと自室にこもったまま、もしくは誰にも声を掛けずに一人で何処かへ出掛けてしまうような状態で誰とも話をしていない。あの明るい雪蓮が誰とも数日間に渡って誰とも話さないなんてことはなかった。


普段の雪蓮を良く知っているからこそ、彼女の状態が如何に深刻なのかを物語っている。あそこまで塞ぎ込むことは無かったからだ。



「皆さん、やっぱり疲れてますねぇ……」


「あぁ。想定していたとはいえ、この現状はちょっと厳しいものがある。少し前までは一枚岩として計算できた兵士たちの状態が一気にここまで低下してしまうとはな。まず気を奮い立たせるところから始めていかなければならんようだ」



穏の一言に冥林も賛同する。


今の状態を言い表すのであれば基盤部分がガタガタの状態で酷く脆く、外から攻め込まれた時に跳ね返すだけの力が無い。


武将という括りで見るのであればある程度の歴戦の将たちが残って入るものの、少人数の力だけでこの乱世を生き残れるほど生易しいものではない。曹魏の脅威は一時的には去ったものの、同盟国である蜀以外にも多数の勢力が存在する今、安息の時などほぼ無いに等しい。


これからどのような方針でこの世を生き抜いていくのか、軍師である彼女たちには早急に決断が迫られていた。



「蓮華様、そちらの状態はどうです?」


「こちらも変わらないわ。先の戦いの反動もあって皆疲れている。少し休息が必要だ。それにやはり飛鳥がいなくなってしまったことが、士気に大きく影響しているみたい。時雨隊ほどでは無いにしても、立て直しには時間が掛かりそうだわ」


「……承知いたしました」



どこもの兵士たちも状況は変わらず。


時雨飛鳥という一人の存在が、どれだけ影響力を持っていたのかが明らかになる。彼が旅立ったという話はまだ呉の民には一切伝えていない。


この状態で事実を伝えようものなら国全体が動揺し、国家全体が傾きかねないからだ。


戦いに参加した兵士たち全員に箝口令を敷き、破った者には罰則を与えると厳しく取り締まるようにしたが飛鳥の姿が表に出ない場合、いずれ民も不審に思い情報を探ろうとしてくる可能性もある。


兵士のことはもちろんのこと、内政についても考えなければならない。今の呉はまさに無法地帯と呼べるような状態だった。



「……」



淡々と報告を終えた蓮華の表情も暗いままだ。


飛鳥のことを引き摺っていない人間などいない、彼の死に立ち会った人間全てが悲しみに暮れていた。


会議も佳境に差し掛かろうとした時、不意に入口の扉が開かれる。


部屋の中に入ってきたのは。



「ッ! 雪蓮様!」



そう、雪蓮だった。



「ごめんなさい。遅くなったわ」



ここ数日間まともに姿すら見せることが無かった雪蓮が姿を見せたことに驚く一同。その手には袋のようなものが握られていた。


軍議に参加している人間をぐるりと見渡すと、腰まで伸びたピンク色の長髪を靡かせながら、冥林たちがいる場所に向かって歩き出す。


平静を装ってはいるが頬には先ほどまで涙を流していたであろう跡が残り、瞼は真っ赤に腫れ上がっていた。


悲しみに暮れていたことは誰の目から見ても明らかだろう。それでも一切姿を見せることが無かったこれまでに比べれば、少し気分は晴れたようにも見える。



「雪蓮! 一体何処をほっつき歩いていた!」


「……」


「おい! 聞いているのか?」


やや厳しい口調で雪蓮に詰め寄る冥林に対して、祭が間に入る形で諭しに掛かる。



「公瑾、今の策殿にその言い方は「大丈夫よ祭、冥林の言うことはご尤もだし、これまで何もかもすっぽかして逃げていたのは事実だから」策殿……」



自分はもう大丈夫だと伝える。


上座に立つと、全員の視線が一気に集まった。自身が何を話すのか注目しているようだ。


ふぅと一息はいて気持ちを落ち着けると、ゆっくりと話し始めた。



「皆、この数日間本当に迷惑ばかり掛けてごめんなさい。一国の王たる者が何もかもを放置して塞ぎ込むなんて、そんなふざけたことは無いわ。この場を借りて謝罪します」


「雪蓮、お前……」



話し出す雪蓮の瞼には微かに涙が滲んでいた。話す内容によっては文句の一つも挟もうかと思っていた冥林だが、雪蓮の様子を見て何も言えなくなってしまう。


そんな中、雪蓮は悲しみを堪えながら言葉を続けていく。



『今の呉がどういう状態かは皆よく分かっていると思う。多くの兵力を失い、そして天の御遣いをも失うことになった。


皆が悲しみに暮れるのも無理はない。


私だって、飛鳥が魏の脅威の前に倒れるなんて今でも信じられないわ。もしかしたら何気なく、どうした? なんて現れるんじゃないかって思っている自分もいる。


ただ飛鳥はもう居ない。どれだけ願っても彼が戻ってくることは無い。


彼は自分の命と引き換えに私のことを守ってくれた。辛かったと思う、志半ばで倒れることになってさぞかし無念だったと思う。

私たちの悲しみよりもずっと、彼が内に秘めた悲しみは大きかったはず。


それでも、飛鳥は私たちに呉の未来を託した。私たちは悲しみを乗り越えて先に進んで行かなければならない。今出来ることは悲しみに暮れることじゃない。呉の平穏を取り戻して民に本当の平和を与えることよ。


今の私が何を言っても説得力が無いのは分かっている。側近を失って誰よりも塞ぎ込んでいたお前が何を言っているのかと、そう思う気持ちも当然だわ。


でも私が塞ぎ込み続けていたら国の皆を、飛鳥の想いまでも裏切ることになる。


だから……』



そこまで言ったところで雪蓮は一度俯く。


少し考え込んだ後、意を決したように顔を上げた。



「だから、失った仲間たちに報いるためにも、飛鳥の願った孫呉の国を築くためにも、皆の力が必要よ! 改めてのお願いになるけど皆の力を貸して欲しい!」



その目に一切の迷いは無かった。


国のために、そして飛鳥のために。


彼女はこれからも進んで行く。


そう気持ち新たに決心するのだった。













「飛鳥、これで良かったのよね」



既に日は沈みかけており、辺りは夕焼けの日差しが差し込む。墓の前に立ちながら、優しい慈愛を含んだ目付きで話し掛ける雪蓮。


一時期の最悪の状態を脱し、何処か吹っ切れた様子で飛鳥の墓石に向かって話し掛けていく。



「ほーんと、いくつになっても弱い人間だなぁ私って」



この年にもなって何やってるのかしらね、とやや自虐的に苦笑いを浮かべるが、そこに負の感情は含まれていなかった。


いつも通りの姿とまではいかないが、飛鳥の死を乗り越えることが出来た、という点では大きく前進したに違いない。


もちろん彼が居なくなってしまった傷が完全に消えているわけではない。叶うのであればもう一度彼と会って話をしたいし、触れ合いたい。


伝えられなかった自分の想いを伝えたい。



「っと、いけないいけない。変なことばかり考えてたら母様にも飛鳥にも怒られちゃう」



雑念を振り払うと手に持っている酒瓶を開けて、飛鳥の墓石に中身を掛ける。



「めでたい時にって取っていた秘蔵のお酒の一つなんだけど、向こうで美味しいものが無いとつまらないものね。だからあなたにあげるわ。感謝してよ〜? そこそこ高くて貴重なお酒なんだから。もし祭にバレたら怒られちゃうけど」



本来ならとっておきにしていた酒を墓石に掛けることはしない。


特に酒にうるさい祭に見つかったら大変だというが、飛鳥に向けてのはなむけだとケラケラと笑ってみせる。


彼女なりに切り替えるための儀式のようなものだった。酒の中身が空になると、再び真剣な眼差しで墓石を見つめる。



「……飛鳥が遺してくれたものは、皆の心にもしっかり引き継がれているわ。もちろん、私にもね。だから飛鳥、安心して休んでちょうだい」



飛鳥の想いはそれぞれに違いはあれどきっと皆に伝わったはず。これからはゆっくりと休んで欲しいと伝えた。



「あなたが休んでいる間に必ず孫呉の悲願を叶えてみせる。いつになるか分からないけど私もいずれそっちに行くわ。だからその時は……」



飛鳥が自室に遺した上着を自身の腰元に巻きつける。

私一人だけではない、これからは先に旅立った彼と一緒に戦っていく。



「またあなたの隣を、一緒に歩かせて欲しい」



彼への宣言。


それをハッキリと伝えた。



「どう? 似合っているかしら?」



くるくるとその場で回転し、全身のコーディネーションを墓石に向かって披露する。当然のことながら誰かが見ている訳では無い。


だが雪蓮には彼が何処かで見ているのではないか、そんな気がしていた。普段着に飛鳥の制服を巻いたスタイル。中々に奇抜なコーディネーションだが、ちゃんと着こなしている辺り流石のプロポーションの持ち主だとも言える。



「ま、流石私ってところかしらね〜。きーっと飛鳥も見とれてるんじゃないかしら♪」



普通の人間が来たら正直なんとも言えない組み合わせだが、雪蓮が着こなすことで似合ってしまっている状態だ。


ひと通りお披露目が完了すると最後にその場にしゃがみ込み、飛鳥の墓石にそっと手を置く。



「じゃ、また来るわね。飛鳥」



別れを告げると立ち上がり、来た道を戻る雪蓮。


その時。



『……ありがとう、雪蓮』


「!」



一輪の風が周囲に吹く。風によってこすれ合う木々の音に紛れ、飛鳥の感謝の声が微かに聞こえたような気がした。


一度後ろを振り返るも飛鳥の姿は無い。自身の聞き間違えだったのか。実際に姿が見えない以上、彼がその場にいたことを証明するものは何も無い。


だがもしかしたら遺書にあったように、思っているよりもずっと近くで、彼は見守ってくれているのかもしれない。


気のせいだったかもしれないが、思わぬ産物にくすりと雪蓮の顔にも笑顔が溢れた。



「また、ね」



彼に良い報告が出来ますように。


そう願いながら館へと戻るのだった。










































「何とか最悪の状態は脱したみたい。孫策ちゃんは想像以上に引き摺っていたみたいだけど、手紙の力ってすごいわねん」


「あぁ、彼女は強いさ。俺たちが思っている以上にな」


「そう? なら今後はもう大丈夫そうかしらね?」


「どうだろうな。そればかりは彼女たちの心を覗けるわけではないから分からない。でも……」


「でも?」


「いや、何でもない」



出来る時にコツコツ更新。

今月もう一回更新出来ればと思ってます。


引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。