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いつまでも変わらぬ想いを



「せい! やぁ! ハァッ!」



中庭で二人が模擬戦を行っていた。

無心に剣を振るう少女は現時雨隊隊長の愛莉。相手はあの飛将軍呂布奉先こと恋。


恋は愛莉の連続斬撃を涼しい顔をしながら受け流していく。軽快にステップを踏みながら全ての攻撃が見えているぞと言わんばかりに。



「ハァ、ハァ……」



両者の状態は両極端だ。


疲労感がない彼女に反して、愛理全身から汗が吹き出しており息遣いも荒い。吹き出した汗が着ている服に染み込み、色が濃く変色しているようだ。


愛莉も確かに一般の武将では決して弱くはない。他国の名だたる武将たちにも十分に対応することが出来る。


ただいま相まみえている相手は天下の武を持つ恋であり、相手としてはいささかレベルが高すぎた。



「このぉ!」


「遅い……ふっ!」


「あっ!?」



斬撃を上から下に振り下ろす愛莉だが、これをひらりと躱すと、下から上に向かって方天画戟を下から上に向かって振り上げる。


振り下ろした力に振り上げる力が加わり、その衝撃に耐えきれずに思わず愛莉は握っていた柄を離してしまった。


手から離れた刀は宙を舞い、愛莉から離れた場所に落下。恋は愛莉の眼前に方天画戟を突き付ける。



「恋の勝ち……」


「……はぁ」



ゴクリとつばを飲み込むと全身の力が抜けて、そのまま後ろに倒れ込む。戦う意志がないことを確認すると、恋も方天画戟を下ろした。



「愛莉、無理し過ぎ。もう限界」


「そ、そんなことない! まだまだこれから……!」 



愛莉の体力の限界を悟った恋がこれ以上の模擬戦は辞めようと止めるも、愛莉は脚に力を込めて立ち上がり、そんなことはないと刀を取りに行こうとする。


少し離れた位置にある刀を拾おうとすると、彼女より先に別の人物に刀を拾われた。



「まぁ待て愛莉、恋の言う通りだ。もうどれだけの時間ぶっ続けで動いている? これ以上の無茶は流石に黙認しかねるぞ?」



趙雲子龍、星だった。


二人の訓練の様子を遠巻きにずっと見ていた星だが、無理を続ける愛莉を見かねて強制的に模擬戦を中断するように問い掛ける。



「主が旅立って焦る気持ちも分かるが、身体を壊しては元も子もない。一度休憩を挟むんだ」


「……分かった」



納得は行っていないのだろう。


渋々といった表情で鞘に刀を納刀する。休憩をしろと言ったものの、数分も経てばまた立ち上がって訓練を再開するに違いない。


ふぅと一息吐くと、膝に手をついて呼吸を整える愛莉に近付き、腰に挿してある刀を本体ごと引き抜いた。



「これは一旦没収する」


「あっ!? ち、ちょっと、 星!」



いきなり刀を取り上げられたことに反発し、取り返そうと星に近付くが、星は星で取られまいと愛莉から逃げ回る。疲労困憊の愛莉と体力が残っている星、この状態で鬼ごっこをしたところで追い付けるわけがない。



「か、返してよ! それは飛鳥様から!」


「それは知っている。お前にとって大切な主の形見であることもな。ただこれを返したらお前は精根尽き果てるまで訓練を続けるだろう。副官としての意見だが、これ以上の訓練は身体を壊す。今は無理をする時ではない、しっかりと休むのだ」


「わ、分かったから! 分かったからそれを返して!」



星が少し厳しい視線で半ば強引に訓練を中止させる。飛鳥が亡くなってからというもの、毎日のように長時間の鍛錬を行っていた愛莉。


初めのうちは自責の念からという気持ちを汲み取ってある程度本人に任せてはいたが、同じような厳しい長時間の鍛錬を毎日続けるとなると、本人の身体にも異常が出て来る。アドレナリンが出て身体は動いてくれたとしても、疲労は確実につみかさなっていた。


星を追う愛莉の動きを見れば一目瞭然で、足が思うように動いていない。本来身軽でフットワークの軽い愛莉は、持ち前の身体能力を生かした素早い動きで掻き回す戦法を得意とする。

が、今はそのスピードを全くと言っていいほど発揮出来ていない。これでは刀を取り返すどころか、星に追い付くことすらままならないだろう。



「……本当だな?」


「はぁ、はぁ……ふぅ。え、えぇ。今日はこれ以上「明日もだ」……はい」



今日だけではなく明日も休むように釘を刺されたことで、がっくりと項垂れながら返事をする。これではどちらの立場が上なのか分かったものではない。


愛莉の言葉に偽りが無いことを確認すると、奪い取った刀を返す。刀を受け取ると同時に体力も限界を迎えたようでその場に座り込んでしまう。



「……」



荒い呼吸をしながら、苦虫を噛み潰したように表情を歪める愛莉。強制的に止められたことに対して納得がいっていないわけではない。


先日の戦で前隊長の飛鳥を失った。その時に何も出来なかった無力な自分に対して怒りを覚えているのだ。自分に力が無かったから飛鳥を守れなかった、命を失うという最悪の事態を招いた。


もしあの時自分が傍にいれば、悔やんでも悔やみきれない。


飛鳥が致命傷を負うことになったキッカケは、雪蓮と二人で自分の母である孫堅の墓にお参りに行ったから。


長期間手入れがされていなかったことから、墓の周囲は雑草まみれで草木が生い茂っている状態。


敵が身を隠すには最適な場所になる。


タイミングや運もあっただろう。

魏の曹操が攻めてくるタイミング、攻めてくる曹魏の兵士の中に雪蓮の暗殺を企てようとする質の悪い兵士が紛れ込んでたこと。

その兵士たちが雪蓮のいる場所を特定してしまったこと。


全ての偶然が重なって今回の事態が起きてしまった。



「……私の想像にしかならんが先日のことを後悔しているのだろう? ただ皆それぞれに役目がある。四六時中主に付きっきりということも難しい」



星の言うことはごもっともだ。

少なくとも今回の愛莉の責任は皆無に等しい。


時雨隊副隊長、飛鳥の側近ではあるが、四六時中飛鳥とともに行動を共にしている訳では無い。ましてや自国の王と二人きりの時間を、自身が介入するなど出来るはずもなかった。



「えぇ、星の言う通りよ。苦しんでいる飛鳥様がいるのに私は何も出来なかった。雪蓮様と二人で出掛ける時も万が一のことを考えて誰か護衛を付けたり、お参り自体を止めなければならない立場だったのに、私はそれすらしなかった。私の怠慢で飛鳥様が亡くなってしまったと言われても私は反論なんて出来ない……」



だって事実だから、と唇を噛む。


孫呉は袁術を追い出して独立に成功した。


だが決して治安が整備されたかと言われるとそれは首を傾げざるを得ない。この世の中、絶対に安全な場所など存在しない。だからこそ常に先見の眼を持って対応する必要がある。


今回の場合は墓参りを辞めさせること、もしくは誰か一人兵士を付けること。それをあの時に提案する必要があった。


だがそう思うのは愛莉だけではない。



「お前の気持ちは分かる。ただあの場には私や恋もいたんだ。それを自分一人の責任として背負い込むのはどうなんだ?」


「それは……」



軍議が終わった後、飛鳥の傍には愛莉だけでは無く星や恋もいた。

立場は愛莉の方が上にはなるが、この三人は真名を交わし合っているほどお互いを信頼している仲になる。


だから別にその場にいた星や恋が同じことを飛鳥に進言すればいいだけのこと。考えられる可能性に気付かなかったのは何も愛莉だけではない。

同じ場所にいた星や恋にも言えることになる。



「愛莉、背負いすぎ……恋だって飛鳥に付き添えばよかった。だから誰も悪くない」



誰も悪くない。


言葉が少ないながらもハッキリと恋はそれを愛莉へと伝える。



「恋の言う通りだ。この件で悪とするのであれば雪蓮様を暗殺しようと目論んだ兵士たちだろう。最終的に主に討たれたが、あ奴らがいなければあんなことにはならなかった」



もし今回の件で悪を見付けるとするのであれば、暗殺を企てた兵士たちだと星は断言する。語気が強まり、彼女の身体は震えている。両拳を握りしめながら襲い来る怒りをぐっと堪えた。


冷静を装っていても自身が生涯をかけて仕えていた主である飛鳥を殺されたのだ。どんな理由があるとて許せるはずがない。



「……主は復讐を望んでいない。自身が叶えられなかった想いを我々に託した。主に仕える身としてはその想いを叶える必要がある」



飛鳥が仮に生きていたとしても復讐はしないはず。自分たちが復讐をしたとしてもさらなる憎悪を増やすだけで、その先にあるのは新たな戦いの火種となるからだ。


頭に血が上りかけていたのだろう、星は一度息を吐き、自身の頭の中をリラックスさせる。



「愛莉、お前が無理をして身体を壊せば隊を誰が纏める。それを主が本当に喜ぶと思うか? そしてその無理は本当に孫呉のためになるものなのか?」


「……」



改めて冷静な口調で愛莉へと言葉を伝えるぐぅの音も出ないほどの正論に何も言えなくなる。


飛鳥は孫呉の平穏をずっと願っていた。志半ばで倒れ、叶えられなかった想いを残った人間に託した。


飛鳥を失った悔しさからより自身の実力を高めるために鍛錬に励むのも悪くないだろう。だが何事にも限度がある、過度な鍛錬は己の身体を壊しかねない。


今の愛莉は自身の不甲斐なさから力だけを求めて鍛錬を行っていた。それも過度な鍛錬を長時間、毎日のように。


愛莉は飛鳥から引き継がれた時雨隊を纏める隊長の立場になる。替えが利かない立場であるにも関わらず、身体を壊したらどうなるか。


既に故人であるため飛鳥本人の感情は出来ないが、もし生きていたとしたら確実に止めているだろう。身体を壊そうものなら悲しむに違いない。


力だけを求めた者の末路、それは想像に容易い。



「確かに星や恋の言う通りね。少なくとも今の私を見て、飛鳥様が喜ぶわけがない。それに隊長がこんなに振り回されてたら、配下の兵士には示しがつかない。士気なんて上がるわけないか……」



状況を把握し冷静になったのだろう。二人からの指摘を受け入れて現状を見つめ直す。


少なくとも今の姿を見られたら飛鳥は喜ばない。



「二人ともごめん、ありがとう。私、どうかしてた。飛鳥様が亡くなって、原因は全て私のせいだって勝手に背負い込んでいた。


飛鳥様が居なくなったのは今でも凄く悲しいし、本音をいうと生き返ってほしいだなんて浮世離れしたことを考えてる自分がいる。


……悲しみを越えて、飛鳥様の想いを叶えなきゃね」


「あぁ、主の想いを叶えること。それが私たちが出来る主への餞だ。当然悲しみは誰もが持つし、それを否定する気など毛頭ない。だが最終的にはその悲しみを乗り越えて行かねばならない。主に仕える身としてはな」



そこまで言うと、星の目尻が少し下がる。


空を見上げると今の自身の気持ちとはまるで正反対の雲一つ無い快晴が一面に広がっていた。


気分はブルーなのに天気は快晴。正直気持ちとしては何とも言えない気分だ。


天の世界で飛鳥は何をしているのだろうか。我々のことを見てくれているだろうか。


強がってはみたが彼が居なくなった事実を受け止めるのにはもう少し時間が掛かりそうだ。


だから、今だけは少しだけ、ほんの少しだけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「おっと……雨が降ってきたようだな」


「……雨?」



星は雨が降ってきたと呟く。


その言葉に真っ先に反応したのは恋だった。空は雲一つない快晴、何処にも雨が降っている様子は見受けられない。いきなり何を言い出すのかと首を傾げる。


恋の反応に少し遅れるように愛莉も反応した。


この快晴状態で雨など降っているわけがないが、念の為両手を広げて降雨範囲を確認してみる。


が、当然雨など降っている形跡は無かった。



「え? 雨なんて何処にも……っ!」



雨なんか何処にも降っていないと言い切ろうとしたところで言葉が止まる。


愛莉の立っている場所からは星の背中と頬が見えるだけで表情まで見ることが出来ない。だがその彼女の頬を一筋の雫が零れ落ちる。



















「―――いや……雨だろう」



自分の主を亡くして悲しくない人間などいない。


悲しみを表に出すか、気付かれないように心の奥底に仕舞い込むかどうかは人それぞれ。


星がいくら戦場で場数を踏んでいる歴戦の将だったとしても、普段は何ら変わらない人間であり、一人の女性だ。


他の人間と同じように喜びもするし、怒りもするし、驚きもする。


―――そして、悲しむことだってあるだろう。


普段人に見せないだけで、彼女の胸の内に仕舞い込んでいる想いは誰にも負けないほど強いものがある。


知り合ってからの期間は短いが、それこそ誰にも負けないほど飛鳥のことを想っていた。



「……そうね。ここに居ると風邪を引く。早く屋敷の中に戻りましょう」



愛莉は星の心中を察して館へと誘導する。




主の悲願を叶えるために。

時雨隊はこれからも前を向いていく。

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