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前を向いて

三年ぶりの更新。

本当にお久しぶりです。




「……」


『忘れるな……すでに崩壊は始まっている』


「一体どういうことだ。あいつらは何が言いたかった?」



 朝からずっと考えているもののどうにも結論がまとまらないまま、時間だけが刻々と過ぎ去っていった。あの後、しばらくはその場に茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。膨大な量の情報が頭に叩き込まれたわけではない。でもその一言というものがあまりにも重く、考えさせざる負えない状況を作り出してしまった。


そもそもあの白装束の言っていることが真実だとも限らないわけだが、とても嘘を言っているようにも思えない。



「少なくとも良い前兆ではないってことか」



 何にせよ、悪いことが起きる起きない以前に、新たな勢力が出来る可能性があるというのは事実。警戒は強める必要があるだろう。


さて結論もまとまったところで、少し気分転換に庭にでも出てみるとするか。丑三つ時から散々な目にあってるし、多少の気分転換はしてもバチは当たらないはず。











 落ち込んでいる気分を上げるために、俺は部屋の外へと出た。さっきと違ってもう外も明るいし、異様な不気味さが漂っていた廊下も今では屋敷に仕える者が行き交う通路になっている。


時々すれ違う人間が一目散に自分に対して挨拶をするところをみると、妙な気分になるが悪い感じはしない。むしろ慕ってくれているのだという感謝の気持ちが強くなる。これに関しては町の人々も同様だ。


庭に出て、二度三度深呼吸を繰り返し身体にたまった淀んだ空気を入れ替える。ぐーっと背筋を伸ばしてかちこちに固まった体をほぐしていた時だ。



「あははははっ!」


「ん?」



 場違いとでも言うのか、少なくとも今想像していたものとは違った甲高い笑い声が聞こえてきた。声の質からしてすぐにその人物を特定することが出来たが、どうやらいつも以上にハイなテンションみたいだ。ともかく、声のある方へと歩いて行く。たぶん真昼間から酒をあおっているという確信にも近いような想像を抱きながら、目的の場所を覗いた。


案の定、頬を赤らめて盃に手をかける孫策の姿が目に入る。ここで俺が無視すればそのあとに来るであろう阿修羅にでも大目玉を食らうことは間違いないのだが、今回は少しばかり勝手が違った。



「も~う、冥琳ったらぁ。またそんな怖い顔しちゃって♪」


「怖い顔? 私は別に普通だぞ」


 いつもだったら歯止め役になるはずの周瑜も一緒になって盃をかわしている。普段はほとんどお目にかかれない珍しい光景だと思いつつも、このまま覗いていては後でバレた時のことを考えるとあれなため、そのまま二人の前に姿を出した。


「色んな意味で珍しい組み合わせだな」


「あっ、飛鳥! あなたもこっちに来なさ~いっ♪」


テーブルの上には数種類の料理と、お酒が入っているであろう大きめな白磁の器が並べられている。どうやら小さな宴会でも開いているということなのか。



「それで、珍しいってなにが?」


「孫策はまだしも、あの周瑜までこんな昼間から酒をあおっていること」


「なによそれ、私はまだしもってどういうことー?」



その発言に関しては普段の自分の行動をきっちりと認識してから言ってもらいたいものだ。


「まぁ、飲んでいるというより、付き合わされていると言った方が正確だな」


「こらっ! 冥琳まで、なにツレナイこと言ってるのよ!」


「ふふっ」


どうやら本心では周瑜自身も楽しんでいるみたいだ。間近で見ると孫策の顔は真っ赤、耳まで赤くなっているところを見ると、どうやらかなりの量を飲んでるらしい。



「何笑ってるのよ?」


「あぁ、いや、悪い。平和だなって思っただけだ」



ここ最近は本当に色々あった。


世はまさに戦国時代。


各所で諸侯たちが天下を狙い、戦い合っている中での僅かばかりの平穏な一時。皆決して戦いに飢えているわけではない、あわよくば戦わずに済むのであれば



「そうねー。こんな世の中だけど、たまの休暇くらいはお酒飲んで一日過ごしても良いのかなーって!」


「何を言ってる、雪蓮。お前はいつも隠れて飲んでいるだろう?」


「もう! そんなことないわよ! 私だってやる時はちゃんとやるわ!」


「ちゃんと……なぁ」



孫策の言葉通りに、果たして今までちゃんとしてたことがあったかと想像する。確かに戦いの時は危険も顧みずに我先にといった感じで、先陣を切って皆を守っていたが、冷静に考えたら一家の主が先陣切るのは中々ない。


それにもしもの時は取り返しがつかなくなる可能性だってあるだろう。正直ケースによってはあまり褒められない行動であることも確か。とはいえ戦いに関しては皆の見本になれているのは間違いない。だからこそ人にも慕われるし、一言一言に説得力もある。


こと、戦いに関しては全く問題ない。もう一度言おう、戦いに関しては全く問題無い。



「ぶー。何よぉ二人して、私がただの飲んだくれみたいじゃないの」


「普段の政務に取り組む姿勢を見てから言ってほしいものだな」


「むー! 私はちゃんとやってるわよ! 人より仕事の量が多いんだから、少しくらい気分転換しなきゃやってられないわ!」



問題があるとしたら書類管理の処理、こと政務と呼ばれる業務。最初の十数分こそ真面目にやっていることはあっても、それ以上は全くといって続かない。


大体放り出してどこかに逃げるか、酒を飲むか。もしくは未処理の書類を俺の部屋に持ってきて「あとはよろしく~♪」と押し付けるかのいずれか。


ここ最近は俺が席を開けている間に、書類の山を作られていることが多い。


……何だろう、政務関連になるとろくな思い出が無いような。



「周瑜、その辺りにしといた方が良いんじゃないか。からかいすぎると後が怖い」



孫策をからかいすぎると後が怖い、一旦話を区切ろうとフォローをいれた。



「私としては雪蓮の尻に敷かれるお前の姿を見てみたいのだがな」


「おいおい、勘弁してくれよ」



が、逆に周瑜に切り返される。


尻に敷かれる姿を想像すると悪くないと思いつつも、毎日甘えられて仕事が増えることを想像すると何とも言えない気持ちになる。


孫策は素敵な女性だと思う。


年齢不相応な色気や、抜群のプロポーション、整った顔立ちは当然。かつ人の感情に敏感で、女性優位のこの世の中で野原に投げ出された見ず知らずの俺を招き入れてくれた。


男性だから、得体の知れないからといって突き放すこともせず、本心を理解しようとしてくれる女性がこの世の中に果たして何人居るだろう。


少なくとも今本心から信頼出来る人間は孫策くらいだ。張楊や趙雲といった部下たちも信頼をしているが、それでも孫策には遠く及ばない。


気が付けば、じっと孫策のことを見つめたままいた。



「あら、飛鳥。どうしたの? そんなに私のことを見つめて?」


「……」


「飛鳥?」


「いや、何でもない。ただ綺麗な顔だなって」


「あ、あなたね! こんな白昼堂々何を!」



いつもの孫策だったら、「あらありがと。飛鳥も格好いいわよ♪」的な切り返しをするかと思っていが、これはこれで嬉しいものがある。飲酒により赤らめた頬がより赤くなったかと思うと、プイと視線を逸してしまう。孫策の反応に意味深な笑みを浮かべる周瑜。


その口は何かを言いたそうに見えたが、敢えて口にしない辺り、からかって楽しんでいるみたいだ。



「もう……」


「?」


孫策が何かをボソリと呟いたような気もするが、はっきりとは聞こえなかった。周囲の音と言えば精々風の靡く音くらいであり、普通に喋っていれば声が聞こえないことは無い。


つまり囁くくらいの音量で、何かを喋ったことになる。


変に探ったところで教えてくれることも無いだろうし、あまり気にしたところで仕方がない。



「まぁ、袁術の手から独立したんだからいいんじゃないか? 偶には羽目を外し過ぎても罰は当たるまい」


「それもそうか。って、周瑜の口からそんな言葉が出るとは意外だな」



冷静に考えてみれば孫策と周瑜が飲み交わす風景はあまり見たことが無い、むしろ俺がこの土地に降り立ってから初めて見る風景かもしれない。

どちらかと言うと飲酒をしている孫策に、周瑜が目くじらを立てている様子が幾度となく映っているため、周瑜はあまり酒を飲まないというイメージが強い。



「ふっ、私も人の子だ。酒くらいは飲むさ」


「へぇ」



どこか嬉しそうに盃を傾ける周瑜。酒を口にする周瑜の表情はいつもよりも明るく見えた。


本心ではお酒が好きなはず、それでも孫策の側近として厳格な姿で居なければならない。彼女に安息が訪れることなどほとんど無かっただろう。


こうして二人で談笑している時だけが、彼女たちにとっては安息の時間なのかもしれない。まだまだ目指す頂は先だ、そこには孫呉の夢、天下統一がある。


袁術など、まだまだ足元に過ぎない。そこで立ち止まっているほど、今の俺たちに悠長な時間は残されていない。


だがずっと気を張りつめていたらいつか足元を掬われてしまう。些細な達成でも互いに喜びを分かち合うこと、それは何よりも大切なことだ。


孫呉の礎の第一歩、平穏な世の中を作り上げる第一歩には成功した。僅かばかりの時間で喜び、笑うこと。あわよくばそれが永久に続くことを心から願うばかりだった。



「……」



ただ今の俺には平穏な日常が続くのかどうかの確証は持てない。


早朝、見覚えのない集団に襲われて、意味深な言葉を投げ掛けられたともなるといつこの日常が壊れるのかと不安になる。普通の人間に言われただけなら動じることはほぼ無かっただろう。しかし実際この手で始末した白装束たちの死体は何事も無かったかのように消失、そもそも白装束に襲われた事実までもが無かったことのように処理されている。


ここまでくると頭の理解が追い付かない。


俺の知らないところで、一体どのように世界が動いているのか、何が起きているのか。


分かることなど、今の俺には何一つなかった。



「飛鳥? どうしたのよ、気難しい顔しちゃって」



深く考え込んでいる内に、孫策が俺の顔を覗き込んでくる。長時間何も話さずに考えすぎたか、やや心配そうな表情にも見える。



「ん、そう見えるか?」


「ええ。何かあったの?」



何かが無かったと言えば嘘になる。


だが何かあったと言える内容でも無いのは事実。襲われて切り捨てたら死体が消えてました、とは言えない。それに崩壊が始まったと言われてもどこでどのように崩壊が始まったのか。


分からないことだらけの上に、言われたことが非現実すぎて混乱するばかり。



「んや、何でもないよ」


「ホント? 無理しちゃだめだからね?」


「おう」



一旦心の奥底にしまうことにしよう。


今から得体の知れない未来のことを考えたところで、何かが変わることもない。むしろ俺が暗い顔をしていると、孫策が心配する。彼女の右腕として、弱い顔は見せられない。



「だがいつまでも平穏は続かないだろう。ここまで来るのに時間が掛かる過ぎた。もうこれ以上、立ち止まっては居られないのも事実だ」



周瑜は言う。


この平穏もほんのひと時に過ぎないと、同時に残されている時間もそう多くはないと。様々な武将の加入により、呉の戦力は今まで以上に強力なものとなっている。しかし時間が経てば経つほどに、戦力は変わっていく。そしていつ強大な勢力が現れるとも限らない。


正史でいうのなら三国時代。三国時代が終わった後には、西晋、五胡十六国、南北朝と新たな時代が続いていく。もしその通りに時代が進んでいくのであれば、彼女たちと共にいられる時間は限られてくる。


この乱世に終止符を。


終わりの見えない戦いは、袁術を倒したことで終わりを告げた訳ではない。


独立は新たな乱世の幕開け、これからも多くの壁が立ちふさがることだろう。その覚悟は孫呉に骨を埋めると決めた時から、覚悟している。



「あぁ、独立が目的じゃないことくらいは理解してる。俺たちが目指すべき場所はもっと先……だろ?」


「ふっ、ならいい」


「もう二人共! 折角の休暇なのに何重たい話してるのよ!」



いくら王とはいえ、仕事から外れれば孫策も一人の女の子だ。


年齢も俺と大きく変わるわけでもないし、久しぶりの休みで大好きなお酒を飲んでいるのに、暗く重たい話を続けられたら面白く無くなる。そんなつもりは無かったのだが、どうしても今後の話をしていると重たい話になってしまう。



「悪い悪い。重たくするつもりは無かったんだがな、ついついいつもの癖が出ちまった。もうやめるよ」


「全く、飛鳥もかたすぎるのよ。男だったら硬いのはアソコだけでいいじゃない。それに、そんなんじゃ冥林みたいなカタブツになっちゃうわよ〜?」



美人が白昼堂々ド下ネタを突っ込んでくるのは如何なものか。それにサラッと周瑜の悪口まで言ってるし。本人は別に悪く言うつもりもなく、からかうつもりなんだろう。


孫策の口ぶりに、周瑜は大きくため息をつく。お酒が回っているせいか怒る気力も無いらしい。



「お前は本当に昔から変わらないな、雪蓮」


「えへへ〜♪ 冥林に褒められちゃった!」


「私は別に褒めてないからな。お前の常時お花畑の考え方が今後心配なだけだ」


「ちょっと何よそれ〜!」



二人のやり取りを見ていると、今朝の出来事も忘れそうになる。本来忘れてはならないはずなのに、何とかなると無意識のうちに思えてしまう。


特に孫策の前では決して弱音は吐かないと、強がってしまう。


近い内に、また何か動きはある。


だがその時はその時だ。今からバタバタと慌てふためくことではない。


休める時は休み、楽しむ時は楽しむ。


改めて彼女たちに教えられた。




時間はまだ午前中。


俺の一日はまだ終わらない。

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