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木漏れ日の下で




「………」



――――次の日の朝。


俺は自分の机に向かいながら黙々と作業に取り組んでいた。


頭がまだくらくらとする。少し昨日は調子にのって飲みすぎたかと反省している。


ただそれを言い訳に仕事をサボるわけにはいかないため、少し無理をしながらも朝から仕事をこなしていた。




 小一時間ほどずっと書類とにらめっこしながら筆を走らせる。迅速かつ正確に……ミスがないように一枚一枚こなしていく。


 山積みにされた書類もみるみる減っていく。


 ……ふむ、どうやら昨日の分を含めると結構な量になってきた。これ以上積み続けるとバラバラに倒れるかもしれない。そろそろ持っていくか


 ひとまず筆を置き、山積みになった書類を抱える。


 そして書類を抱えたまま部屋の入口まで近寄り、ドアノブに手をかけようとして扉を開けようとした時だった。


 ―――――不思議なことに、勝手に扉が開いた。




「……は?」




 ………わけではなく、外から誰かに開けられた。こんな時代にいきなりドアが開くってどんなポルターガイスト現象だよ。


 それもノックもないのだから、流石に驚く。外にいる人物の入室のために一歩後ろに下がる。


 扉が開き、入口に立っていたのは……



「……呂布?」



「………」



 呂布だった。ただ特に声を発さずに俺の下へと歩み寄り、服の縁を掴む。


 ……一体何がしたんだ?


 服をつかんで引っ張る、流石にこれだけで何がしたいのかを判断することは難しい。というか判断できん……


 相変わらず服をグイグイと引っ張るだけ。


 ――――もしかして……




「……遊びたいのか?」



「………(コクコク)」



 なら初めからそういえばいいのに。確かに俺が毎日仕事しているのを知っているから多少の遠慮はしたんだろうけど、別に言われたからといっても俺は別に怒る気なんてさらさらない。


 とはいえ流石にこの状態で外に出るのはいただけない。いったんこの書類を届けておきたいから少し待ってもらおう。



「じゃあ、この書類だけちょっと置いてきた後でいいか?」



「……(フルフル)」




……どうやら今すぐじゃなきゃだめらしい。


周瑜のところに書類を届けに行くだけ……でも恋からするとそこで時間を食ってしまう可能性もあると考えているのか。


実際、周瑜のとこに行くと長時間話してしまうことも多々ある。


 もしかしたらそれを危惧しているのか。実際呂布との約束は今したわけだし、約束があるから長時間の会話にはならないとは思うんだがな……



 どうもそれは嫌みたいだ。服を握りながらいやいやと駄々をこねる姿を見てしまうとこっちも何か申し訳なくなってしまう。


純粋な瞳でどことなく不安そうに見つめられたらこちらとしてもたまったものではない。


 ………随分懐かれたものだな。



「……みんな、飛鳥のこと待ってる」



「俺を?」



「最近飛鳥、遊んでくれない……飛鳥いないと、つまんない」



「………」




 呂布がみんなというのは犬の事。元々洛陽で飼っていた犬をこの館、つまり荊州まで連れてきた。……それ以来、呂布と遊ぶと大体一緒にいるんだが、ものの見事に懐かれてしまっている。


 遊べる時は極力遊ぶようにはしていた。呂布が洛陽にいた時は甘える人間がいなかったと言っていたから、少しでも心の安息になればと。


 ただもちろん俺も自身の仕事というものがあり、ここ最近はまともに構ってやることが出来ていなかった。それが呂布にとっては寂しかったのかもしれない。


 ………ふぅ、まいったねこりゃ。



「分かった……この書類は後で持って行く。外に行こうか」



「……ん」



 普段は無表情だが、この時は少し頬が赤らんだ気がした。机の上に書類を置き、二人で外へと出た。








「……悪くないな、やっぱり」



 庭に出てきた俺を迎えてくれたのはセキトという名の犬。俺が出てくるや否や尻尾を左右に振り、甲高い声で吠える。


 足元へ寄ってくるとだっこしてくれと言わんばかりに、俺の足下にすり寄ってくる。そんなセキトを抱きかかえてやる。



「うわっ、ちょ。落ち着けって」



 パタパタと尻尾を振りながら舌で俺の事をなめまわしてくるセキト。何故だか異常なくらいに懐かれてしまっているけど……やっぱり落ち着くよな。動物の顔を見ていると。


 木陰まで抱えながら進む。木陰にたどり着き、そこに座りこむとセキトを横に置き、あごの下を撫でてやる。セキトは気持ち良さそうに眼を細めながら地べたに寝転がる。



 いそいそと俺のところに来ると、呂布はそっと寝転がる。寝たいだけかよ! というつっこみはこの際無かったことにする。


 寝転がりながらも俺の顔をいまだにじっと見つめてくる呂布。……まだ何かあるのだろうか?



「……どうした?」



「飛鳥も……一緒に寝る」



「うわっ!?」



 そんな力がどこにあるのかとばかりに強引に俺は大の字に寝かされてしまう。するとセキトを抱えながら呂布は俺の腕を枕代わりにして寝転がる。


 何かこのパターン多い気がする。誰かと寄り添った後そのまま……ていう流れね。拒否しようにも相手が皆魅力的な女性だからこれがまた困る。小動物のような目で見つめられたら断ることなど出来ないのだから。


 ……おいちょっと待て、何か呂布のやつこっちに近寄ってきていないか……?


 ―――――案の定俺とセキトをサンドイッチのように挟むような形になった。俺の左腕には呂布の頭がある。そしてお腹のあたりにはセキトがいる。



「寝たいなら寝たいって言えばよかったのに……」



「………(フルフル)」



「違うのか?」



 どうやらそういう訳じゃないらしい。じゃあ一体……



「飛鳥、最近忙しくて……あんま寝れていない気がした」



「あー……」



 言われてみればそうかもしれない。基本夜遅くまで仕事をしていたし、寝たからとはいっても完全な熟睡を出来ている時は多くはない。


 疲れ以上に寝ているのかといわれるとかなり微妙なところか。……いや、むしろ比べてしまったら全くと言っていいほど寝ていないと思う。限られた時間を熟睡することはあるが、それはあくまで限られた時間であって十分な睡眠時間ではない。


 疲れがたまりにくいようにはしているが、それでも疲労というものはたまっていってしまう。



「仕事忙しいの、知ってる………でも飛鳥の体、心配。だから休んでほしい」



「………」



「………ごめんなさい」



 今にも消え入りそうな声で謝罪の言葉を述べる。


 何で謝る必要があったのか。むしろ謝るのは俺の方なのに。俺の激務を心配した呂布が少しでも休息をとってもらおうと、こうしてワガママを通したのに。


 彼女の立場上、俺にきつく言うことは厳しい。今は俺の隊に配属されている身であれど、かつては敵対関係だったのだ。彼女に対して負の感情を向けている仲間も少なくはない。


 構ってもらえない寂しさだけではなく、休養をあまりとろうとしない俺を無理にでもゆっくりさせたかったのかもしれない。


 呂布の性格だ。一度信頼した仲間には徹底的に甘える。でもその仲間が困っているなら、どんな手を使ってでも助けようする。不器用なりとも、彼女なりに精いっぱい考えて行った手段だったんだろ




「何で謝る? 俺は嬉しいよ」



「……え?」



「俺の身体を心配してくれたんだろう? ……ごめんな、こっちこそ心配掛けて」



「そんなことない。全部、恋のワガママ……」



「……嬉しいよ。ありがとう」



「………ッ」




 カァッと顔を赤くさせる呂布。こうして褒められたことはあまりないのかもしれない。



「やっぱ飛鳥……不思議」



「?」



 面と向かって不思議だといわれる。何だろう……この言葉だけだと俺が妄想豊かな男子みたいなイメージにしかならないんだが……



「一緒にいると凄く落ち着く……それに……」



「それに?」



「ここがすごく。温かくなる……」



 彼女がさすのは心臓のあたり。


 彼女にとって誰かといる。そんなことが珍しいことだったとしたら、気がつかなかったとしても無理はない。


 呂布は決して嘘はつかない。だからこそ言葉の一言一言が純粋で、凄く真っ直ぐだ。


彼女自身が俺のことをどう思ってくれているのか、それは分からない。




「恋、ずっと一人ぼっちだった……」



「………」



 尚も言葉を続ける。



「でも、こうやって飛鳥達と知り合えた」



「………」



「だから恋、今すごく幸せ」



「!!」




 『今すごく幸せ』


 その一言が俺の心を揺り動かした。つまりこの子は……


 俺と似たような境遇に置かれていたのだと。……反董卓連合に参加したのも、自分の主を守るためだ。彼女は自分の主を助けるために自分一人で俺達と戦った。間接的には自分の主と離れるという選択肢を選んだ。


 当時の呂布は隊をおさめる隊長だ。その立場上、頼りに出来る人物はほとんどいなかったのかもしれない。ましてや彼女の性格を考えると決してワガママを言わなかったのだろう。


そしてもう一つ。


三国一の武を持つということが指し示すのは、彼女に対して第三者が恐怖心を抱いて歩み寄ってくれなかったというケース。


もしもそれが事実だったとしたら、どれだけ悲痛な人生を歩んできたのか想像もつかない。



「………だからずっと一緒にいる」



「俺とか?」



「………(コクコクッ)」



「そうかい」



「飛鳥は……恋と一緒に、いてくれる?」




 不安そうな眼差しでそう訴えてくる。まるで俺しか頼れる人間がいないと言わんばかりに。


 断る理由は見当たらなかった。断る理由なんか浮かんでくるはずがない。




「大丈夫、一緒にいるよ」




 彼女の不安を解消するためにもそう答えてやる。彼女が布団にもぐりこんできた時にもおんなじことを言ってたっけな……でも今回は起きてる、だから俺の声がしっかりと聞こえる距離に彼女はいる。


 俺からの一言を聞くと安心したように、小さくうなずく。


言葉に出すことが恥ずかしいのか、うまく言葉に表せないのか『ありがとう』と言わんばかりに。




 ――――その後、どうなったのかは良く覚えていない。


俺達はいつの間にかそのまま眠りに落ちてしまっていた。

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