勝てないもの
「ん……あれ?」
――――ふと、目が覚める。
さっきまで明るかった空は既に真っ暗になっていた。一体どれだけ眠っていたのだろうかここまで完全な熟睡は久しぶりな気がする。ちょうどここに来たのが昼前、なのにすでに時刻は夜。
熟睡にしてもずいぶん寝てしまったみたいだ。でもそのおかげなのか、随分体は軽い。
きっちりとした睡眠を取らせてくれた呂布にも感謝しないとな。ただ唯一セキトには謝らないといけないかもしれない。せっかく待っててくれたのに全然遊んでやることが出来なかった。今日来たのはセキト一匹だけだったけど、実はまだ多くの犬達がいる。
数を言うと五十匹、いくら俺でもその数を相手にするのは無理。むしろ人間がそんな数を相手にすること自体難しい。
今の時間を大まかに把握したところで、視線を空から左側へと移す。どうやら俺が起きたのに気がついたのか、呂布ももぞもぞと身体を起こす。
「起きたか?」
「………うん」
俺の言葉に何となく返答をしてくれるもまだ眠気が覚めないのか、しきりに目をこすっている。
俺はその場に立ちあがりぐっと上に背伸びする。腕を枕代わりにしていたために実はかなりしびれている。とはいえそんな事実をわざわざ言うほど俺は馬鹿ではない。あくまで寝起きの背伸びをした、それだけだ。
さて、これからどうしようか。
俺の勘が正しいとしたら完全に夕飯時は過ぎている。だから今館に入ることは出来てももう夕食はないと考えるのが妥当。よくよく考えると二人揃って昼食まで食いっぱぐれている現状。
つまりこのままだと丸二食分食べそこなうということになる。
流石にそれはまずい、一日一食なんて今まで一回もないぞ……もちろん現世でも。
「呂布」
「……? 何?」
「とりあえず戻ろう。みんな心配してるかも」
「………うん」
とりあえず館に戻ろうと問いかける。コクリと頷きセキトの方へと振り向く。
「またね、セキト」
セキトに別れを告げて二人で共に館へと向かう。
……今日も月が綺麗だ。昨日もそうだったけどこっちの世界の月はすごくきれいだ。風景を眺めているのも嫌いじゃない。見ているだけで自分が無になれるような気がして。例えるなら風景に自分が同化する感じ、我ここにあらずっていうとなお分かりやすいかもしれない。
……まぁ月の話は今はいい、話しているとキリがなさそうだ。
とりあえず、他の誰かに見つかった時の言い訳をどうしようか俺は今考えている。いや確かに俺の部屋に今日誰も来ていなかったのなら問題はないんだが、誰か来ていたとしたらそれが問題。
俺が外出するって言うのは誰にも言っていないし、もしかしたら心配掛けているかもしれない。他に残っている問題は夕食の調達。……これに関しては最悪、俺が作ればいいだろう。
………はぁ、十分な休息を取ったはずなのに胃が痛い。
「あら? もう帰ってきたの二人とも」
「え、あぁ……まぁ」
「……?」
意外だった、凄い意外だった。
館に戻った途端に孫策と周瑜に見つかったのにも関わらず、特に何かを言われることはなかった。よくよく考えてみれば俺が外に出て行く姿を誰かが見ているっていうケースを考えてなかった。
だとしたら二人の耳に情報が届いているというのも納得できる。
ある意味助かった……けどある意味助かっていない。そんな表現が正しいのか、つまり俺達の一部始終を呉のメンバーに見られていたという可能性が十分あり得るということ。
……というよりも今の孫策の一言がすべてを物語っている、完全に見られているしばれてる。
もう何も言うまい。
「飛鳥も手を出しちゃえばよかったのに♪」
「あのなぁ……」
「………???」
からかう孫策に対してやっぱりかという溜息が出てきてしまう。呂布にいたっては何が起こっているのか全く分かっていない。つまり孫策がからかっているというのも分かっていないということ。……いや、ある意味平和なのか。
「だが、次に外出する時はしっかりと連絡しろよ。雪蓮が拗ねるからな」
「えー!? 何よそれー!?」
「だが事実だろう?」
「飛鳥~、冥琳がいじめるー」
「あー、はいはい。そうだな」
「むー! 扱いも適当だしー」
あぁ、何かいつものテンションに引き戻された感じがする。
相変わらずよく分からないというのかあんまり興味がないのか、何とも言えないような表情を浮かべる孫策。
首をかしげてじっと俺達の事を見つめてくる。
「……で、だ。厨房って今あいてるか?」
「あいてるけど……どうするの?」
「昼から何も食ってないからな……作ろうと思って」
「「え?」」
「ん?」
「???」
二人とも揃って同じ反応してくれるのはありがたいけどそんなに驚くことでは無くないか? 料理くらいだったら誰にでも出来る気がするんだが……そんなに意外なのか。いや……え?
「いや……そんなに意外か?」
「意外ね」
「意外だな」
「……???」
みごとにぶっちゃけてくれたなおい。呂布にいたってはまだ状況把握が出来ていないみたいだし。
俺が料理作ることが意外……か。確かにこの時代だとちゃんとした料理店こそ男性が運営しているけど一般的な料理なら女性が作るっていうのが当たり前かもしれない。日本も昔は亭主関白っていう言葉があったくらいだし。
今は男も料理が出来ないといけない時代。
つまりは一人暮らしをしてるんだから俺も料理くらいなら作れますよってこと。
「材料とかはあるんだよな?」
「ん、あぁ。好きに使っていいぞ。米も今日の分がまだ結構残っているはずだ」
「ん、了解」
あと何か聞いておかないといけないことも……特にはなさそうだ。とりあえず厨房に向かおう。
「……飛鳥、何するの?」
「晩飯作り。呂布も来るだろ?」
「………行く」
「なら行くか」
「あら、じゃあ私も行こうかしら?」
案の定、私も行くとばかりに興味深々の孫策。想定の範囲内だし特に問題はない。俺が料理を作れるってことを知った孫策がこの話に便乗しないわけがない。
ていうか厨房に来る理由が俺の料理に興味があるっていうのもあるだろうけど、お酒が飲める場所でもある。たぶん両方だ、孫策のことだし。
「時雨。雪蓮のお守、任せたぞ?」
「承った。……酒を飲もうとしたら速攻で止めるよ」
「ぶー! いいじゃないお酒くらい~」
「冗談だ。ほどほどなら俺も止めないよ」
「……飛鳥」
クイクイと服を呂布に引っ張られる。どうやらもう待てないのか、早く行こうと訴えるような表情で俺の事を見つめてくる。
……多分さっきまで何の話をしていたのか理解できなかったけど、晩飯を作るっていう言葉に対しては興味を示してくれたみたいだ。
「よし、じゃあ行くか」
―――――…
「へぇ……結構材料は残っているのな」
厨房にきてまず確認したのは材料の確認。ざっと見た感じ炊いて残ったご飯が数人前に、鶏卵、数種類の野菜と焼豚……要はラーメンに使うチャーシューもある。これだけあればそれなりのものが十分に作れそうだ。
……とはいっても別にそんな凝った料理を作ろうとは思わない。単純にあるものを考えて比較的シンプルかつ味もよく、量もある料理といったら炒飯だ。
もちろんこの三国時代に醤油などという調味料は存在しない。醤油はそもそも日本が発祥の地で、時代は弥生時代までに遡る。当時から今と同じようなものがあったかどうかは分からないけど、かなり前まで遡るのは明らか。
で、中国が三国時代の時、日本は縄文時代。そして国交にて醤油が海外輸出されたのは十七世紀の江戸時代。つまりはいかなる方法をしても手に入れることは出来ないということ。……作ろうと思えば作れるかもしれないけど、成功するかの保証もない。
ここは普通に考えて塩だろうな。後は胡椒を適量振りかければ十二分にまともな料理にはなる。少なくとも味がないとかいう事態にはならないはず。
……何かそう言わないといけない気がしただけであって、別に誰かの悪口を言ったわけじゃないぞ?
「じゃ、ちゃちゃっと作るか」
何だかんだで材料確認をしながら下ごしらえは出来た。材料は全部切り終えてあるしあとは傷めるだけ。というわけでかまどに火をつける。……流石三国時代、火打石とはなかなか原始的なものを。
普段使うことはないためにやや苦戦したが無事に着火することに成功、中華鍋を火にかけて中に油を垂らす。
パチパチと音が立ち始めると同時に卵を割ってそのまま炒める。次いで野菜と焼豚……最後にご飯を入れて何回も中華鍋をあおる。均一に火を通してパラパラのチャーハンを作るためには中華鍋を振って上手い感じに調整しなければならない。
実際作るのが簡単だからこそ本質は難しい。卵焼きとかなんかもそうだろう、作ることは出来るけど綺麗に作るのは難しい。シンプルだから味も分かりやすく、ごまかしもきかない。
世の中シンプルが一番難しいっていうのは常道なのかもしれない。
あれやこれやを繰り返した後、全体に塩と胡椒を振りかけて味を調える。
―――――これで完成だ。
「出来たぞ。二人とも」
出来あがった炒飯を皿に盛り付けて二人の下へと持って行く。ジッと目の前に置かれた炒飯を見つめる呂布と孫策。何だろうか、女性に自分の手料理を振舞うことが如何せん初めてだからか、感想が気になる。もちろん味見をしたから味自体は大丈夫だとは思うけど。
「へぇ~♪ すごいわね飛鳥。今日から私の夕飯、毎回飛鳥に頼もうかしら?」
ニヤリと笑うのは孫策。そんな時間があるならそうしてやってもいいけど、あいにく今の俺にはそんな時間はほとんどないから無理だ。
「……凄い」
「これくらいはな。とりあえず味は大丈夫だと思うから………」
「ふふ、楽しみね。男性の手料理なんてはじめてかも」
「そうなのか? ……なら俺はある意味光栄かもな」
「どうして?」
「自分が作った料理を、自分の大切な人に食べてもらえる………十分な幸せだと思うぞ?」
「た、大切な人って………」
実際、自分の作った料理を食べてもらえることは常識的に考えても幸せなこと。それが自分の大切にしている人間であるならなおさら。
………ただ、もちろん不味いって言われたらへこむけど。
「じゃあ食べてくれ」
「いただきます♪」
「………いただきます」
二人が炒飯を口へと運んでいく。別にただ自分の作った料理を食べるだけだと言うのに緊張する。
呂布なんかは何でも美味しいって食べてくれそうだけど、孫策はどうだろう………心配だ。
二人が口の中に入れた。そして二回三回と噛み締める。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
たった一言も発さないまま口の中へと含んだ食べ物を噛み締め、そしてほぼ二人同時に飲み込んだ。
「………」
「………」
まだだ。まだなにも言わない。
この沈黙は俺に対する当て付けか何かなのか、かなりドキドキものだ。
味が良くて何も言わないのか、それとも不味くて何も言いたいとも思わないのか、味がうまくも不味くもなく何もいえないのか………
果たして………
「………おいしい!」
「………おいしい。………もぐっ、むぐっ………」
待ち望んでいた一言がそこにはあった。
二人の感想は共に高評価、その一言にホッと胸を撫で下ろす。
いや、これで不味いなんて言われた日にはどうなっていたのかと考えるとゾッとする。呂布に至っては口一杯含めながら食べてる。
とりあえず、一安心だ。
「………今までで一番緊張したかもしれない」
「恋や華雄とやりあった人が何言ってるのよ?」
「それは戦い。こっちは女性に料理を食べてもらう………こっちの方が緊張するっての」
「そういうものなの?」
「………そういうものだ」
男性の感じ方と女性の感じ方は違うところがある。
………今変なこと考えた奴、後で鉄アレイ付けてフルマラソンだから覚えておけよ。
それはそうと…………
「………っ、もぐっ、はぐっ………んぐっ」
俺と孫策が話す中、ものすごい勢いで口の中にかき込んでいく子が一人。別に誰かがとるわけでもないし、目の前から急に無くなる訳でもないんだから落ち着いて食べればいいと思うんだけど………
残り物全部入れて作ったから、まだ残っているし………
そもそもそんな勢いで食べてたら、喉をつまらせそうで危なっかしい。
大丈夫だろうか………?
「そんなに慌てなくてもまだおかわりはある………」
そこまで言いかけて、言葉が止まった。別に噛んだとか言葉に詰まったとかそういうわけではない。
「………? 飛鳥?」
「…………」
「ねぇ、ちょっと。どうしたのよ………?」
「…………」
「もう……なにして………」
孫策が俺の横に立つ。というのに俺は横を見ようとしない。
それは何故か………
「んぐっ………もきゅっ?」
――――何だこの可愛さは!?
俺が直視しているのは目の前で俺の作った炒飯を食べる呂布だ。
もちろんそれだけだったら直視することはない。
そこで問題なのは食べ方。
両頬に一杯につめて、まるでハムスターのように食べている。
頭から出ている触覚のような二本の髪が食べている間、風に吹かれているようになびいているのがなおさら可愛らしい。
こんな様子を見ていると嫌でもこちらの頬が緩んできてしまう。
「あっ、何この可愛いの………じゃなくてちょっと飛鳥?」
「………」
「ちょっと飛鳥ってば!」
「はっ!?」
飛びかけていた意識が孫策の一言で戻ってくる。今までで何をしていたのか、地味に覚えているところと覚えていないところがある。
とはいえ、記憶自体が飛んだわけではないのでさほど問題はない。
むしろ問題なのは……
「もきゅ?」
「――――ッ!!」
「飛鳥ってば恋の食べ方に虜にされてたのね?」
「………認めたくはないけど……そうだろうな」
………悲しいことかな、認めたくはないけど呂布の食べる表情を見てほんわかとしかけていたのは間違いなかった。
よりによって孫策の前でこの表情をさらすことになるとは。何か負けた気分になる。
別に何かの勝負をして負けたわけではないけど、ほんわかした表情を見られたっていうのが俺にとっては負けた感じがしてしまった。
いや、でもこれは卑怯だろ………
「飛鳥の弱点?」
「かもな。正直何してもこれには勝てる気がしない………何とも思わないのか?」
「………実際、結構あれね。来るものがあるわ」
江東の麒麟児でも白旗をあげるほど、実際女性の孫策がそう言うのなら男性にしてみればその破壊力はさらに高い。
あれだ、つまりは俺も正常だってことだ。
何ていうのか、回りの雰囲気が一気に変わるって感じだ。
「んぐっ…………おかわり」
「あ、ああ………」
言葉一つ一つ喋るにしてもギクシャクする。別に気まずいわけでもないんだけど………
「飛鳥も恋も可愛い♪」
俺が何も言えないから若干からかいが入ってくる孫策。もうなんかどうでも良くなって来てしまった。
実際、今の呂布に俺は成すすべなんてないんだから………
俺は呂布の癒しの表情と、孫策のからかいを受けながら少しばかり騒がしい夕食を送った。
――――まぁこう言うのも、たまには悪くないだろう。




