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月夜の盃




「最近は随分と栄えてるな……」




 とある昼休み時。


 正午を迎えた町は賑わいを見てていた。俺がこっちに来た時とは比べ物にならないくらいに賑わうようになっている。書類整理している時に見た書類の中に、荊州に住む人口が増えてきているという趣旨のものがあった。



「歩くスペースも少なくなってきてるな。何とか道の増設が出来ないか……」




 人口増加に伴ってぶつかる問題は人口集中による一人当たりの利用面積が減ること。会議で議題点としてあげても悪くないかもしれない。


 って考えるとこりゃ改善点多いな。交通整備のこともそうだし。それだけじゃなくて部隊についての費用についても色々言わないといけないこともあるし……




「これは、主。こんなところで何をなさっているのですか?」




 とはいえ、今うちは独立に向けての活動が本格化しようとしているわけだ。あまりこちらの要望を押し通すわけにもいかない。袁術との戦いでも兵量はかなりの量が必要になる。そう考えると言いずらいな……




「主? どうしたんですか?」




 正直この提案は独立してからだな……今言って下手に混乱を招くよりはましかもしれない。まぁ今出来ることとして監視による交通整備くらいか。今何人かが警備をしてるけど、もう少し人員を増やして見てもいいかもしれない。人数が多い分、争いも起きやすくなるわけだし。


 あ……いや、人数が増えるってことは下手に警備人員を増やさない方がいいのか?


 と考えるとやっぱり道の増設が一番なのか……そう言ってしまうと費用もかかるし人員も一時的にかなりの人数が必要となるんだよな……


 やれやれ、考えることばかりで頭が痛くなりそうだ。




「主!」



「うわっ!? ……あぁ、趙雲か。驚かせるなよ」



「先ほどから何度も声を掛けておられるのに、全く反応されなかったではありませんか?」



「……すまんな。で、お前も今は休憩中か?」



「ええ。雪蓮殿に上手いラーメン屋を聞いたらここを教えられたので……」



「へぇ……」





 ふむ……ラーメンか。そういえばこっちに来てから言うほどラーメン食べてないな。ここに長年住んでいる孫策が言うなら味に外れはないだろう。俺もここで昼飯を済ますとするか。




「趙雲、隣良いか?」



「喜んで」




 趙雲の隣に座ってお品書きを見る。麺類だけではなくご飯物やサイドメニューまで取りそろえられている。なるほど、結構メニューも豊富なんだな。


 などと感心しつつもいざ決めようとするとなかなか決まらない。好き嫌いがない上にメニューまで多ければ悩む、決して俺が優柔不断な訳ではない。


 とはいえこのまま悩んでいても仕方ない。……そういえば趙雲は何を頼んでいるのだろうか。俺は横目に趙雲の食べているものを見てみる。ラーメン屋特有のラーメンどんぶり……で中に入っているのは普通のラーメン………あれ?



 ――――俺の目の錯覚なのか、俺は目をこすりなおして今一度どんぶりの中身を見直す。……中身は普通のラーメン………じゃなかった。全くそんなことはなかった。


 香りで醤油ベースのラーメンだということは分かった。ここまでは確かに普通、どこにでも売っているラーメンだし現世でも普通に食されているラーメンだ。


 ………問題なのはラーメンの上に乗っかっているもの。普通にラーメンを想像するなら、上にチャーシューが数枚のっていて海苔がのっかっててなるとが……って考えるのが普通のラーメン。ラーメンに種類はあるものの、そこまで大きな差があるわけではない。どんな味にしても見た目でラーメンだと分かる。



 でも俺に何をどう思っても目の前のラーメンをラーメンと言い切れる自信はなかった。というのも上に乗っかっているトッピングに問題があったからだ。




「……メンマ?」




 よくラーメンの上に乗っかっている黄色いアレ。そうメンマ。俺の一般常識だとラーメンに数本のっているっていうのがあれなんだけど……俺がおかしいのか?


 俺の視界に入っているラーメンと呼ばれたものは凄まじいほどのメンマでどんぶりを覆い尽くしていた。え、何これ? どう考えてもおかしいだろこれ。比率完全に無視してるしどう考えてもメンマの方が多いよなそれ。


 ――――だが俺の驚きはそれだけじゃ終わらなかった。




「………」




 どこぞの実況者の言葉を借りるなら『唖然呆然の壮大な―――!!』とかなりそうなもの。ラーメンどんぶりの横に置かれているラーメンどんぶりよりも一回り以上小さいどんぶり。普通に考えてご飯の茶碗なんだが……


 米が見えないくらいに山積みされたメンマがあった。綺麗な言い方をするならメンマ丼っていう言い方をすればいいのか。もはや名称があるのかも分からん。


 山積みにされたメンマは麺とご飯を合わせてもその量にはかなわないくらいか……ていうか趙雲。お前ラーメン食べに来たんじゃないのか、これじゃここがラーメン店じゃなくてメンマ店にしか見えなくなりそうなんだが……




「これは御遣い様! ご注文はどうします?」




 店主が俺に聞いてくる。……だめだ、あのメンマが脳内保管されて忘れられん。





「ラーメンと……メンマ丼を」



「……へい! かしこまりました」




 そそくさと店主が厨房へと戻っていく。メンマ丼頼んだ時の店主の顔はやはり驚きの顔。そもそもそんなメニューはこの店にはないし、物珍しい注文が来たとでも思っているんだろう。それも二回連続で。


 ――――バカ言え、俺も趙雲が食べていなかったら頼んでなんかいないよ。




「おや。主もメンマがお好きで?」



「嫌いではないな……何よりお前が食べているのが気になった」



「ふふ、ここのメンマはなかなか旨いですぞ」



「そりゃ楽しみだ」




 メンマのことについて嬉々と語る趙雲。だが、ちょっとその表情は危ない気がする。メンマを食べるたびにくねくねしてるし……いや、別にメンマが好きって言うのは構わないけど綺麗な女性がそういう行動するのはちょっとな……若干引いてしまう。


 何か近い未来にアルコール依存症ならぬメンマ依存症とかいう言葉が出てきそうな気がしないでもない。趙雲が現世にいたとしたらたぶんこの言葉が生まれている気がする。……うん、間違いなく。



「へい! お待ちどう!」



 運ばれてくるのは普通のラーメンとメンマ丼。あぁもちろんだけどラーメンも普通だしメンマ丼も普通な。規格外な量がのっかってるとかそんなんじゃないから。




「………」



 まずはラーメンのスープを啜る。うん、味も悪くない。続いて麺を口へと運んで行く、スープと絡んでいて上手い間違いない。二口、三口とラーメンを口に運んで行く。どうやら孫策の話は本当だったみたいだ。……別に初めから疑っていたってわけじゃないからな。


 ……で、次はこのメンマ丼。正直色合いは悪くないし、上手そうな感じはする。ただメンマという食べ物が普段はラーメンにのっかっているか、ビールとか酒のつまみにしているというイメージが強いために、どうもメンマ丼というイメージがわかない。


 隣では趙雲が今か今かと興味深そうに俺の顔を覗いてくる。おい、そんなに見つめられたら逆に食べにくいんだが……




「………あむ」




 意を決してメンマ丼を口に入れる。もちろんメンマとご飯を一緒にだ。ゆっくりと噛みしめる……あれ?




「……うまい」



「ふふ♪ でしょう? 米とメンマは合うのですよ」



「意外だ……」




 意外っていうと失礼かもしれない。ともかくもとのイメージがイメージだったというのを抜いたとしても、このメンマ丼は十分すぎるくらいに美味かった。一口、二口と口に運んで行く。普通に美味いから癖になりそうだなこれ。


不思議とメンマというものに親近感を覚えつつ、昼食を堪能した。










「……ちょいと食べ過ぎたな」



「なかなかいい食べっぷりでしたぞ、主」



 ラーメンにメンマ丼。空腹を満たすには十分な量だ。男の俺がこれで一杯になるのに、同じ量を食べた趙雲はけろりとしてる。


 普通の男性以上の食欲はあるつもりなんだけどな、これでも。趙雲も武将だしカロリー消化が激しいと言われればそれまでかもしれない。


 さて昼食もとったことだしどうしようか。政務という政務も今日はほとんど終わらせてしまったし、残っている分はさほど量はないため十数分で終わるようなもの。




「この後はお暇で?」



「あぁ、やることもないしな」



「では。少し付き合ってもらっても?」



「いいぞ」



「ふふ♪ では失礼いたす」



 そう言うと趙雲は俺の隣に寄る。



「……近くないか?」



「良いではありませんか。私も仕事以外ではただの女。男性が近くにいてほしいと思うこともあるもんです」



「ここ人前なんだが……」



「照れているのですか?」



「そんなことはない……」



「なら良いではありませぬか」




 ……何かペースを地味に持っていかれている気がする。いや、実際持っていかれているんだろうけど。


 耐性は出来てきているとは思うんだけど……趙雲の掴み所が分からないっていうのもある。突拍子もなく斜め上の事をしてくるからだ。


 そういう意味では呂布なんかもそうなんだけど、呂布は純粋で天然な性格の影響でそうなるわけで。趙雲の場合は計算された何かというか……



「図ったな?」



「さぁ、何のことでしょう?」




 想像どうりの反応で。ただ何かこのままペースを握られるっていうのは面白くないな。




「で、どこへ行くんだ?」



「ふむ、特にそういうのは決めてなかったのですが……」



「じゃあ適当に出歩くか?」



「そうしましょう。主、付き添いの程よろしく頼みますぞ?」



「はいはい」








―――――…









「………」





 町から戻った後、すぐに俺は自室に戻って残った書類に目を通していた。なんてことはない単純な作業……その作業もあと少しで終わる。


 町では特にこれといったことはしなかった。宛もなくぶらぶらしていただけで、これがデートかって言われると違うとは言われそうだけど。ただあくまでエスコートってことだったし……まぁソツ無くこなすことは出来たかなとは思う。


 最後の書類に目を通す。上から下へ特に何か異常がないことを確認し、直筆のサインを入れる。あぁ、この場合のサインっていうのは俺の名前な、別にかっこつけたサインとかそういうわけじゃないから。


 そして山積みにされた書類の上に最後の書類を置く。






 ――――よし、これで今日の仕事は完全に終わりだ。


 さて、この書類を後は周瑜の部屋に持って行くだけだが……まぁ明日でいいだろう。この書類も明日が期限ではないし。というか前回期限前に持っていかれたら唖然とされた「お前の頭はどうなってる?」みたいな感じで。


 ただ正直期日ギリギリまでやっているのはどうも俺には向かない。俺はどっちかっていうと期日の前日までに終わらせて後はゆっくりしていたいっていうタイプ。


 多分孫権とかも俺と似たタイプだと思う。逆に孫策とか黄蓋は今を楽しむって感じの人間だから、間際になってやり始める。そして終わらないから現実逃避で酒に走ると。


 ……何とも分かりやすいパターンだ。



「寝るか」




 昨日よりも全然早い時間だが、少しくらい睡眠に贅沢をはたいてもいいだろう。贅沢とはいってもやることがないのだから、あとは寝るくらいしかない。


 たまにはいいだろう、そんな事を思いながらベットへと向かう。



 コンコンッ



 乾いたノックが響かなければの話だけどな。


 やれやれと頭をかきながら取っ手に手をかけて扉を開ける。




「遅くにすいませぬ。主、お時間の方は大丈夫でしょうか?」



「何もすることも無かったしな。……何か用があるんだろう?



「はい。……ですが主が疲れているのならば、私は下がりますが……」



「安心しろ。俺も暇だったからな、丁度話し相手でも探そうとしていたところさ」




「………優しいですな」



「ん、何かいったか?」



「いえいえ、ただの戯言でございますよ」



 ふむ? 何か言ったと思ったんだけどな。まぁいいか。


 別に大ごとが起きたとかじゃないだろうし、たぶん趙雲も私用で来たんだろう。その証拠に後ろの手には徳利が握られていた。




「たまには主と二人で飲もうと思いまして……」



「酒か……そうだな。なら外に出ようか、今日は月も綺麗だし」



「そうしましょう」






 たまには……というか趙雲と酒を飲むこと自体が初めてな気がする。というか一緒に飲んだことがあるのって孫策くらいじゃないか?


 それに一緒に飲んだって言っても孫策は途中で周瑜に連れていかれたし、俺もその仕事を手伝ったし。その場で約束して飲みかわすっていう意味では初めてかもしれない。


 そんな感じで外に出たわけだが、歩いて屋敷の外に出たわけじゃなく、自室の窓から壁つたいに屋根の上に強引に上っただけ。


 ………やけに都合がいいな。屋根に上りやすくするための壁とか聞いたことねぇよ。




「主。盃を……」



「あぁ、サンクス」



「主、その『さんくす』っていうのは?」



「ありがとうって意味だな」



「………」




 その言葉を聞いて若干顔を赤らめる。けど……正直に言うと軽い感じでお礼を返す時に使う言葉なんだけどな。


 ……どうやら、深々とお礼を言う方の『ありがとう』と勘違いしているみたいだ。……まいったねこりゃ。




「……ほら」



「……そうですな」



 盃を差し出すと、趙雲はそれに合わせて同じように盃を差し出してくる。




「「乾杯」」




 カチッっと互いの差し出した盃が重なり合い、俺は一気に盃の酒を飲み干す。喉に流れ込んでくる爽快感がたまらなく心地いい。


 安らぐというという表現が適切か、疲れた体をいやしてくれる気がする。


 なんて言うのか、孫策とか黄蓋が言う気持ちが何となく分かる気がしないでもない。だがこれだけは言える、俺はアルコール依存症ではない。




「うまいな」



「最近手に入れたばかりの秘蔵の酒でしてな」



「おいおい、そんな高い酒を俺なんかと飲みかわしていいのか?」



「何を言いますか、貴方だからですよ?」



「俺だから……?」



 そこで俺に疑問が浮かぶ。俺だからって一体どういうことなのか、と。あれこれ考える俺にそっと趙雲が寄ってくる。ただお酒が入っているからなのかどうか分からないが、恥ずかしいという感じはしなかった。




「貴方が私にとって命を捧げてもいい主だから……という理由では納得いきませんか?」



「いや……」



 逆に嬉しくなる。俺の事をそこまで信頼してくれていたのかと。付き合っている期間はまだ短い。それこそ張楊と比べたら数か月近い差がある。


 それだけの差があるにも関わらず、彼女はこうして俺に対して忠誠を誓ってくれている。信頼してくれている、これが嬉しいと言わずに何と言うのか。


 無論張楊のこともないがしろにしているわけではない。彼女は時雨隊創設の時から俺の副官として奮闘してくれている。俺が初めて部隊を任される上で多くのサポートをしてくれた。


 ―――――彼女に対しても俺はすごく信頼している。……いやむしろ信頼していない人間の方が少ないかもしれない。




「……十分だな」



「ありがたいお言葉。主、お注ぎいたしますよ」



「すまんな」




 盃に酒が注がれる。それを一口飲んで言葉を続ける。




「最近思うんだよ……生活が恐ろしいくらいに充実しているって」



「ほう?」



 興味深げに視線をこちらにうつしてくる。



「だからこそ怖いって思う時がある……この生活が崩れた時、俺はどうなるんだろうってな」



「………」




 現世での生活がいやでもフラッシュバックされてしまう。もちろん、こっちの世界では何も関係はないのにだ。


 内面的な克服。華雄に言ったことは俺にも当てはまるかもしれない。ミイラ取りがミイラとは……正直笑う気にもなれない。


 でも最近はそんなことはすべて忘れるくらいに充実している。決して国のために人命を奪うとか言うことが楽しいというわけじゃない。……それ以外、私生活の面でだ。


 多くの仲間も増え、皆が俺に声をかけてくれる。信頼してくれる。全く考えたことのない生活、だからこそ全てが充実する。


 ――――だから怖い。この生活が壊れると思うと




「平気ですよ」



「え?」



「その時が来たら考えればいい事です。今が充実している、それは人として一番の幸せなのですよ? 少なくとも主にとって今は充実しているではありませんか。それ以上、それ以下の事を望むなど藪蛇ですよ」




「……そうだな」




 本当に嬉しいことを言ってくれる。俺はどこか皆に甘えているのかもしれない。だからこそ一生懸命にもなるし、死ぬ気で戦ったりもする。


 その通りだ。これ以上の幸せを望む必要もないし、これ以下の不幸を考える必要もない。今が大事それが一番大切なことなのだと……




「ありがとう」



「い、いえ……納得されたならそれでいいです」



「……?」



 何かいつもと感じが違う気がする……いや、気のせいか。俺の気にし過ぎかも。


 残っている酒を一気に飲み干す。盃をその場に置く。俺の目の前には荊州の大地が広がっている。その大地に向って手を伸ばす。




「この土地も、こうやって手を伸ばすとすぐに掴める気がする。でも掴むことは出来ない。俺の手が及ぶ範囲なんてまだまだ小さい……でも俺は皆を守ってやりたい。命に代えてでも」



「相変わらず大きな理想ですな」



「そうだな……それがどれだけ時間がかかるか分からないけどな」



「あなたの願望を叶えるためなら、この趙子龍。命を懸けてでも……あなたの盾となりましょう」



「ああ……」




――――再び前を向く。


もう夜も遅い、顔に当たる風がすごく心地よかった。


仲間のため、大切なもののため……俺は頑張れるのだと。


再認識した。

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