第六十一話 崩落のフーガ
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こちらは、外伝となっております。
気になる方は、本編の『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜もご覧になってください。
白亜の石壁。
赤いカーペット。
美しい装飾が施された木製の長椅子が整然と並ぶ。
色褪せたステンドグラスからは、鈍い灰色の光が礼拝堂へ差し込んでいた。
その下では、慈愛に満ちた女神像が静かに祈るように佇んでいる。
荘厳なパイプオルガンの前。
豊富は、冷たい石の台に裸のまま拘束されていた。
ステンドグラスの向こうを、一機の旅客機の影が静かに横切る。
両腕には無数の注射痕。
その数は、櫻子の身体に残っていた痕跡よりも、さらに多い。
胸には生体監視用の魔導モニター。
首には重々しい首輪が嵌められている。
「祓え給え、清め給え──」
豊富は、震える声で禊を詠唱する。
淡い光が身体を包み、体内を巡る薬効を少しずつ浄化していく。
「すごい♪ すごい♪ すごい♪」
その様子を、子どものように飛び跳ねながら記録するアレク。
アレクが、魔導モニターを確認する。
「でも、少しずつ蓄積はするみたいですね…。」ニコニコしながらとても楽しそうだ。
「豊富さんほどの魔術師が魔石になったら…。」
「その魔石で、どんな薬ができるでしょうねぇ。」豊富の顔を見ながらにぃっと目を輝かせて笑う。
「ならんから、わからんなぁ?」豊富も不敵に微笑む。
しかし、全身から汗を吹き出している。
無理しているのは、一目瞭然だ。
カツカツと靴音が聞こえた。
豊富の笑顔がわずかに引き攣る。
肩から羽織ったジャケットを靡かせながら雉がやってきた。
「アレクそろそろ変わってくれない?」
「えぇ、もう少しデータを取りたいのに…。」
「それでもアンタの前で始めてもいいの?」雉が眉を上げる。
「それは、嫌ですねぇ〜。男が悶えているの見たくないですぅ〜。」
そこで、アレクは豊富を見る。
「じゃ!また後で来ますね♩」
そう言って影の中に消えて行ってしまった。
「男の方のこっちの薬も結構需要あるのよぉ。後は、快楽は時に拷問って言うじゃない?」雉が別の薬を注射器に入れる。
「俺は生粋のスケベやから気持ちよくてありがたいけどなっ!」強がる豊富。
「今日は、どこまで禊の詠唱出来るかしらねぇ」
雉が豊富の首輪を持ち上げる。
豊富の笑顔が僅かに歪む。
首輪の隙間に注射器を突き立てる雉。
「高天原に神留ります神漏岐神漏美の命以ーーー!」天津祝詞の詠唱を叫ぶ豊富。
生体モニターの波形が激しく乱れる。
機械から警告音が鳴った。
その音は、幻想的な大聖堂には不釣り合いな音で鳴り響いた。
そこで景色が揺らいだ。
先ほどのヒロ達が会議していたテント内にヒロが簡易ベッドの上で脚を組みながら寝ている。
しきりに脚を動かして貧乏ゆすりをしている。
側には灰皿があり、タバコの紫煙が揺らいでる。
「……ヒロ。」楓が入ってきた。
「なんや?」
「ママ上と一緒に寝ないの?」
「……。」
「ママ上寝てない。ヒロがいないとママ上寝れないんや…。」
「……。」
「ロッキーもおらんし…。」
返事をしないヒロ。
起き上がりタバコを一口吸う。
「……その名前出すなや。」小さく呟く。
「お願い!ヒロ!」楓はヒロの様子を気が付かず言葉を続ける。
「ロッキーおらんしーー。」
「その名前は、出すなや!」
そこでヒロが近くにあった空のペットボトルを手に取ると楓を見た。
ゆっくりペットボトルを下ろした。
楓が驚き体を跳ねる。
そして、耳を伏せた。
しかし、尚もヒロに懇願する。
「お願い!ヒロ!ママ上。ホンマに寝てないし…。食べてないし…。」
「櫻が選んだ事やろ!」そこでヒロが立ち上がる。
楓の前まで行く。
体を震わせ後退する楓。
「大体何やねん!俺!お前らの飼い主ちゃうし…。」
言葉が詰まるヒロ。
「たまたま俺と櫻が任務中にお前らおって。それを櫻が可哀想やからって!」
「全部、櫻が決めた事や!俺は関係ない!」
そこで、振り上げそうな拳を抑える。
楓が涙を流しながら逃げる。
テントの外に丸山がいた。
何も声かけない。
丸山がタバコを握り潰す。
「丸山さん!なんか用ですか?」棘のある声でテントの中から尋ねるヒロ。
静かに立ち去る丸山。
テントの中で、何かが叩きつけられる音がした。
それでも丸山は振り返らなかった。
景色が歪む。
神辺の高台にあるハーブ園。
空は澄み切っていた。
朝の空気が気持ちがいい。
櫻子は右手を滑らせ、己の顔の前に魔法陣を展開する。
そうして、静かに街を見下ろす。
透視魔法だ。
魔法陣が様々な場所を透視する。
「地下街。…地下2階階段。自衛官が2柱。」
「私鉄四ノ宮駅構内。敵、武装一個小隊。」
淡々と作業していく。
自衛官がそれを必死に記録している。
一切の迷いがない。
上野が声をかけようとするが声がでない。
時々、櫻子が自衛官に手を差し出す。
自衛官が回復薬を手渡す。
回復薬を飲み干す。
そして、瓶を投げつける。
気がつけば、太陽は頭上まで昇っていた。
記録係の一人が限界を迎え、その場に倒れ込んだ。
すぐさま別の隊員が席に着き、キーボードを叩き始める。
櫻子の生命を削るような働きを無駄にしないためにーーー。
「早く!」
「なぎちゃんお願い!」
紅葉と竜胆がなぎさを連れてきた。
なぎさは、透視魔法を使い黙々と作業する櫻子を見て立ちすくむ。
空間移動魔法で、三条と茜茜も現れた。
三条と茜茜が変わり果てた櫻子に息を呑む。
三条が周囲を見渡す。
ヒロを探しているのだろう。
なぎさが意を決して櫻子に声をかける。
「櫻子さん…。今日は、もう大分働きました。だから休憩しましょう…。」
「………。」櫻子の声が止まる。
なぎさ・茜茜・三条・上野・紅葉・竜胆。
タイピングしていた自衛官
周囲で情報を整理していた者
その場の全ての者が安堵で肩を落とした。
「なぎさは…。豊富さんが魔石になったらどう責任取るの?」
凍てついた目がなぎさを貫く。
耳を伏せて、膝から崩れ落ちるなぎさ。
「なぎさ!」茜茜がなぎさに抱きつく。
二人とも耳を伏せて静かに泣いている。
「田中君はどこだね?」三条が上野に尋ねる。
首を横に振る上野。
魔眼のオッドアイの瞳を静かに閉じる三条。
狐と狸の頭を優しく撫でる三条。
二人が見上げる。
三条は二人に頷く。
「櫻子君。私も手伝おう。魔眼持ちの私の方が早い。私の方にも記録係を。」
櫻子はチラリと三条を見る。
「了解しました。」自衛官が返事する。
夏の暑い空気に櫻子の凍てつく声が響く。
三条の魔眼の瞳孔が開く。
二人の透視魔法が、神辺の街を隅々まで見始める。
夏の蝉だけが、何事もなかったように鳴いている。
そうして、視界がゆっくりとゆっくりとぼやけていった。




