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恩人の彼の勘違い  作者: maruko


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8

 いつもと何か違う視線の中、私は学舎の玄関へと向かう為、階段を下りていた。

 2段ほど下りたその時、不意に腕を掴まれる。


「えっ!」

「キャッ!」


 声を上げたとき、私の頬に何かが触れた。

 それが髪だと気付いたのは、必死に階段の手摺にしがみつく、アルチェを見た時だった。

 そして私の腕を掴んでいるのは⋯隣の席の彼。

 隣国オードン王国の伯爵令息、エルマール様だ。


 私の手を握っている彼の形の良い額には、少し汗が滲んでいて、走って来た事を物語っている。

 そして焦ったような顔をしているのが、少し面白かった。いつも淡々いや飄々としている彼が、挨拶でも「ん、」の一言しか言わない彼が、焦るという感情を面に出している事が、不謹慎にも可愛いと私には思えたの。

 状況から察するなら、いくら鈍い私でも分かる。

 アルチェが私に害を為そうとして、エルマール様が助けてくれたのだ。


 まさか階段から突き落とそうとした?


 今まさにそれに気付いて、膝が嘲笑ったように震える。

 害を為そうとしたまでは気付いたけれど、その行動が命を脅かすほどの物だとは、あとからジワリと実感してしまったのだ。


 ヘナヘナとその場に崩折れる私を、腕を掴んだままのエルマール様。

 彼には助け起こすという概念が無い様で、階段の縁に座り込んだ私のダランとした手を無理に掴むエルマール様という構図。

 傍から見たら私が、糸の切れたマリオネットの様に見えるだろう。


 その時、アルチェが叫んだ。


「何なのよ!何なの何なの、あんた何なのよ!」


 周りには、帰ろうとする生徒たちが集まっている。衆人環視の中で、アルチェは普段決して見せない本来の彼女を晒したのだ。

 そして、その事に気付かない彼女は尚も続けていた。


「あんたは大人しく私から男を奪われればいいだけなのに!何反撃してんのよ!母親を見習いなさいよね!あんたの母親は大人しく男を取られていたのに。どうしてあんたは⋯」


 それまでアルチェの言葉を、馬鹿馬鹿しいと俯いて聞いていた私は、急に黙ったアルチェを不思議に思い顔を上げる。

 すると、漸くアルチェは周囲に気付いたようで、自分の醜態を晒した事を、どうやって取り繕うかとでも考えているのか、それともどうにもならないと自分の迂闊さを後悔しているのか。彼女は顔面蒼白になっていた。


 だけど、その想像したどちらでもなかったようで、周りを見て蒼白になっていたアルチェは、開き直ったのか私をギロリと睨み唇を噛んだ。


 どうやら、これも私のせいにしたいらしい。


 でも⋯。


「もう無理よ」


 私の心の呟きが口から漏れて、奇しくもアルチェに引導を渡していた。






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