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家に帰ると憂い顔のお母様が、サロンで刺繍をしながら待っていてくれた。
行き掛けに言っていた話をしてくれるみたい。
一体どんなお話なのだろう?
「おかえりなさい、どうだった?」
「だいぶ、発音も自然になったようで、今日は褒められました」
「まぁ!そう、良かったわね」
お母様は憂い顔を笑顔に変えて、私を労ってくれる。
もうすぐ、ケビン様の卒業に伴いオードン王国から、ケビン様のご両親が一両日中にいらっしゃる予定だ。
私との婚約を正式に結ぶために。
だから今我が家は、至る所をメイドたちが磨きまくっている。庭師も家族総出で庭を整えてくれて大忙しだ。
お母様もその差配に忙しくしていたのに、今日はクッキーを焼いたり、刺繍をしたり、そして憂い顔。
どう考えても何かあったとしか思えない。
「お母様、何があったのですか?」
「お茶をお願い」
私の言葉に、お母様は椅子を薦めてからお茶をお願いした。素早くユリアが動いてお茶を淹れてくれる。
クルーズ伯爵家の、今後の命運を掛けたこのお茶の茶畑を広げるために、お父様も今東奔西走されている。
渋みの少ないほんのり甘いクルーズ領のお茶は、今日もとても美味しい。
「ゲットン伯爵から手紙が来たの」
そう切り出して、お母様はゲットン伯爵家が爵位を返上した事を話してくれた。
爵位の返上ということは、お母様の生家は没落したということだ。
今まで没交渉の生家とは、もう関係のないお母様だったけれど、やはり生家がなくなるというのは、何か思うところがあるのだろうと察せられた。
「誘拐の件で、ですか?」
「そうね、それがきっかけのようだわ。ゲットン伯爵から謝罪が認められてるの。今更ね、フフ。それを見たら、何だか虚しくなっちゃって」
お母様の憂いは、私にはよくわからない。なんせ、アルチェとは学園でも顔を合わせていたが、お母様の妹である叔母も数回、伯父は1回、祖父母に至っては会ったこともないのだ。
そういえばアルチェの兄は、確か1つか2つ上なだけなのに、学園でも見かけた事はなかった。どこにいるんだろう。
そんな事を考えていたら、お母様が色々と言い始めた。
どうやら、事の顛末を伯父が手紙に書いていたようだ。
「カティリアは離婚ですって、どうやら今回の誘拐の企てはカティリアの独断のようよ。ゲットン伯爵もアルチェも知らなかったんですって。マーカー子爵に内緒で多額の借金があったみたいね。お金が目的だったようよ。それがバレて離婚ってあるけど。マーカー子爵は、生家の侯爵家に爵位を返して平民になるみたい。平民の女性との間に子供もいるそうよ。あの人も懲りないわね。いえカティリアに懲りたから、新しい女性なのかしらね」
「お母様、一度聞きたかったのですけど、アルチェには兄がいませんでしたか?」
「あぁ、いるわよ」
「では、その方も平民になるのですか?」
私の質問にお母様は首を左右に振った。
「彼はね、髄分前にお茶会で聞いたのだけど、カティリアに教育させたくないと言ってね。マーカー子爵の弟で侯爵家を継いだ方の養子に入ってるの。どうやらそちらには、子供が生まれなかったみたい。今はアルチェと顔を合わさないように留学されてるわ」
「えぇ!男の子だから養子に迎え入れてもらえたのですか?」
何だかつい、それはないだろうと、アルチェに同情してしまう。もし、アルチェも侯爵家に引き取られて叔母から離されていたら、あんな性格ではなかったかもしれないのに。
そう思ったのだ。
だけどお母様はまたもや首を振った。
「何でもね、アルチェも本当は引き取るつもりだったそうなの。それなのに家庭教師の片目を失明させたそうよ。それで見限られたみたい」
「ええっ!!!」
よくよく聞いてみると、マーカー子爵の二人の子供は、叔母に育てられても碌な人間にならないのではないかと危惧した侯爵家が、早々に引き取るつもりで、子供の頃から侯爵家で教育を行ってきたそうだ。だけどアルチェはその時からもうすでに我儘ぶりを発揮していて、勉強を嫌がったらしい。
それでも根気よく諭していた家庭教師に、物を投げつけ、その一つが運悪く家庭教師の片目に当たった。
大怪我をして片目を失明した家庭教師の事もあり、もう侯爵家ではアルチェを引き取る事は出来なかったし、既にその時点で見限られたそうだ。それがアルチェが8歳のときだという。
8歳で人に危害を加えるなんて、なんてやつ!
アルチェは生まれたときからアルチェだったのだろう。
そう結論付けるしかない。
その時も反省なんて微塵もしなかったらしいから。
「そうだったんですね」
「そうよ、離すなら生まれた瞬間からが良かったかもね。今更だけど」
それからお母様が叔母やアルチェの末路を話してくれた。
叔母は、借金を返済しなければならず、国の労働機関で強制労働をする事になったそうだ。そうして借金を返済してから、罪を償う為に10年の刑が同じ場所で始めるのだとか。
一体何年経てば借金が返せるのかは、伯父も知らないらしい。
アルチェは、当初予定されていた修道院ではなく、戒律の厳しいと噂される北の修道院へ入ることになった。無期限なので、いつ出られるかは本人次第だそうだ。
気持ちを入れ替えて、せめて普通の人になって欲しいと願う。
「ゲットン伯爵家は、どうして没落を?」
誘拐の罪は罪だが、狂言でもあるし伯父は知らなかったのに、どうしてだろう?そう思ったから聞いたら、元から伯父は叔母にお金を言われるがまま渡していて、甘やかしていたらしく、ゲットン伯爵家も火の車だったそうだ。
そして今回の騒動で、夫人にも子供にも見限られて離婚する事になってしまった。
夫人のご実家から援助されていた事もあり、如何にも立ちいかなくなって、今後の見通しも立たないため、爵位の返上をして借金を返す事になったそうだ。
叔母は一体何にお金を使ったのかしら?
「さぁ?あの子は昔から何でも欲しがったわ。人の物は特にね。大方、高位貴族の方のドレスやアクセサリーを欲しがったんじゃないかしら?でもマーカー子爵家では、そんなに贅沢は出来なかったと思うわ」
とどのつまり、みんな自業自得で自滅したってことなのかな?
「さっ!レニファに話してスッキリしたわ!私もね前に進まなきゃね!いつまでもカティリアの呪縛に怯えていてはいけないわね」
私のこともあり、お母様はやはり昔を思い出していたみたい。
人に話すと考えが整理されるというけれど、私に話したことで、お母様の気持ちの整理ができたのなら良かった。
お母様は、刺繍の続きを取りやめて、少し冷めたお茶をクイッと飲んだ。
「やっぱり我が家のお茶は冷めても美味しいわね」
そう言って笑った。
いえいえお母様、公爵家から貰った茶葉を追加で注文しているの私知っていますわ。
そんな考えは億日にも出さず私ももう一度お茶を飲み「そうですね」と相槌を打った。




