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あと一週間で2学年が終了するというその日、私はカティの家に行く為、仕度を終えてエントランスで迎えを待っていた。
「レニファ、少しいいかしら?」
「お母様、どうしたの?」
お母様からの声掛けは、丁度ユリアが私の帽子の紐を結んでいるところで、私は振り向けず、顔も上げずで返事をしていた。
なかなか次の言葉が来ないので、紐を結んでもらったあと、ようやく振り向くと、少し泣きそうなお母様の顔がそこにはあった。
「どうしたの?お母様」
「ん、クッキーを焼いたから、持っていきなさい」
お母様の侍女から、ユリアが籠を受け取ったけれど、私は途端に心配になった。
私のお母様は、ストレスが溜まると色々な方法を用いて、それを発散している。
独身の頃は、読書だったらしいけど今は物づくり。
特に、パンを焼いたりお菓子作りは、読書と違って時間の制限があるので、ストレス発散にはもってこいなのだと聞いていた。
そして今籠いっぱいにそのクッキーが入っている。おそらく、相当没頭して作った為、家では消費できないくらいの量を作ってしまったのだろうと窺える。
「お母様、何かあった?」
「そうね、あなた達にも関係あるから。帰ってきたら話すわね」
そんな事を言われたら、気になってしょうがないのだけど、迎えの馬車が来てしまった為、後ろ髪を惹かれつつ私はユリアとともに出かけた。ちなみにリズは今日はお休みだ。
カティの家に着くと、いつもと同じ部屋へ案内される。
部屋の中には、カティとメイリンとモンテ様が居た。
メイリンの方が先に着いていたようだ。
私とメイリンとカティは、今、週に2回オードン語を取得する為、勉強している。
教師を務めてくださるのは、カイル殿下が“爺や”と呼ぶ幼い頃からの侍従のモンテ様で、留学には同行されていなかったのだが、急遽私達の為にこの国に来て下さった。
カティとエルマール様の婚約は、今は伏せられている。オードン王国のモンテ様がミスラン家への出入りを見られ無いようにする為に、ミスラン邸に滞在してくれているのだ。
ちなみに私とメイリンの婚約は、まだ正式には結ばれていない。
特にメイリンとカイル殿下の場合は、カイル殿下の身分がまだ王族ということもあって、大々的に発表されるのは、メイリンが学園卒業後になっている。
私とメイリンは留学の道は選ばなかった。
カティの場合は、我が国の公爵令嬢のミーティナ様から、何らかの危害が加えられないようにする為と、エルマール様がカイル殿下やケビン様の卒業とともに帰国する事が決まっているからだ。
カティと私の婚約は、3人が帰国するときに発表されることになっている。
着々と婚約に向けての準備が進められる中、オードン王国の文化を学び、オードン語を会得するのが、今私達の一番の優先事項なのだ。
いつものように勉強会が終わり、お茶を飲んでいると珍しくカティが緊張していた。
すると、その時部屋にエルマール様が入ってきた。
どうやら彼は私への謝罪のために来てくださったようだ。
事前にカティとケビン様から、どうしてエルマール様が私への態度がよそよそしかったのか、その理由を聞かされていた。
彼は、私にカティを重ねてみていたのだ。
どうやら、エルマール様は普段は明るい人なのだが、好意を向ける相手には恥ずかしさが先に立ち、話せなくなるのだそうだ。
カティとの出会いは、どうやら図書館だったらしく、その辺はカティが恥ずかしがってあまり知らないのだが、その時にエルマール様はカティを好きになったらしい。
そしてカティの元婚約者とアルチェのことも知り、カティが理不尽な噂をバラまかれていたり、そのせいで皆に蔑まれたりしている事を知った。
そして、偶然にも自分の隣の席に、好きな人と同じ境遇に置かれている人がいるのを知った。
違うクラスのカティとはなかなか話すことができない。元より会っても上手くは話せなかったらしいが。
そしてその辺りくらいからミーティナ様やユシュリー様が、エルマール様に煩わしいくらいアプローチをし始めてきていた。
会えない、話せない、好きな人カティと私を重ねて接してしまっていたのだとか。
それに気付いたカイル殿下が、エルマール様の意中の人が私だと勘違いしてしまった。
というのが真相らしい。
私とカティは、顔の作りは全く似ていないのに、エルマール様には、同じに見えていたというのだから、恋とは不思議な力を齎すのだなと思った。
じゃあ私が勘違いして自惚れてもおかしくないわよね!
と、一連の私の恥ずかしい思いを、心の中で自己肯定した。
「クルーズ伯爵令嬢、無視したり避けたりするつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまった。カイル殿下に勘違いされている事を知ったあとは、罰が悪くて⋯不審な態度を取ってしまい申し訳なかった」
エルマール様はそう言って頭を下げられた。
私は
「お気になさらず」
としか言えなかった。
あちらもこちらも勘違いばかりだわ。
私もね。




