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個室とはいえ、恥ずかし気もなく涙を流し続けていた私は、頬に触れるハンカチの優しさに半ば酔い始めたとき、カチャリという音で我に返った。
その音は、壁際の方で私達を見守っていた侍女長が立てた音だった。
「あっあの、ケビン様ありがとうございます」
まだ頬を押さえていたハンカチが、外れるように少し下を向いてから、私がそう伝えると、ケビン様は少し悲しそうに、でもそれは直ぐに笑顔に変わり、ご自分の席へとお戻りになったので、私はホッとして胸を撫で下ろした。
これ以上の醜態は、流石に⋯⋯。
「今日、図書館で偶然会っただろう。丁度手紙の件で殿下と話した後だったから、思わず声を掛けてしまった。レニファ嬢に不快な思いをさせるつもりではなかったんだ」
ご自分の席に戻って、ケビン様は、冷めて湯気が消えた温いであろう珈琲を、一口飲んでから、そう話しを変えてきて、その時私は、図書館で会ったミーティナ・ルベラ公爵令嬢の事を思い出した。
「そういえば、あの後馬車の所で会ったケビン様はお一人でしたけど、ルベラ公爵令嬢は、良かったのですか?」
「えっ?いや一緒のつもりはなかったんだけど、まぁ囮ではあったから、そう見えるよね」
「囮?」
囮だなんて何だか不穏な言葉が聞こえて、私が聞き返すと、苦笑しながらケビン様は説明してくれたのだけど、私はルベラ公爵令嬢のバイタリティに脱帽してしまう。
「実はね、レニファ嬢も知ってると思うけど、オードン王国はこの国に大使館を置いてないんだ。だから今は王家の離宮に滞在させてもらっている。だが、大きな声では言えないが、あそこではあまり秘密裏な話が出来ないんだよ」
ケビン様の言葉は、我が国が間諜を離宮に置いていると言っているような物だった。でもそれも織り込み済みで離宮に滞在して居たのだろうと思えた。
「我々だけで大事なことを話す時は、あの図書館の個室を借りているんだ。あそこなら屋根裏が無いからね、わかっていても誰も忍び込めない。我が国の者が確かめたから間違いないし、それはこの国の第二王子が教えてくれたから、コソコソとしているわけでもないんだ」
まさか我が国の第二王子殿下が、秘密の話は図書館の個室でと、言っていたとは思わずに、私は苦笑してしまった。
その事で、婚約を反故にされたと言っても、関係性はそんなに悪くなってはいないのだと、ホッとしてしまう。
険悪でなければそれでいいと思えた。
「クルーズ伯爵の手紙の件で、私は昨夜から動いたけれど、カイル殿下にはきちんと話さなければならないと思った。だからこの図書館に来たんだけどね。どうやらルベラ公爵令嬢には、こちらの動向がバレていたようで、彼女が待ち伏せていたんだ」
「えっ、待ち伏せですか?」
公爵令嬢ともあろうお方が、何をされてるんだろう。思わず怪訝な顔を浮かべた私に、ケビン様も思い出したのか同じような顔をしていた。
「話し合いが終わって、先ずはエルが扉を開けたんだけど、彼女の姿が見えたらしくて、直ぐに扉を閉めて震えていたよ」
エルマール様のその姿を思い出したのか、またもや苦笑しているケビン様。
先程から、そんな顔ばかりを見せられて、ルベラ公爵令嬢が、普段からもそんな行動をしてどんなにか彼等に迷惑をかけていたのかと思うと、彼女と私は全く関係はないのに、何だか責められているようで、つい謝罪するべき?と考えてしまった。
「それで、先ずは私が部屋を出て、偶然気付いたように彼女に話しかけて、扉から少しだけ引き離す囮役を買って出たんだ。彼女の目的はエルだからね。殿下とエルがその部屋を出て出口の方へ向かったのが分かったから、離れようと思ったんだけど、何故か彼女は私のあとをずっと付いてきていて。そんな時だった、レニファ嬢を見かけたんだ。仕掛けたのは私だから、ルベラ公爵令嬢が何を思ってついてきたのかは分からないけれど、私の責任ではあるのにね。そんな状態で声を掛けてしまったものだから。考えなしだった、ごめんね」
ずっと畏まった話し方をしていたのに、ケビン様の“ごめんね”を聞いた時、私は何だか可笑しくなった。
「フフッ」
「えっ?笑うところ?」
「笑うところというか、ルベラ公爵令嬢はカンテラ伯爵令息は良かったのかなと想像したら、つい」
「あぁ、彼女には悪い事をしたな。ずっと待っていただろうに。でもエルもそろそろ限界でね」
どうやら、ルベラ公爵令嬢の恋のバイタリティは、押して押してのようで、エルマール様は、お疲れ気味の様です。




