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夕刻、外からケビン様のお迎えの馬車の、ゆっくりとした音が聞こえてきた。
一人でするのに慣れないリザが、一生懸命結ってくれた髪は、いつもよりも緩く思えたけれど、私は何も言わなかった。
ドレスは袖を通すのが久しぶりで、私も着付けてもらうのに慣れずにいて、リザに迷惑をかけていた。
二人で慣れないながらも、何とか形になった私は、エントランスへと階段を降りていく。
丁度その時、ケビン様が中に入ってきた。
私の気配を感じてくれたのか、手袋を直していたケビン様が上を向いて、私と目が合う。
そしてまた、あの心臓に悪い笑顔を披露する。
「やぁ、レニファ嬢。ゆっくり降りておいで」
ケビン様は着替えてきたのだろう。少し畏まった正装をしていた。
昼間は無造作に垂らしていた前髪はきっちりと上げられて、形の良い額が見えている。
整った彼の眉をしっかり見たのは、今が初めてだった。
切れ長の目は、通常は冷たく見えるのに、今は笑顔だから少し垂れている。
鼻筋も通っていて、彼の唇は少し薄い。
前髪を上げただけで、こんなにもはっきりとケビン様の美丈夫ぶりが分かるとは思わなかった。
ドキドキと胸を打つ音が少し早まってくる。
私が階段を降りきった時には、既にケビン様は目の前にいて、私の手を取りその手に触れないキスをしてくれた。
こんなの初めてだった。
紳士がパートナーに親愛を込めてする行為。
アーノルドは1度たりとも私にはしてくれなかった。
比べる価値のない人だけど、私が知る男性はアーノルドしかいないのだ。
頬が赤く染まった私の手を握ったままで、ケビン様は自分の腕に添えた。
「じゃあ行こうか」
「はい」
一連のスマートな所作に翻弄されながら、夢見心地で歩き出す私は、見送るお父様とお母様の姿さえ、視界に入れるのが遅かった。
馬車に乗るときにようやく目に入り、それが恥ずかしくて「行ってきます」の声が、か細くしか出なかった。
「あまり、遅くならないように」
「お任せください」
お父様とケビン様の声を馬車の中で聞きながら、先に乗っていた侍女長が私のドレスの裾を気にして手で押さえてくれた。
「ありがとう、侍女長。今日はよろしくね」
「お任せください、お嬢様」
私達を乗せた馬車は、再びゆっくりと動き出した。
◇◇◇
予約されていたレストランは、私の知らないお店だった。
馬車は店の目の前で停まり、ケビン様に手を差し出されてソロリソロリとステップを踏む。滅多に着ないドレスの裾が、変に気になってつい下ばかりを見てしまう。
ケビン様にエスコートされて店に入ると、中はブラウンの壁紙には透かしで幾何学模様が入り、置かれている物もブラウンとベージュで落ち着いた色合いだった。
入り口からは中はよく見えなかったが、案内されている途中で、扉のない広めの場所が目に入り、そこではいくつかのテーブルが、程よく離れて置かれそれぞれで食事を楽しむお客様がいた。ただ驚かされたのは、お客様が皆大体お父様やお母様と同じ年代くらいの方ばかりで、若い私やケビン様には、少し背伸びしているように思えて、この中での食事は喉を通るかしらと不安になってしまった。
でも、私の不安は杞憂に終わる。
どうやらケビン様は、個室を予約していてくれたみたい。
通された部屋は、中央に少し大きめのテーブルが置かれていたけれど、椅子は2脚。
壁際にもう一つ、中央に置かれていたものよりも小さなテーブルと椅子があった。
どうやら、侍女長とケビン様の護衛として来られた方は、そちらの同じ空間で食事が出来るようにしてあった。
私達が未婚だということを配慮した並びになっていた。
食事は、驚くほど美味しかった。
個室だったことも功を奏して、変に肩に力が入らない。
それに、我が家の昼食の時と同じく、ケビン様は饒舌で、沢山の楽しい話を聞かせてくれた。
偶に、護衛の彼や侍女長にも声を掛けて、いつも畏まった侍女長の明るい笑顔を、私は久しぶりに見せてもらえた。
楽しく夕食を堪能して、給餌がお茶を用意してくれた後、ケビン様は給餌へ呼ぶまで入ってこないようにと言った。
私はドキリと胸を打つ。
お父様と話した内容を教えてくださるのだと理解する。
そうして話してくれたのは、お父様から苦言を呈されたのだとケビン様は言った。
「苦言ですか?」
「あぁそうなんだ、昨日も話したけれど、カイル殿下は、この国に婚約者を探しに来たと言ったよね」
「えぇ」
「だがこの国の貴族家は殿下の意向をわかってくださらなかったと言ったのは?」
「覚えています。殿下を後押ししようとされる方が多かったと」
「うん、それは傲慢だと言われたんだ」
「えっ!お父様が?」
私は心底驚いてしまった。
常々、腹黒いのでは?と疑っていたけれど、昨日までのお父様の様子で、実は違ったのかもと思い始めていたのに、隣国の王族の方に苦言など呈して、しかも言うに事欠いて“傲慢”だなんて⋯⋯お父様大丈夫かしら?
私の不安な思いが顔に出ていたみたいで、ケビン様は「心配は無用」だと仰った。
何とお父様の苦言を、カイル殿下は真摯に受け止めてくれたそうだ。
思わずホッとして、お茶を口に含んだけれど、今の私にはお茶の味が物足らない物に感じた。




