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ユリアの怪我は、我が家の主治医から、完治まで10日程掛かると診断された。
倒れた時に、反射的に出した両手の掌、そこには運の悪いことに、先の尖った石があった。これはあの場所が、馬車停りだった事が関係する。
馬車の車輪が動かないように、石を挟むのだが、車輪を挟めるように先を尖らせているのだ。そうすると小さい石でも動かないように出来るのだという事を、私は今回の事で初めて知った。
その石は、使うとその辺にポイッと捨て置かれ、他の馬車の御者がそれを見つけてまた使うらしい。
そのポイッと放られた石が、不幸にも、倒れたユリアの掌の下にあり、彼女の掌をザックリと傷付けた。
私は主治医の説明を聞くだけで、自分の掌にジワリと痛みを覚えた。
どんなに痛かったことだろう。
「ユリア、あなたの部屋にメイドの出入りは無理でしょう。客室に移動させたいけど、あなたが気を使いそうだから、主治医の先生のところへ行きなさい」
「いえ奥様、それは」
「ちゃんと療養して、早く戻ってもらわないとレニファも困るわ。侍女長には言っておくから」
ユリアは、メタル男爵の庶子だと聞いている。
本来ならこういう時は、生家に戻るのだろうが、ユリアは帰りたくないだろうと、お母様は療養先を主治医にお願いしたみたい。
ユリアは何度もお母様と私に頭を下げて、主治医のアルツドクターの家へと向かった。
帰宅してから、私はずっとユリアのことに掛かりきりで、ケビン様を応接室に通したままだった。急いでそちらに向かおうとすると、お母様が私を止めた。
「レニファ、今は行かなくていいわ」
「えっ?でも⋯」
「ケビン様はお父様とお話しされてるわ」
二人でお話?
そんな事、帰りの馬車の中でもケビン様からは、全く聞いていなかった。
「お父様と、ですか?その⋯二人で?」
「大事な話よ。終わったら呼んでくださるそうだから、あなたは部屋でゆっくりしてなさい」
「⋯⋯はい。あの、お母様」
「なぁに?」
「伯父様に初めて会いました」
「あぁ⋯」
私が報告すると、お母様は突然私を抱きしめた。困惑していると、頭の上から声が降ってくる。
「嫌な思いをしたわね、《《あの人》》とは全くソリが合わなかったの。私のせいでごめんなさいね」
「そんな、お母様のせいではないです」
お母様は、抱きしめてくれた手で、私の背中をポンポンと軽く叩いて体を離した。
お母様は優しく微笑んでいたけれど、その笑みは悲しそうに私には見えた。
◇◇◇
sideケビン
クルーズ伯爵家の応接室に通された私は、突然の訪問を謝罪することから始めた。
昨日の夕刻、伯爵から王宮に滞在する私の元に手紙が届く。受け取った時、思わず身構えた。
手紙を持ってきてくれたのは、我々の王宮滞在中の世話係のセリス伯爵だった。
「ローザン侯爵令息、申し訳ないが返事を預かってもいいだろうか?クルーズ伯爵が待っているんだ」
「わかりました」
婚約を申し込んだその日に手紙が届いて、私は焦っていた。断るにしても早すぎるだろうと思ったからだ。
だがセリス伯爵が、返事と言ったので、少なくとも断りの手紙ではないと思えて急いで開いた。
便箋に2枚
我々に苦言を呈する内容だった。
その事に対して、どう対応するつもりか明日の夜会いたいとあった。
「是非、とお伝え頂けますか?」
「あぁ分かった。じゃあここに来てほしい、予約はこちらで手配しておく。急かして申し訳なかった」
セリス伯爵は、店の名と簡単な地図を記した紙を私に渡して、部屋を出ていった。
その後、私は部屋でソファに座りクルーズ伯爵の指摘を考えていた。
殿下が婚約者探しで、この国を選んだのは、どこでも良かったからではない。この国の王族に貸しがあったからだ。
ある程度、発言力が発揮できるところでないと、殿下の望みは伝えられない。
その点、この国なら程々にこちらの要求を通すことが出来る。
そう考えてこの国に留学してきた。
この国の王族への貸し。
それは殿下の妹である第一王女アーシェルナ様の事だった。
この国の王太子と我がオードン王国の第一王女殿下は、幼い頃に仮婚約を結んでいた。
仮にしたのは、その頃この国では王太子が定まっていなかったからだ。
第一王子か第二王子のどちらが王太子になるか分からない状態でも、婚約を結ばなければならなかったのは、偏にこの国の都合だった。
我が国と同盟を結んで長く経過していたこともあり、この辺で同盟を確固としたものにする必要がこの国にはあったらしい。
それを数年前に突然反故にされた。
本来なら同盟解除もあり得たが、そこにカイル殿下がつけ込んだのだ。
責を問わない代わりに、カイル殿下の婚約者探しに必要以上に介入しない事と、自由に動く権利を条件に出した。そうして我々は、この国にやってきたのだ。
クルーズ伯爵の手紙には、その点が指摘されていた。王家の失態を、貴族家に押し付けるような行動は慎むべきとあった。その他にも数点の指摘があった。
結果的にカイル殿下の要求が、この国の貴族達には理不尽と捉えられていたようで、上手く行くはずがなかったのだ。
「伯爵、今夜のお約束でしたのに突然訪問することになって、申しわけありません」
「いや、こちらも娘を助けて頂いたようで、ありがとうございます。それで、もう話されたのですか?」
「はい、殿下には話しました」
「では、私は不敬罪で縛につくことに?」
「まさか!ご指摘はごもっともだと、殿下は仰っておいででした」
「そうですか⋯で、ケビン君は、どう考えた?」
伯爵の言葉に、私はゴクリと唾を飲んだ。
「今調整中ではありますが、ローザン侯爵家との事業提携を考えています」
私の提示に、クルーズ伯爵は少し考える素振りをしたが直ぐに笑顔になった。
「結構!あとはレニファの気持ち次第です」
「前向きに考えていると言ってくれていました」
「そうですか⋯⋯わかりました。私も前向きに娘を見守りましょう」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
クルーズ伯爵との会談は緊張で汗が吹き出していた。
背中が少し湿っぽい。
その時、目の前にお茶を出されて口を付ける。
昨日とは違うお茶だったが、甘みが少しありこちらも私の好みだった。




