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御者が買ってきた薬を塗り、包帯で丁寧に傷口を保護する。
ケビン様と御者がその処置をしている間も、私は何も出来なかった。
自分が非常時にこんなにも役立たずだった事が、衝撃でもあるし、同じ貴族の子女なのに何でも出来るケビン様を尊敬してしまう。
国が違うと貴族の有り様も違うの?
いいえ、そうではない。
私があまりにも何も知らなすぎたのだ。
反省する私は、ユリアにも申し訳無さでいっぱいだった。今日外出などしなければ、ユリアはこんな目に合わなかったのに。
「さぁこれで一先ず安心できる。クルーズ家に帰ったら医師に見せてあげれば、破傷風にはならないだろう。それが一番厄介だからね」
「ケビン様、ありがとうございました」
「「ありがとうございます」」
私とユリア、御者と3人でケビン様にお礼を述べると、照れているのか指で頬を掻きながら、またもやあの危険な笑顔をケビン様は振りまいた。
これを目の当たりにした御者が、薄っすら頬を染める。
男性にも効くなんて、何て危険な笑顔だろう。
お礼を述べて馬車に乗ろうとする私に、ケビン様は手を差し述べてくれた。
少し躊躇したけれど、有難くその手を借りて馬車に乗ると、何故かケビン様まで一緒に乗り込む。
「あの、ケビン様?」
「送っていくよ」
いえ、この馬車はクルーズ家のですけど?
「君の侍女の怪我の事もあるし⋯あっ!そうだそうだ、さっきのことも私からクルーズ伯爵に報告すべきだと思うんだ」
何か取ってつけたような理由に聞こえたけれど、それでもアルチェや伯父が、騎士に連れて行かれた事は、私にはよく分からないので、ケビン様の言うとおり、お父様への説明をしてもらう事にした。
そして、私は色々と考えすぎて、すっかりその存在を忘れていた。それは今ケビン様の座る席の端に寄せられている。
少し馬車が進んだところで、ケビン様はそれを1冊手に取った。
「レニファ嬢は、オードン語を話せるの?」
「!」
忘れていた!
気付いた時には遅かった。
「⋯⋯いえ、会得しておりません」
取り繕ってもしょうがないので、正直に答えると、ケビン様は「フム」と言いながら、頁を開いていた。
「これはね、我が国で数年前に流行った娯楽小説だね」
「小説だったんですか」
「うん、そうだね。どうして借りたの?これってあの時、持っていた本だよね」
「⋯⋯」
今更ながら、これを手に取った理由が、面と向かって話すにはとても恥ずかしくて、どうしてあの時、あんな事を思いついてしまったのか、あの時の自分を呪いたくなってきた。
「それは、その」
「うん」
「⋯⋯」
ケビン様は私の顔を見て、しっかりと聞く体制になっている。
ユリアも私が窮地に陥ってると分かって、助け舟を出そうとしてくれているのだけれど、きっと何もいいアイデアが思いつかないのだろう。口を開いたり閉じたりと、それを繰り返すばかりだった。
ごめんなさいユリア、怪我が痛むだろうに、余計な事を考えさせてしまって。
私はもう正直に言うしかないと思い、顔が真っ赤になるのを自覚しながらも話した。
「実は、私も含め我が家はオードン王国の事をよく知りません。書物も我が家にはなくて、それで図書館に行ってみたんです。ですが⋯私が思っていたよりも書物が多くて、何から読んでいいのかもわからずで。迷った末に、オードン語に触れてみようと思ったのです」
「オードン語に触れる?」
「はい、読めませんが文字に触れてみようと思って⋯「えっ?」」
恥ずかしいので、ケビン様の顔を直視出来ずに、少し目線を下げながら話していたら、ケビン様が私の手を包むように両手で握りしめてきた。
驚いてケビン様の顔を見ると、彼の頬が少し赤く染まっている。
「文字に触れるって何だか色っぽいね。それにとても嬉しいな。レニファ嬢、婚約の事、前向きに考えてくれているって思っていいよね?」
色っぽい?
えっ!
何処か色っぽかったかしら?
よく分からないけれど、婚約を前向きに考えている事は伝わったみたいで、少し恥ずかしいけれど、バレちゃったらしょうがないと私は思って頷いた。
それからケビン様は、オードン語の娯楽小説を片手で擦りながら、もう片方の手は私の手を握ったまま、我が家に着くまで離してくれなかった。
私の隣でユリアは、その様子を見ているのが居たたまれなくて、眠ったフリをしていてくれたのだと、数日後に聞かされた。




