32
全く心の準備が出来ていなかった。
突然私の視界に現れたケビン様は、近頃私の前に見え隠れして、辟易していたご令嬢を伴っていた。
言葉が出ない。
そして、どうして二人は連れ立っているのかしら?
私が気にすることじゃない?
そうよね。
きっとそうよ。
勝手に脳内で完結して「ごきげんよう」と言って踵を返して立ち去ろうとしたのに、ミーティナ様が見逃してくれなかった。
「まぁクルーズ伯爵令嬢様、ごきげんよう」
どうして返事をするのよ!
挨拶をされたら挨拶を返す。
それは基本中の基本だけど、私とミーティナ様は今、そんな挨拶ができるほど普通の関係ではない。
カイル殿下のうざ絡みが煽りになって、彼女が私とエルマール様の仲を変に曲解して考えているのだ。
ライバル認定している蠱毒令嬢が、目の前にいる事に、何かを思ったのか、普段はユーシュリー様を介しての口撃を、まさかこの図書館という、静寂必須な中で実行しようと思っているのかしら?
私はミーティナ様の挨拶に、体を硬直させた。
「そんな髪型をして、どなたの気を引きたいのかしら?」
「えっ?⋯どういう意味ですか?」
言わなければいいのに、つい応戦してしまった。私の馬鹿。
「いいじゃないか、とても似合うと思う」
不穏な空気を醸し出した令嬢二人の間に、ケビン様のおっとりとした声が入り込む。
昨日の明るいケビン様の声とは違って、私は少し戸惑ってしまった。
バツが悪かったのか、ミーティナ様は「そうですわね」とケビン様に相槌を打つのに留めていた。
私もそれ以上は言うつもりもなかったから、とにかく二人から離れよう。
そう思って再び立ち去ろうとしたのに、またもやミーティナ様は目敏かった。
「それ、オードン王国の書物ですわね。どうしてクルーズ嬢が?」
しまった!と思った時はもう遅い。
ケビン様に対しても恥ずかしかったけど、ミーティナ様が絶対に勘違いをする事が分かってしまう。
「少し調べものをしているだけです。もうよろしいでしょうか?ここでは私語厳禁ですわ。失礼いたします」
頭を軽く下げて、ユリアを連れてその場をとにかく急いで立ち去った。
だけど、もう本を読む気にはなれなくて、かといって先程の場所に本を返しに向かう勇気もなかった。
仕方なく司書の所に行って、5冊の本を借りることにした。貸し出し禁止じゃなくて良かったけれど、5冊の本は荷物になる。
本を持ったまま、街歩きもできなくて、私とユリアは一旦馬車に戻ることにした。
「お嬢様、どうされますか?」
馬車に本を置いた時、ユリアが尋ねてきた。
今日、図書館へ向かう馬車の中で、ユリアと今日の予定を話していた。
本をどれくらい読むのか全く予想がつかなかった為、午前中図書館で読書に勤しみ、お昼頃休憩を兼ねて、休日に出る噴水広場の屋台で、お昼を購入して、公園で食事をしよう。午後からは、読書の続きをするか、折角外出したのだからショッピングをしようか?それは休憩のときに話しましょう、なんて言っていた。
予定は未定とはよく言ったものだわ。
まさか1日の予定を、30分で覆されるなんて思いもよらなかった。
屋台⋯⋯まだ時間も早い為、きっと準備中だわ。
それに、全然お腹なんて空いていない。
どうしたものか⋯。
このまま家に帰って、借りた本を読む。
そんな気にはなれなかった。
これからのことを考えていた時、耳障りな声が聞こえた。
私の名前を呼んでいるのは聞こえているけれど、返事はしたくない。
それは私がよく知る人物で、二度と会いたくないと思っていた人。
どうしてこんなところにいるのだろう?
「あっ!」
「ユリア!」
「お嬢様!」
私を庇ったユリアが、押されて地面に倒れてしまった。
タバコでも吸っていたのか、離れていた御者がこちらに急ぎ足でやって来るのが見えた。
「何をするの!アルチェ!」
「うるさいわね!あんたのせいでしょ」
アルチェは修道院に入れられたと聞いたのに、どうしてここにいるのだろう。
倒れたユリアを抱き起こしながら、今日は厄日だったのかもしれないと思った私は、外出したことを後悔した。




