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─ボキッ
父の執務室で、話しをしていた私の耳にその音が聞こえた時、てっきり母が扇子を折ったのだと思った。
けれど横に座る母の手には、変わらない扇子がある。ただ握る手が白と赤のコントラストになっていたから、力を入れたのは間違いないと思われた。
ん?ではどこから?
そして、執務室で仕事の書類を手にしながら話しを聞いていた、父の手にあった万年筆がボッキリと見るも無残な姿になっているのが見える。
普段温厚な父の(少し腹黒いと私は思ってる)怒りを見た私は、対面に座っていた弟と目を見合わせた。
「あんのガキ」
おまけは、紳士であるはずの伯爵から溢れた悪い言葉。
どうやら我が婚約者と従姉妹であるアルチェの、私への愚行は母よりも多く父の方の怒りを買ったよう。
「お父様?」
弟のショーンが目を丸くして父に呼び掛ける。
「ショーン!許せるか?」
「いえ」
「マティリア!許せるか?」
「まさか!」
「では、決定だ」
何が決定かは分からないし、父は私には聞いてくれない。まさか蚊帳の外に置かれたのかと慌てて父を呼んだ。
「お父様!私にも意見を!」
そう言うと、父はいつもの優しい笑顔で「任せろ」と言ったけれど、目が笑っていない。
やはり父は伯爵家の当主だった。
貴族の表から裏までを渡り合う百戦錬磨の父が、ただの温厚な人柄であるはずがなかったのだ。
夕食の時、父に話があるとお願いした私は、急ぎの決済をしながらでもいいか?と、申し訳無さそうに言う父に頷いて話す時間をもらった。その後、父の執務室には家族が集まり、私は学園に入ってから2年間の、アーノルドから蔑ろにされていた事、それにはアルチェが関わっている事など、詳らかに話して婚約破棄したい事を父に懇願した。
その結果が、万年筆使用不可に繋がったのだが、任せろと父に言われても、私だって言いたい事は山ほどある。
それを訴えると母から諭された。
「レニファ、あんな輩は真面に相手をしてはなりません。あれは理解不能な生き物なのです。悉く人の話は聞きません。びっくりするほど自分に都合のいいように曲解するのだから、話すだけ無駄なのですよ。だから当事者は黙るべし、外側からじわりじわりと殺るのです。これ鉄則ですわ」
経験者の母から言われると、身につまされるように説得力があり、私は何度も頷いた。
今までの私も、何度もアーノルドに苦言を呈したり話す時間を取ってもらおうとしたが、全く聞く耳を持ってもらえなかった。結局アーノルドは誤解だの何だのと言い訳を並べる。
アルチェにもお願いしたり話しをしたりもした。
自分の婚約者でもないのに、必要以上にベタベタと触るのはいけないとか、伝言は正確に伝えないといけないとか、意味も無く泣かないでほしいとか、数えたらきりがない。
その度に、怖いだの虐められただの、挙句の果てには、最近体調が悪いのは私から呪いをかけられたかもしれないなどと、あらぬ疑いまでかけられた結果が“蠱毒な令嬢”という二つ名なのだ。
私は母の言葉に納得して、自分は動かずに両親にお願いする事にした。




