08
それからは何故かクァルガが来る頻度が増えた
里帰りの頻度は変わらないが、行きも帰りもメテルの家に来るようになったのだ
他の女とはいつ会っているのだろうか、とは思うがわざわざ聞くほどではないのでメテルは聞いていない
正直こうも度々会っていると情も沸いてくる
何なら最近は家に来て終わりではなく、カフェに出かけたりただ一緒に散歩をしてみたりとデートらしいこともしていた
相変わらず気遣いは上手だし、買い物の時は重たい物を持ってくれる
ハッキリと言ってしまえばメテルは彼との関係がただの遊び相手であることが悲しくなるぐらいには絆されていた
だから他の女はどうしたのかなんてもう聞くことは出来なかったのだ
「母が亡くなったと連絡が来た」
「そう、それはご愁傷様」
エウラの為の魔法が完成まであと一歩という頃、いつもどおり突然家にきたクァルガはそう言った
ならばもう彼がここに来ることも無くなるのだろう、と寂しさを感じてしまう自分の浅はかな考えにメテルは辟易する
「明日、一緒にクロフィルに来てくれないか」
「はぁ……?何で……?」
「葬儀の後、あの家で一人で過ごしたくない」
「…………仕方ないね」
そんな悲しそうな顔をされてメテルが断れるわけがない
どうせいつもの黒いワンピースを着ていけば問題も無いはずだ
いつもどおり夕飯を用意して、いつもどおり一人分のベッドに二人で寝る
今日みたいに何もしない日でも、彼は同じベッドで眠る
狭くて敵わないのでベッドをもっと広い物に買い換えようかと考えたこともあったが、彼との関係がいつまで続くか分からないし、その後に広いベッドで寝ることはメテルの孤独感を助長させるだけなので一人用のままだった
次の日、クァルガと家の外に出たメテルは古代ミチリガ魔法を唱えた
彼女の指先から光の粒が流れ落ち、大きな鳥の形になっていく
「アンタ、高い所平気?」
「そうだね、大丈夫だと思うけど」
「それは良かった、駄目なら気絶させるところだったよ」
光は人が乗れるほど大きな鳥に姿を変えた
メテルはその上に乗り、クァルガに手を差し伸べる
彼はその手を取り、鳥の上に飛び乗った
「飛びな、クロフィルまでだよ」
彼女がそう言った途端、鳥は空高く飛び上がった
広いレガンドの街が遠く小さくなっていく
鳥は迷わずにクロフィルの方向へ進んでいった
ビュウビュウと風を切る音だけが聞こえる
「静かだ」
「何か言った!?聞こえないから後にして!!」
何処に行っても注目の的になるクァルガにすれば、いつぶりか分からないぐらいの静けさだった
思わず感動を口にした彼に、メテルは大声で聞き返す
風の音がかなりうるさく、メテルには彼が何を言っているのか聞こえなかったからだ
後にしろと言えば彼は黙り込み、言い方がキツかったかもしれないなと彼女は反省する
歩けば一日かかる距離も、この鳥ならばあっという間に着く
クロフィルの村のすぐ手前でメテルは鳥を地上に下ろした
田舎の村に見ず知らずの女がこんな突拍子もない方法で降り立てばきっと悪い噂が立つからだ
「……さっき、言い方強くて悪かったね」
「いや、全然大したことは言ってないよ、静かで心地良いって言ったんだ」
「そう、なら良かったけど……ほら、早く案内して、アンタの家の場所なんか分かんないんだから」
メテルが鳥に抱き着くと鳥は再び光に形を変え、魔力となり吸収される
クァルガに早く歩くよう促すと彼はメテルの手を握った
何故か最近この男はよく手を繋ぎたがる
アタシがこの人を好きなようにこの人もアタシのことを好きなのだろうか、とメテルは淡い期待を抱いてから頭を振ってかき消した
今日は彼の母親の葬儀に出る、それから明日メテルの家に帰って、この関係は終わるのだ
クロフィルの村はのどかで良い村だった
小高い丘の上に建つ窓の広い可愛らしい家、外壁にはツタが絡まっている
そこがクァルガの家だと案内された
一番広い部屋は居間だろう、そこに棺が一基置かれている
顔の部分だけが開けられており、クァルガにあまり似ていない痩せ細った女性が眠っていた
彼女の周りには花が敷き詰められている
「……この棺、高かっただろう?」
「さぁ、レガンドの棺屋に適当にお願いしたから」
「この棺には魔法陣が書かれてる、それに魔石も使われてる、ご遺体を腐らせないようにする為だ……何でわざわざ」
「城に速達で村からの手紙が来て、仕方ないからこっちも速達で依頼を送って用意しただけだ」
「そもそも葬儀をするっていうのもおかしいんだ、嫌いな人間なら勝手に村で燃やしてもらえば良い、わざわざ城からここまで時間をかけて来なくても」
「何が言いたいんだメテル、良い加減にしてくれ」
クァルガの声が珍しく苛立っている
そもそもメテルは昨日の段階でおかしいとは思っていたのだ
故人の葬儀をするかしないかは、この国では個人の判断による
家が遠方の人間は地元の村や街の役場に頼み葬儀無しで焼却をしてもらうこともあるのだ
葬儀をするならば急いで家に帰らなければならないし、遠方の場合はこういった遺体を腐らないようにする為の棺を用意しておかなければならない
そんな棺は高度な技術と魔石が必要で、かなり高価である
「アンタ、母親のことをどう思ってるんだい」
「嫌いだって言っただろ、病気で苦しんでいるのが良い気味だと」
「じゃあ何でここまで」
「君に何の関係がある!!」
ついに声を荒げたクァルガに、メテルは茫然とする
関係など無い、全く無い
そもそもここに来たことすらメテルには何故なのか分かっていないのだ
ついてきてくれと言われたから来た、ただそれだけだ
彼との関係すら何も無い、恋人でも家族でもない、そこの棺に眠る女性とは一切関係が無い
何か言い返したい気持ちもあるが、言い返す言葉は見つからなかった
彼は言葉を失っているメテルの顔を見てハッとした表情を浮かべる
「メテ」
「クァルガ君!!やっぱりもう帰ってきていたんだね!!」
彼女に何かを言おうとしたクァルガの言葉は突然部屋に入ってきた壮年の男性の声でかき消された
村長、とクァルガが呟いたことでメテルも彼が村長であることが分かる
彼は気の毒そうな顔でクァルガの肩に手を置き、ご愁傷様だと言った
それから隣に立っているメテルのことを怪訝な顔で見る
「こちらは?」
「……友人、友人のメテル・アヴィヤスさんです、彼女は素晴らしい魔女で、レガンドからここまで送っていただいたんですよ」
「やぁメテル、私はこの村の村長のラウン・フィスクだ……もしかしてさっき村の外れに見えた大きな鳥は君の魔法かい?」
「はじめましてラウンさん……よくお気づきですね、あまり目立たないようにと村の外に下りはしたのですけど」
「あんまり大きな鳥だから自分が寝ぼけているのかと思ったぐらいだよ、レガンドには凄腕の魔女がいるという噂を聞いた事があるけど君のことかな」
ラウンは興味深そうにメテルに聞く
最初の怪訝な顔はどこへ行ったのか、彼の顔は歓迎モードだ
やはり村長をしているだけあって器が大きいな、と思いながらメテルはチラリとクァルガの方を見る
この器の小さい男と違って、と更に心の中で付け足した
クァルガはもう完璧にいつものにこやかな仮面をつけている
「ラウンさん、できるならばもう母の葬儀を行おうと思うんですけど」
「あぁ、それなら村の人たちに伝えるよ、皆君のお母さんを見送りたいと言っていたからね」
「えぇ、お願いします」
ラウンはそれからクァルガとともに棺を担ぎ家の外に出た
メテルもその後に続く
棺は村の広場の石畳の上に横たえられた
この村での葬儀は必ずここでするらしい
棺を運んでいる姿をみた村人たちが次々と集まってくる
クァルガはその全ての人に挨拶をしていた
メテルは少し離れた所からその様子を見ている
まだ気づいていない村人を村長が呼びに行き、あっという間に全ての人が広場に集まった
小さい村なので、全ての人が顔見知りのようだ
村長の言葉、それからクァルガの挨拶が続き、終わると棺の中に村人たちがそれぞれ持ち寄った花を入れ始めた
最後の挨拶をしながら花を入れていく人々は泣いている
メテルがクァルガから聞いた話だけだと息子を殴るとんでもない母親だったが、村人には愛されていたようだ
皆が花を入れ終わると、棺は閉じられた
クァルガに頼まれ焼却はメテルの魔法で行うことになり、彼女は村人たちに一礼をしてから棺の前に立った
遺体を燃やすにはかなりの技術が必要で、村に存在しない場合はそれだけの炎魔法を使える人間を手配しなければならない
これもあってついてきてほしいと言われたのかもしれないな、と思いながらメテルは古代ミチリガ魔法を唱えた
古代メリメラ魔法でも最高火力の炎魔法ならば遺体の焼却を行えるが、メテルは古代ミチリガ魔法のほうが好きだった
「vdr:brd:rok:wrd:str:slp:vrd」
悲しみは燃え、煙は星となり、安らかに眠る
祈るような呪文は棺を燃やした
美しいオレンジ色の炎に包まれる棺、天に昇る煙はキラキラと光っている
村の誰もがこれまで見たどの葬儀よりも美しい葬儀だと思った
やがて棺も肉体も燃え尽き、骨だけが残され炎は消える
皆でその骨を一本ずつ拾い陶器で出来た壺に入れ、最後はクァルガが蓋をした
その壺を持ち彼は村の共同墓地へ向かい、村人もその後に続く
村長が大きな扉を開け、中に並ぶ壺の一番手前にクァルガは壺を置いた
墓地の扉を閉めた後に村長が祈りの言葉を捧げる
そしてクァルガが最後の挨拶を行うと葬儀は終了となり、村人たちは彼に一言二言伝えて帰宅していった
最後まで残ったラウンにクァルガが礼を言うとラウンは再度彼を励ます言葉を述べそのまま帰宅していき、墓地の前にはクァルガとメテルが残される
クァルガは黙ったまま家へ向かって歩き出したので、仕方なくメテルもその後に続いた
「何か食べるかい」
家に辿り着きソファに座り込んだクァルガにメテルは聞いたが、彼は首を横に振るだけで返事をした
棚を見れば彼の母親の為に用意されていたであろう食材が少しばかり余っている
このまま置いていっても腐るだけだろう、とメテルはそれを手に取り風魔法で刻んだ
野菜も塩漬け干し肉もみじん切りにして油をひいた鍋に入れ炒める
野菜がくったりしたところで水を入れ煮込み、塩で味の調節をした
これはメテルがナタラ北部のレワルドの屋敷に世話になった時覚えた北部風塩スープだ
野菜と肉の旨味を活かし、身体に優しい味をしている
クァルガは食べたくないと言ったがメテルは腹が減っていたし、もし彼が食べたくなった時に食べ易いものをと思った故にこのスープを選んだ
二つの器に注ぎ、ダイニングテーブルに置く
「アタシは食べるけど、アンタは?」
「…………食べるよ」
「そう、じゃあ座りな」
村人へ見せていた笑顔はどこへ行ったのやら、彼は完全に無表情になっている
関係も無いのに出しゃばった真似をしているメテルに腹を立てているのだろう
それでも食事をとってくれるならまあ良いか、と彼女は目の前に座る彼をチラリと見た
美味しい、と小さく呟いた彼の姿が子どものように見えた
違う、彼はこの家に着いてからずっと子どものようだった
いつもの胡散臭い仮面をつけず、気に入らなければ声を荒げて、不貞腐れて、それでいて出された料理は素直に食べて
スープを全て平らげた彼は再び居間のソファに戻った
メテルは食器を流し台に持っていき、古代ミチリガ魔法を唱えて一瞬で洗い物を済ませる
これも古代メリメラ魔法で作れたらかなり売れるかもしれないな、などと思いながらダイニングテーブルに戻ると居間からクァルガがジッと彼女を見ていた
「こっちに座らないの」
「座ってほしいなら座るけど」
「俺の隣のほうが良いでしょ?」
「ナルシスト男、口が減らないね」
メテルは溜め息をついてから彼の隣に腰掛ける
しかし隣に座ったからといって彼は何も言わない
仕方なくメテルは口を開いた
「アンタの母親、村の人たちには随分愛されてたみたいだね」
「…………そうだね」
「アンタの外面の良さは母親に似たのかい?」
「さぁ、あの人と俺が似てるところなんて無いと思うけど」
「まぁ、顔は全く似てなかったけど」
「俺はあの人の姉に似てるらしいからね、それが憎かったらしいよ」
それからぽつりぽつりとクァルガはこれまでの話を零し始めた
彼の母親には一つ年上の姉がいたこと、その姉はかなり優秀な人間だったらしいこと
ずっと周りに比較をされて生きてきたこと、姉が憎くて仕方がなかったこと
好きだった人が姉と婚約したこと、その矢先に姉が突然の病気で死んだこと
落ち込む姉の婚約者を励まし、彼と婚約をして結婚をしたこと
「やっと姉から解放されて、好きな人と結ばれて、母親は幸せだった」
けれど、子どもが生まれてその幸せは崩れ落ちた
正真正銘彼女の子どもであるクァルガはどういうわけか姉にそっくりの見た目をしていた
夫はかつて好きだった女性によく似た息子にどんどんのめり込み、妻に対しての興味がどんどん薄れていく
それでも夫のことを愛していた彼女は必死に耐えた
けれど彼が仕事中の事故で亡くなってから家庭が崩壊するまでは一瞬だった
優しい父親はいなくなり、母親は憎くて仕方がないという顔で見下ろしてくる
少しでも失敗すればなじられ、ともすれば殴られ
けれども村の人の前では良い親を演じ切る母親の本性には誰も気がつかない
「人間って浅はかだ、見たいものしか見ない」
「残念ながらね」
「何で村の他人のことは大事にできるのに、息子のことは無理だったのか……俺とあの人の姉は全く関係が無いのに」
「……………アンタ、母親に愛されたかったんだ」
悲しそうに、いじけたように母親の話をするクァルガの姿は拗ねている子どもそのものだった
親から愛されて育ったメテルにその感覚は分からないが、恐らくそうだろうと口にすると彼は酷く驚いた顔をする
メテルは親の愛を疑ったことは無い、子どもの頃はあって当然の物だと思って生きていた
そんなの、誰もがきっとそうなのだろう
だって子どもにとって頼れる大人は自分の親だけだ
「メテルはよく人のことを見ているね」
「どこに魔法創造のヒントがあるか分からないからね、何事もしっかり見ないと」
彼女がそう言うとクァルガはやっと笑った
彼は隣に座る彼女の手に触れ、指を絡める
「ずっと、いつか愛してくれるんじゃないかって思ってた、大人になっても諦められなくて、優しくなれば、立場があれば、なんて考えて使えるものは使ってここまでやってきた」
こんな田舎の村の人間が王子の近衛になるのは大出世だ
彼自身の才能もあれど、相当の努力をしたのだろうとメテルも分かっている
「病気になったあの人に寄り添えば流石に愛してくれると、思って」
でも駄目だった、と震える声で彼は零す
彼の頬に涙が伝った
顔の良い男は泣き顔すら様になるよな、なんて場違いなことを思いながらメテルは彼をジッと見ていた
「とっとと諦めたら楽になるのに、アンタ意外と不器用なんだね」
「君よりはずっと要領が良いけど」
「愛されたかったんだ?」
「愛されたかった」
「で、寂しかったから女を食い荒らした、と……マザコンを拗らせるとクズになるんだね」
「君、容赦ないな」
今更この男に容赦をする必要など無いとメテルは考えている
今だって事実を述べたまでだ
どんな背景があろうと彼が多くの女性と遊んで捨てたことは変わらない
けれど彼が遊び相手にも優しいことはメテルも知っている
きっと他の女性たちも彼のそんなところに惹かれているのだろう
もちろん容姿や立場もあるだろうが
「あのさ、他の人にも目を向けてみたら?それこそアンタの遊び相手の女の子たちとかはアンタのこと愛してくれるでしょ……女の子だけじゃなくてレガンドの自警団長とかもアンタのこと相当気に入ってたみたいだし」
「けどそれは俺の外面だけで」
「アンタが外面しか見せないからだろう、少しは周りの人を信じて素直になってみれば?」
「メテルは?」
「はぁ?」
メテルは思い切り顔を顰めた
この男が好きじゃなければわざわざこんな所までついてこない
どうせメテルが彼のことを好きだと分かっているくせに何を確認しているのか
「俺を愛してくれる?」
「アンタが一人立ちできるまでね、マザコン坊や」
呆れたように彼女は言う
どうせ彼が飽きれば終わりの関係だ
とっくの昔に飽きられると思っていたが、何故かまだ続いているだけで
王子の近衛ともなればきっと良い縁談もあるだろう
メテルより一歳年下の彼ももうとっくに結婚適齢期で、何なら遅いぐらいだ
彼は嬉しそうに笑うとメテルの頬に触れ彼女に口付けた




