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魔女の幸福  作者: Hoeplow
3/15

03

舞踏会はつつがなく行われている

サヤテはメテルをずっと側に置き、食事や飲み物の毒の確認をさせていた

いつもの黒のワンピースでは場に相応しくないとサヤテから渡された白のシンプルなドレス

可愛らしいそのドレスを見た時はメテルも少し浮ついた気持ちになったが、鏡に映ったドレスを纏う自分の姿に落ち込んだ

薄くあまりにも貧相な身体、そのくせ骨は太く華奢さが無い

サヤテの侍女が髪を整え化粧もしてくれたが、劇的に何かが変わるなんてこともなく

ドレス姿を見たサヤテに”君はいつでも変わらないね”と言われた時には流石のメテルも彼の太く短い首に手が伸びそうになった




「やぁ、サヤテ」


「これはこれはアディク王子、この度はお越しくださりありがとうございます、いかがですか我が屋敷は」




舞踏会も中盤に差し掛かった頃、ハタナ国の第一王子であるアディクが到着した

サヤテは慌てて彼の元へ行き、挨拶をする

見栄で生きている男だ、王子との仲を他の人間に見せつけたいのだろう

あくどい商売で稼いでこそいるが彼の収める多額の税金は王家にとっても重要であり、その存在を無下には扱えない

メテルはサヤテの隣で頭を下げたまま二人の会話を聞いていた

他愛もない、つまらない会話だ




「客室を準備しておりますので、もしお疲れの際はそちらでお休みください」


「助かるよ、それじゃ行こうかエウラ」




アディクは隣に立つ自身の妻に愛しそうに声をかける

隣国ナタラの中でも歴史ある北方の貴族の娘だったエウラ

メテルは頭を下げる前に一瞬だけ彼女を見たが、その珍しい薄い水色の髪は美しく結われており、陶器のような真っ白い彼女の肌によく映えていた

二人は政略結婚ではあるものの、夫婦仲は良い

歴史しか無いくせにハタナ王家に取り入るはしたない外国の女だ、とサヤテが陰で言っているのもメテルは聞いたことがある

そんなことを言ってるからアンタは金があるのに嫁が見つからないんだ、と内心悪態をついたものだ

アディクの足音が遠退くのを聞いてメテルは顔を上げる

するとどういうわけかクァルガがすぐ目の前に立っており、思わず目を見開いた




「ドレス、似合ってますね」


「アディク様のお側にいらっしゃられなくて良いのですか、どんどん離れていきますよ」


「どうもエウラ様と踊りたいようで、近くに寄る為に俺の相手をしてくれる女性を探してるんです」


「アナタが声をかけたら誰でも喜んでお相手するかと思いますけど」


「じゃあメテルさんがお相手してくれます?」




そう言ってクァルガがメテルの手を取った瞬間、彼女の顔は真っ赤に染まった

しかし彼はそんな彼女の変化を気にも留めていないようで、ニッコリ笑ったままである




「あ、アタシはサヤテ様の護衛のお仕事がありますので……」


「何を言ってるんだメテル、少しぐらいなら大丈夫だから行ってきなさい、くれぐれもアディク王子に私から護衛するように言われたと伝えるんだぞ」




相変わらず見栄で生きやがって、とメテルは一瞬険しい顔をした

サヤテはアディクに恩を売るつもりだ、抜け目がない

いっそ自分が離れてる間に痛い目に遭えば良いのに、とメテルは考えたがそうなると報酬が支払われなくなる可能性があるのでそれは困る

クァルガは彼女の手を取ったままサヤテに一礼した




「お気遣い痛み入ります、サヤテさん……さぁ、行きましょうか」




クァルガに優しく手を引かれメテルは足を動かさざるを得ない

普段は着ないドレスを着て、こんな王子様のような男に手を引かれ、一夜の夢にしては悪くないかもしれないなと彼女は口元に淡い笑みを浮かべた

彼に連れられ再びアディクとエウラの前に立ち彼女は頭を下げる




「クァルガ、こちらは?」




エウラが鈴の鳴るような声でクァルガに聞く

彼女の可憐な容姿によく似合う声だ

アディクから頭を上げるように言われ、メテルは顔を上げた

メテルと目が合ったエウラは優しく微笑む




「彼女はメテル・アヴィヤスさんです、サヤテさんの護衛をされてたんですが俺がパートナーになってくださいと頼み込みました」


「メテル・アヴィヤス……って、あの魔女のメテルさん!?まぁ、凄いわアディク!!」


「君が噂の魔女かい、何でもどんな魔法でも創れる魔女だとか」


「ねぇ、それって本当なのかしら!?本当にどんな魔法でも!?」


「エウラ、彼女も困っているからこちらにおいで……ほら、私の腕の中にいなさい」




メテルは一瞬自分が砂糖を吐いたのかと思った

王子夫妻は仲睦まじいとは聞いていたがここまでとは思ってもいなかったのだ

人前でよくもまあこんなにもいちゃつけるものだ、と内心引きながらも無表情に徹する

エウラから魔法についての質問を受けたが、彼女からの直答の許可は出ていないのでメテルには答えることができない




「クァルガさん」


「何ですか、メテルさん」


「エウラ様に”大抵は”とお答えいただけますか」


「あぁ!!」




城の近衛兵でも王族に直答の許可を得ていない人も多々いるが、クァルガは親し気に話していたので王子たちにかなり近い立場で働いているのだろう

一瞬不思議そうな顔をしてから彼は納得がいった顔をする

直答の許可が必要なことをすっかり忘れていたのだろう

自分が恵まれた立場にいることを当然だと思っている人間だな、とメテルは彼のことを呆れた目で見る

しかしながら彼はやはり顔が良いので、呆れた気持ちが少し薄れた




「エウラ様、メテルさんから”大抵は”との答えが出ていますが……直接お話しになられますか?」


「まぁまぁ……!!メテル、もし良ければ私とお話ししてくれる?」


「幸甚の至りでございます」


「嬉しい……!!それで、メテルはどんな魔法でも大抵は創れるって言ったけど……一つの魔法を創るのはどれぐらいの時間がかかるのかしら?」




アディクに肩を抱かれたままエウラは目を輝かせてメテルに聞く

社交辞令ではなく本当に興味があるのだろうな、という表情にメテルは嬉しくなりほんの少しだけ笑みを見せる

魔法のことを聞いてもらえるのは嬉しいことだ




「魔法の内容によりますが……簡単なものはすぐにでも創れます、難しいものは何年もかかりますね」


「そんなに幅があるものなのね……例えばなんだけど、この会場をキラキラ光らせることってできる?雪の日の朝のような景色って私大好きなのだけど……」




純粋無垢とはこのことを言うのだろう

可憐で、清らかで、明るい、それでいてどこか儚さのあるお姫様

雪の日の朝の景色はメテルも好きだ

レガンドは滅多に雪が降らないが、魔法を創る為に見聞を広げる目的で旅をした先の隣国ナタラ最北端の村レワルドで見た雪の日の朝の景色をメテルは今でも覚えている

レワルドは州都のはずだが村に一切の宿が無く、野宿になりかけた

村の外れにある大きな屋敷の主が泊めてくれなければ凍え死んでいたかもしれない

生まれたての赤子が居たが、かなり目付きが悪かった

今頃もう喋るようになったのだろう、時の流れの速さを感じる

メテルはその時のことを思い出しながら、頭の中でその景色を想像する

これならばすぐにでも魔法を創れそうだ




「shn:als:snw:ocht」




メテルがそう唱えると、会場がキラキラと輝きだした

勝手なことをしてサヤテが不機嫌になっていなければ良いが、と思いながらチラリと見ると彼は上機嫌そうにその景色を眺めていて胸を撫でおろす

エウラは輝いていた目を更に輝かせ、アディクの腕から抜け出しメテルの手を掴んだ




「凄いわメテル!!故郷を思い出せて嬉しい!!私にもその魔法を教えてほしいわ!!……でも駄目よね、ごめんなさい、こんな頼み方……貴女の才能に何の対価も払わず、搾取するような真似は良くなかったわ……」


「対価……?」




メテルは思いもよらなかった言葉につい聞き返す

自分の才能に対しての対価、というと今回のサヤテがメテルに払う報酬のようなもので魔法一つに対しての対価については考えたことが無かった




「貴女が創る魔法にはちゃんと対価を払うべきだわ」


「アタシ自身ではなく、魔法を売るということですか……?」


「えぇ……何か変かしら……?」


「いえ、考えてみたこともなくて……」




そもそもメテルが魔法の創造をする際に用いているのは古代ミチリガ語であり、普通の人々が用いている古代メリメラ語ではない

古代ミチリガ魔法は魔女しか扱えない為、売るということを考えたことがなかったのだ

友人には度々披露し、二人でこの単語のほうがより良いのではないかなどと議論を交わしてはいた

古代ミチリガ魔法は古代メリメラ魔法と違って単語の組み合わせを無限に行うことができる為、新しい魔法の創造にうってつけなのだ

しかしだからといって古代メリメラ魔法で新しい魔法を創れないわけではない

もし、古代メリメラ魔法で人々の生活を助けるような魔法が創れたのならばきっと人々は魔法を買ってくれるはずだ

簡単な古代メリメラ魔法ならばほとんど誰でも使えるのだから

こんな嫌な思いをしながら自分を売らなくても済むのかもしれない

目から鱗が落ちた




「エウラ様、心よりお礼申し上げます」


「私は当たり前のことを言っただけなのだけれど……」


「エウラ様のおかげで生きる道を見つけたのです……もし許可をいただけるのならば、今しがたアタシが唱えた魔法を古代メリメラ魔法で再現できた暁には献上させていただきたいのですが」


「まぁ!!嬉しい!!いくらでも払うわ、ねぇアディク?」


「そうだね、エウラの喜ぶ顔が見れるなら」


「いえ、これはアタシに新しい生き方を教えてくださったエウラ様への贈り物とさせてください……完成すればですけれど」




メテルは自分の才能に自信がある

しかし古代メリメラ魔法で魔法を創ったことは無いのだ

その弱い気持ちが語尾に表れた

どうしても彼女に対価を払いたいエウラは困った顔をしてアディクを見ている

そんな二人にメテルはニヤリと笑った




「……ですから、もし他の役に立つ魔法が創れた際にはお得意様になっていただけますか?」


「もちろんよ!!」




満面の笑みでエウラはメテルの手をより強く握った

約束よ、と言った彼女がその時メテルの人生にとっての希望の光となったのだ

メテルには生涯三人のかけがえのない友人がいたが、彼女がその一人になるとはこの時のメテルに知る由もなかった




「エウラ、そろそろ私と踊ってくれないか?メテルに嫉妬してしまいそうだ」


「ごめんなさいアディク、私とても嬉しくて」



苦笑いを浮かべるアディクの腕にエウラは抱き着く

二人はクァルガとメテルに手を振ってから輪の中に入っていった

人々はそんな彼らから距離を取る

メテルの魔法で輝く広間の真ん中に二人は立った

まるでお伽噺のようだ、とそんな二人に見惚れるメテルの手をクァルガが取る




「俺たちも行きましょう」


「……そうですね」




正直メテルは気乗りしていない

周りの目が怖いからだ

何故こんなに良い男の隣にいるのが醜女なのかと周りから思われるに決まっている

そのことは彼女を酷く惨めな気持ちにさせた

アディクとエウラを見つめながら踊るクァルガの横顔が美しいな、と思いながらもメテルは浮かない顔をしている

いっそ自分の顔を美しくする魔法でも創れば良いのだろうか、そうすれば魔法だけでなく他のことにも自信を持てるのだろうか

けれど顔を変えてしまえばそれはもう自分では無い気がしたし、それで男が寄ってきてもあまり嬉しくない

我ながら面倒臭い性格をしているな、と彼女は呆れて溜め息をついた




「疲れましたか?」


「いえ、大丈夫です」


「付き合わせてすみません、きっと殿下たちは一曲で満足するでしょうから」




クァルガの言葉にメテルが王子夫妻を見ると、嬉しそうに微笑んでいるエウラの頬が上気していた

きっとあまり身体が強くないのだろう

雪の日の朝の景色が好きだと言う彼女こそ、雪のようだ

柔らかく輝き、すぐに消えてしまいそうな、儚い人

彼女の役に立つ魔法を創りたくてメテルはうずうずしていた

早く家に帰りたくて仕方がない

ちょうどその時、曲が終わり王子夫妻が輪から出た

メテルもクァルガに連れられ外へ出る




「ご協力ありがとうございました」


「何事も無くて何よりです……それでは、ご機嫌よう」


「あの、良ければこの後夕食に行きませんか?殿下たちはこの屋敷に泊まるので、俺たち近衛兵も今夜はこの街に宿泊することになっていて」




突然の申し出に立ち去ろうとしたメテルの足が止まる

きっと、からかっているのだろう

そうでなくては、メテルを誘うわけがない

騙されるな、と彼女は心を引き締めた




「王子夫妻の警備はどうなるのです」


「それは別の人間がします、俺は今夜非番なんです……駄目、ですかね……ご協力いただいたお礼がしたかったんですけど……」


「う……」




クァルガは眉を曇らせ、元から垂れている目がもっと垂れた

流石のメテルもずっと彼に対して冷たい態度を取っているのが申し訳なくなってくる

これまで男たちに嫌なことを言われてきたからといって、彼が悪い人間だとは限らない

それどころか今日の彼はずっとメテルに対して紳士的だった

しかしながら友人からも顔の良い男には気をつけろと言われているのだ

顔が良くて性格の良い男は存在しないので信じてはいけないと言われている

存在していてもメテルたちの歳の頃にはちゃっかりとした女が捕まえているので、その歳で特定の相手がいない顔の良い男はクズしかいないと友人は豪語していた




「……考えておきます、それよりアディク様とエウラ様の側へ行くべきでは?」


「本当ですか!!それではまた後で返事を聞かせてくださいね、失礼します」




ウインクしてからクァルガは小走りでアディクとエウラの元へ向かっていく

その後ろ姿を見つめてメテルは溜め息を一つ零した

熱くなった頬を手で押さえる

こんな時に彼女がいれば相談に乗ってもらえるのにな、とメテルは友人を思い出し切なくなった

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