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魔女の幸福  作者: Hoeplow
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「お腹は大丈夫?」


「……そんな心配するぐらいなら……最初からしないで……」


「メテルが帰ってきたのが嬉しくて、相変わらず可愛くて、つい」




虚ろな目でベッドに横たわるメテルの頭を撫でながら、クァルガは心配そうに聞く

まず帰ってきたのが嬉しい、という意味が分からない

ここは彼の家であってメテルの家ではない、メテルの家具は何故か置かれているが

相変わらず可愛くて、これも意味が分からない

メテルが知る限りこの男は彼女に対して可愛いなどと言うことは無かったのだ

可愛いと言われたのは初めて会った時のお世辞だけだった




「……あぁ悔しいなぁ、何であの男と」




地を這うような低い声

クァルガは先ほどまでの優しそうな表情を消し、狂気にとり憑かれた顔でメテルの腹に手を置いた




「君が俺を受け入れてくれた日からずっと、子どもができるのを待ってたのに」


「……どういうことだい、だって、毎回ちゃんと」


「針でさ、穴を開けても意外とバレないもんだよね……でもやっぱりその程度じゃ駄目だった、もっと本気で君との子どもを望むべきだった……けど、そんなことをすれば君は逃げるかもしれないから……だって君はずっと俺から離れようとしてただろ、俺を受け入れる素振りをして、それなのに深入りはしなくて、いつでも離れられるような……あぁそうだ、君は俺に執着をしてくれない、いつも関係を終わらせたがってた……それなのにあの成金男の子どもはあっさり身籠るなんて」


「アンタ、アタシを何だと思ってるんだい」




メテルの声にはハッキリと怒りが籠められていた

彼の身勝手な行動は彼女の身体をまるで気遣っていない

あまりにも自分本位すぎる

彼女は自分の腹の上に乗せられている手を払おうとしたが、彼の手はビクともしなかった




「最初は好奇心だった、俺の腐った内面を知ったって受け入れてくれる君がどんな母親になるんだろうと思って」




ただの好奇心でメテルの人生を大きく変えようとするこの男に人の心は無いのかもしれない、と彼女は絶句した

彼は睨まれていることも気にしていないようで、更に言葉を続けていく




「あの人の葬式の日、君は俺を愛してくれるって言ったよね?あの時俺たちは家族になるべきなんだって分かった、だから俺は君の為にこうやって準備をしたんだ……本当は一緒に準備したかったのに、君は研究所の仕事で忙しいみたいだったから代わりにこうして一人でしたんだよ?……それなのにいつの間にか君はあの男の家に住み着いていて」


「どうやってアタシの家に入った、アンタに鍵は渡してなかったはずだろ」


「そんなの、君の家の大家に言えばすぐ貸してくれたさ……引っ越しをするのに君が鍵を失くしてしまって、でも忙しいから俺が代わりに来たって言えばすぐくれたよ……だって俺の外面って良いだろ?皆すぐ信じてくれるんだ」


「犯罪だ」


「まさか、俺たちは家族なのに」


「なってない、勝手が過ぎるよアンタ」


「君の両親にも会いに行ったよ、だって君の親なら俺の親にもなる人だから、先にどんな人たちか知っておきたくて……良い人たちだった、見ず知らずの俺のことも家に泊めてくれて、だから君はこんな優しい人になったんだね……そうそう、君の仕事がかなり忙しいって言ったら心配してたよ、今度一緒に顔を見せに行こう、孫が見れたらきっと喜ぶよ」




正気じゃない

メテルの地元であるケヒの村はハタナ王国の南の端にある村だ

彼の職場であるハタナ城から徒歩なら1ヵ月近くかかるし、乗合馬車を乗り継いで行ったとしても半月はかかる




「……アンタ、仕事はどうしたんだい」


「辞めたけど?だってメテルの側に居られないのに続ける意味は無いだろ?」


「そんな、何でそこまで」




メテルの知る限り彼は自分の立場に誇りを持っていたはずだ

必死に努力して手に入れた立場を何故簡単に手放せてしまうのか

彼女は自分が彼をここまで変えられるとは思わなかった

あくまでも自分は彼にとって都合の良い遊び相手で

心の拠りどころだった母親が死んでしまったから、狂ってしまったのではないか

たまたま側に居たメテルに対して代わりに執着をするようになったのだろう




「メテル・シャドヴァル・アヴィヤス」




その名前を聞いた瞬間、メテルの喉からヒュッと音が鳴った

それは彼女の真名だ

彼女が四歳になった時に両親がつけてくれた彼女にとって命と並ぶほど大事な真名

彼女を彼女たらしめる大事な名前だった

この国では魂は転生を繰り返すと考えられている

メテルの魂も、前の生があった

けれどその魂に真名をつけることで、個としての存在が確実になるのだ

子どもは三歳までは神のものであり、四歳を迎えた時にその真名を親から受け取る

本人と名付けた親以外は真名を知ることは無い

稀にまだ小さい子の親が亡くなる際に信頼のおける人物に子どもを真名とともに託し後見を頼むことはあるが、それも滅多に無いことだ

それ以外の人物にその名前を明かす時、それは結婚を受け入れる時しかない

真名の交換を提案することはプロポーズを意味し、真名を渡すということは結婚を受け入れるということで

茫然とするメテルの両の瞳から涙が零れ落ちた

次から次に溢れてくる涙は枕を濡らす




「君の両親に会いたかったとは言ったけど、それ以上にこれを探しに行っていたんだよ……だって君は照れ屋さんだから、教えてくれないだろ?君の真名が書かれた紙が入ってた宝箱はとても素敵だったよ、やっぱりメテルはセンスが良いね」




メテルが涙を流していることに気がついた彼は彼女の涙を指で拭う




「あぁ泣かないで、そうだよね、俺だけが君の真名を知ってるのは寂しいよね」




優しく笑って彼は横になっていたメテルを抱き上げ膝に乗せた

それを聞けば本当に逃げられなくなる

メテルは彼の口を手で塞ごうとした

しかし手首を掴まれ阻まれる

こうなればヤケだ、と彼女は彼の口を自身の口で塞いだ

呼吸の限界まで塞いで、少し離して息を吸って、また塞いで

クァルガは驚いた顔で固まっていた

畳みかけるなら今しかないと彼女は息を吸った




「良い加減にしなさい……ッ!!!!」




突然の彼女の怒号に彼は瞬きを繰り返している

メテルから彼に対してキスをしたことは無かったし、こんな風に怒鳴ったことも無かった

だから彼は驚いたのだ




「アンタはっ、結婚するんでしょう!?エウラ様の妹と!!」




都合の良い女で良いと受け入れたのはメテルだ

けれど、ここまで弄ばれるのは辛かった

最初は顔が良いだけの男だと思っていた、けれど男性から優しくされたのは彼女にとって初めてだったのだ

ずっと一人きりで生きていくと覚悟していた、それでも孤独は襲ってくる

そこから救い出してくれた、彼と過ごすのは楽しかった、誰かと向かい合って食事をするのは久し振りだった

それでも他の女がいると知っていたから、深入りをする気は無かった

だけど傷ついている姿を見て放っておけるわけが無い

彼の張った虚勢の裏にある弱さを知ってしまえば、救いたいと思ってしまった

彼はきっとこの先もめざましい活躍をして、彼にお似合いの女性と添い遂げて

だからそれまで、彼が立ち直れるまでは側に居ても良いかと思っていただけだ

お伽噺で悪役になりがちの魔女だが、中には主人公の背中を押す良い魔女もいる

良い魔女になりたかっただけなのだ

そう、言い聞かせて自分の気持ちに気づかないフリをしていただけだとも彼女は分かっていた

好きになったって無駄な相手に恋焦がれる暇があるのならば、魔法の研究をしたほうが良い

エウラがメテルの魔法を待ってくれているのだから

だからハタルムの食堂で彼がエウラの妹と婚約すると聞いた時、チクリと痛んだ胸の叫びは無視したのだ

会えば悲しくなるだけだと分かっていたから彼を避けた

彼の子どもができたことだって、本当は伝えたかった

伝えればもしかすると、本当にひょっとすると責任を取ると言ってくれるかもしれないから

けれど彼がエウラの妹との縁談を蹴ってメテルと結婚してくれるなんて思えなかったのだ

そんな自信を持てるわけがなかった

一体どこの王子様がお姫様との縁談を断ってこんな醜い魔女と結婚してくれるのか

これ以上惨めになりたくなかった




「良い加減にして、もうこれ以上アタシを傷つけないで、アタシが何したって言うんだい?何でそんなに酷いことができるわけ?何で、無理矢理、こんな所に連れてきて、意味分かんないんだよ」


「傷つけるなんて」


「頼むから、アタシをこれ以上弄ばないでくれないかい?アンタが知ってるとおりアタシはアンタのことが好きだし、他の人と結婚するって聞いて悲しかった、でもエウラ様の妹ならアンタとお似合いだと思った、だからアンタの子どもができたって何も言わずに今日まできた、それがアンタの未来の邪魔になると思ったからだ、それを、どうしてこんな、人の気持ちを無下にできるんだ……あぁそうだアンタはクズだからだ、忘れてたアタシも大概だね、アンタが女の、他人の気持ちを弄ぶクズだってことはよく知ってたはずなのに」




情けない、と吐き捨て彼女は俯く

そんな彼女をクァルガは信じられないという顔で見つめていた




「メテル、君は」


「うるさいね、もう良いだろ、レガンドに帰してくれ、サヤテ様の屋敷に帰る」




サヤテの名前を出すと、メテルの腕を掴む彼の手に力が籠められた

痛みに彼女は顔を歪める

もう少しキツく言わないと分からないのか、と彼女が顔を上げ彼を睨みつけると彼の目から涙が一粒零れ落ちた

相変わらず綺麗な泣き顔しやがって、とそれすら彼女の癪に障る




「君は、俺を、好きなのか」


「何を今更……まぁ、今はかなり好感度下がってるけど」


「俺の、子ども?」


「アンタが卑劣なことしたおかげで妊娠してるなんて思わず解毒魔法を使って死にかけた」




彼は完全に固まってしまい、メテルは途方に暮れた

とっととレガンドに帰りたいが彼の掴む力が強すぎて解けない




「アタシはもう、アンタにとって都合の良い女じゃない……だからもう良いだろ、放してくれ」


「本当に、俺の、子どもが?あの男じゃなくて……?」


「あのねぇ……!!その勘違いもさっきから本ッ当に腹が立つわけ!!アタシは面食いなの、分かる?自分の面に見合わない面食い、かなり厄介な好みだよ!!それであんな金しか取り柄の無い男と寝ると思う!?そんなの吐くに決まってるだろう!?それとも何だい、アタシみたいな醜女にはあれぐらいの男がお似合いだって!?知ってるけどいちいち言われたくないんだよ!!」


「そんなこと言ってない」


「アンタさっきから怖いよ、誘拐するし、言ってることは支離滅裂だし、人の家に勝手に入ってるし、勝手に実家に行くし、何より勝手に人の真名を暴いてくるし……犯罪の大安売りでもしてるわけ?」




メテルの問いかけに彼は首を振った

否定しても彼がやったことは犯罪だらけだ

彼女が自警団に被害を訴えれば確実に彼は捕まる

彼は静かに泣きながらメテルを抱き締めた




「俺のこと、好きなの」


「何でいちいち確認するわけ?」


「俺のこと好きじゃないと思ってた」


「犯罪者は嫌いだよ」




嫌い、とは言ったものの彼と過ごした日々のせいで彼のことを諦めきれない

こんなにも未練がましい性格をしていたのか、と彼女は自身に呆れる

そもそもメテルが彼のことを好きだろうと好きじゃなかろうと今は関係の無い話だ

何故彼がそのことに拘るのか、彼女には分からない




「大体、好きじゃないなら愛してあげるなんて言わないだろう?」


「メテルは優しいから、同情しただけだろ」


「あぁもう何か面倒臭くなってきた、はいはい同情です、そうですアタシはアンタのことが好きじゃないです、お腹の子どもの父親もアンタじゃないです、だからとっとと身辺整理してエウラ様の妹と……」




はた、とメテルはそこで気がついた

彼は近衛の仕事を辞めたと言っていたのだ

王子妃の妹と結婚するというのは、その立場があってこそだろう

彼は一体何を考えているのか




「あぁ……もしかして、エウラ様のご実家の婿養子になる?だから仕事辞めたわけ?ということは、ナタラに行く?……この家アタシにくれるってこと?だから家具もうちから移動させて……いや、何で?」


「ならない、エウラ様の妹君との縁談は断った、これ以上仕事をする気も無かった、君が欲しいならこの家の所有者の名前を君にしたら良いけど」


「何で……!!!?」


「何でって」


「アンタ、自分の立場にプライド持ってただろう!?出世に対しても抜け目無かったし、それをどうして」


「メテルと暮らしていくのに邪魔だったから」


「はぁ……?」




さっきも彼はそう言っていたな、と彼女は思い出す

メテルの側に居られないなら続ける意味が無い、と言っていたのだ




「な、何で」




彼女は声が震えるのを抑えられなかった

肩に泣いている彼の熱い息がかかる

さっきから彼の言葉はまるでメテルと結婚したいと言っているようで

けれど自身は彼にとって遊び相手でそこまでする程の相手ではないはず

聞くのは怖い、けれど聞かなければ前に進めない




「アンタ、アタシのこと」


「好きだよ、愛してる、他の人間に触れさせたくない、だって同情からだったとしても君の愛は俺のものだろう?」




潤んだ目のまま、彼はニッコリと笑って言った

その瞬間、乾いた音が部屋に響く

クァルガは一瞬何が起こったのか分からなかった

しかし自身の痛む頬に、メテルに殴られたのだと察する

彼女は酷く怒った顔で、けれど大粒の涙を流しながら彼を睨みつけていた




「どうしてそれを最初から言わないんだ馬鹿ッ!!!!!!」




突然のことにきょとんとする彼の胸を彼女は拳を握り締めて何度も叩く




「何でっ、それをもっとっ……どうしてっ……!!!!それなら何で他の女とっ!!!!」


「君が俺のことを受け入れてくれたあの日からは君としか会ってない」


「そんなこと分かるわけないだろうこの馬鹿ッ!!!!マザコンクズ男ッ!!!!」


「俺は君のことが好きだったけど、君は俺の顔しか興味無いから……さっきも言ったけど君は深入りもさせてくれないし、離れたがっていただろ?俺が色んな人と遊んでたのは事実だし、君が俺の性格を良くないと思ってるのも知ってるから……だから、子どもができれば、君は俺だけのものになると思って……それなのに君は俺が退職の手続きでバタついている間に他の男の家に行って、いつの間にか身籠っていて……けれどサヤテが結婚したって話は聞かなかったからまだ間に合うと思った、だから君の実家に行って君の名前を貰おうと」


「物事には手順ってのがあるだろうッ!?言い訳ばっかりこの弱虫ッ!!アンタがっ、一度でもアタシにちゃんと好きだと言ってくれれば……っ!!!!」




メテルがクァルガの胸を叩く手が止まった

言い訳ばかりの弱虫、それは自分でもあるのだと彼女は気づいたのだ

“だって貴女って自分に向けられた好意に鈍感なんだもの、自分の見た目が気に入らないからって全ての価値が無いと思ってるでしょう?”

イフティラに言われた言葉が彼女の頭をよぎる

そうだ、自分は彼に相応しくないのだと決めつけて、本気になるべきではないと言い聞かせて

彼に一度でも好きだと伝えていれば彼がここまでの暴挙に出る必要も無かったのに

恵まれた容姿、目覚ましい活躍、要領の良い人付き合い、メテルに無いものを持っている、全く異なる人間だと思っていた

けれどその実どうだ、彼もメテルも自分には価値が無いと思い込み言い訳ばかりで逃げて、それなのに愛を欲しがる弱虫で

彼女は今まで叩いていた彼の胸に頭を預けた




「許さない」




それでも彼がメテルにしたことは許せない

気づかれないように避妊具に穴を開けるのは彼女の信頼を裏切る行為で

更には知らない間に勝手に家を荒らされて、勝手に実家に泊まられて、真名もとられて

無理矢理睡眠薬を飲まされたのも怖かった

彼女は彼の服を握り締める




「アタシは怖かった、アンタに意味の分からない執着をされて、勝手に引っ越しの準備もされて、誘拐されて、真名をとられて」


「…………ごめん」




酷く沈んだ声で、クァルガは謝った

メテルは彼の服を掴む手に力を籠める




「責任をとりな」


「君が望むことなら、どんなことでもする」


「アタシの前に二度と現れるなって言っても?」


「それが君の望みなら俺は死ねば良い、そうすれば君は安心して生きていけるだろ」


「………………馬鹿」




彼がそこまでの執着を見せる理由がメテルにはまだハッキリとは分かっていない

正直この執着は、かなり異常だ

彼女は大きく長い息を吐いた




「アタシはアンタと違って器が大きいわけ、母親の葬儀に善意でついてきてくれた人に関係無いなんて叫ばないし」


「あの時は本当にごめん」


「だから、アンタの真名を代わりにくれたら少しぐらい許してあげる」




その言葉に、クァルガの目から再び涙が零れた

メテルは顔を上げ、意地の悪そうな笑みを見せてそんな彼の頬に触れる




「でも本当に少しだけ、これから先のアンタの頑張り次第では考えてあげる」


「はは……本当に、君は……器が大きいね」


「王子夫妻お墨付きの国一番の魔女だからね、些細なことに悩んでる暇があったら魔法の研究がしたいのさ……だからこの指輪もとっとと外してくれたら良いんだけど」




魔法制御の為の指輪はつけた人間にしか外せない

メテルは左手をボロボロと泣いているクァルガに差し出した

嗚咽を漏らしながら彼は薬指に嵌まる指輪に触れ、それを外しながら言う




「俺の名前は、クァルガ・フィケルゼル・ソルデストだ」

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