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魔女の幸福  作者: Hoeplow
魔女の幸福
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メテルがサヤテの屋敷で暮らすようになって二ヵ月程が経った

彼女の腹はかなり大きくなり、誰が見ても妊婦であることがよく分かる

イフティラは週末は家に帰り、平日はまたサヤテの屋敷で生活をしながらメテルの研究所にも顔を出してくれていた

やはりイフティラほどの魔女が居るだけで研究の捗り方は違う

研究員たちはメテルのように魔法の研究にのめり込む人ばかりで、彼女が未婚のまま妊娠していることは全く気にしていないようだった

メテルはあれからクァルガとは全く顔を合わせていない

達者で、と言って停留所で別れたのが最後だ

やはりあれが最後になったな、と思いながら彼女は自身の腹を撫でた

最初は妊娠に戸惑ったが、今は受け入れている

父親がいない子どもにしてしまって申し訳ないが、会える日が楽しみだ

この子を育てるならきっと孤独を感じる暇など無くなるだろう、もう寂しさでどうしようも無い夜も無くなるはずだ

研究所の仕事も少しずつ軌道に乗り始めた、本当に少しずつだが

メテルやその部下たちの生み出した技術は優れており、売れれば予算を獲得できる

しかし突飛な魔法技術は便利だと説明しても中々民衆に受け入れられず、技術の生産者であるメテルやその部下たちは魔法について感覚で話す癖もあり何もかも上手くいっているわけではない

それでも皆が食べるのに困らない程には稼げていた

エウラが目をかけてくれているのも大きい

サヤテの屋敷で過ごしているうちにメテルは彼に求婚された

お腹の子どもを一緒に育てようと彼は言ってくれたのだ

けれどメテルはそれを断った

彼がメテルに好意を持っているというのはイフティラが言っていたので分かっていたが、その好意にこれ以上ただ乗りするのは嫌だったからだ

この子を身籠ったのは自分自身に原因があり、それをサヤテに背負わせられるメテルではない

そして申し訳ないが、メテルは理想が高いのだ

それもあって最近は安定期に入ったのもあり体調も良くなってきたので家に帰ろうと思うと申し出たが、サヤテとイフティラに全力で止められたので結局彼の屋敷にまだ滞在している

研究所からだと自分の家よりもサヤテの屋敷のほうが近いので、正直助かっていた

研究所はきっちりと勤務時間を決めている

平日の朝の9時から12時まで、お昼休みを挟んで午後1時から夕方の5時まで、週末は休み

そうしなければ研究員たちは皆、寝る間も惜しんで研究に没頭してしまうからだ

メテルは毎日終業時間になれば研究員たちに声をかけて回り、退勤を促す

そして研究部屋の鍵を閉めるのだ

今日は平日の最後の日で明日からは二日間休みなので研究員たちは街の食堂にご飯を食べに行くと張り切っていた

メテルも誘われたが、今の身体では食べる物も気にしてしまうので断った

そして皆を見送り、研究所の門に施錠呪文をかける




「メテル」




後ろから聞こえてきた声に彼女は思わず息を呑んだ

久しく聞いてなかったがやはりこの声に名前を呼ばれるのは好きだな、なんて思ってしまう自分の未練がましさといったらない




「久しぶりだね、どうしたんだい」




細く長く息を吐いてから彼女は振り返った

そこには変わらない笑顔のクァルガが立っている

相変わらず胡散臭い笑い方だ、目が笑っていない




「いつ家に行っても居ないから、迎えに来たんだ」


「今ちょっと別の場所に厄介になってるからね」


「そんなにお金が無いの?それなら俺が面倒見るよ、メテルはあの男のこと嫌ってたよね」




何故か彼はメテルがサヤテの屋敷で世話になっていることも知っているようだ

戸惑うメテルに彼は一気に距離を詰めた

そして彼女の腰に手を回し、逃げ道を塞ぐ

もう片方の手で彼はメテルの膨れた腹を撫でた




「あの男を、嫌ってたよね?」


「思ったより悪い人じゃない」


「だからって簡単に身体を許したんだ?子どもまで作らされるなんて、可哀想に」




お前がそれを言うか、という言葉はメテルの喉に詰まった

この男が何を考えているのか分からない

エウラの妹と婚約したのだから、これ以上メテルと関わる必要は無いはずだ

何故わざわざ会いに来たのか、しかも家にも来ていたと言う

彼は愛しそうにメテルの腹を撫で続けている




「帰ろう、メテル」


「サヤテ様の屋敷にね」


「あぁ、君の子どもがここに居るんだ、きっと可愛いだろうな」


「……アンタには関係無いだろう」


「まさか、俺が父親だよ」




彼が何を言っているのか、メテルには本当に分からなかった

さっきまではサヤテの子どもだと思っているような事を言っていたのに、今度は自身が父親だと言う、支離滅裂だ

眉間に皺を寄せるメテルに彼は優しく笑う




「正直君をこうして孕ませた時点であの男は殺したいよ」


「何でそこまで、そんな」


「でも君の子どもの父親になれるのは俺だけだよね?だから帰ろう、三人で温かい家庭を築こうね」


「や、いや、ちょっと」




メテルの理解が全く追い付かないうちに彼は勝手に話を進めている

いつぞやの停留所で感じた寒気が再び訪れた

クァルガはそんな彼女の左手の薬指に透明に輝く石の入った指輪を嵌める

こうなる前に逃げるべきだった、とメテルは唇を噛み締めた

指輪を嵌められた瞬間から自分の魔力が分からなくなったのだ

世の中には魔法を使えなくする魔道具がある、今嵌められたのは間違いなくその類だ

基本的には犯罪者などに使うもので、自分の意志で外せるものではない

一般には流通していない物だが、彼は城で働いている

きっとそこで入手したのだろう

しかしそれが分かっても何にもならない

魔法を封じられれば、メテルは何もできないただの人間になり下がる

彼は鞄から小さな瓶を取り出し蓋を開け、メテルの口に無理矢理押し付けた

この香りは即効性のある睡眠薬だ、と分かり彼女は必死に口を閉じたが彼の力に敵うわけなくその手であっさりとこじ開けられ瓶の中身を流し込まれる

口と鼻を塞がれ吐き出すこともできず、彼女はそのまま睡眠薬を飲み込んだ

ぐにゃりと視界が歪み、意識が遠のいた

そのままぐったりと力無く倒れた彼女をクァルガは両手で支える




「珍しく我が儘を言ってる君も可愛いけど……一緒に帰ってくれないなら仕方ないよね、君は優しいからきっと許してくれるだろ?」




ニッコリと笑ってクァルガは語りかけるが、既に眠りに落ちている彼女からの返事はもちろん無い

そんな彼女を彼は横抱きで抱え、その寝顔を愛しそうに見つめた




「俺のメテル」




確認するようにそう呟いてから、満足気に頷く

休みの前の少し浮かれた街並みを、彼は鼻歌を歌いながら歩き始めた

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