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それからの日々は慌ただしく過ぎていった
下賜された屋敷は荒れきっていたが、清掃はメテルの復元魔法で一瞬で終わる
預けられた魔法使いや魔女たちの、つまり研究所の研究者たちの住む部屋も貴族の召使いたちの部屋をそのまま使えそうだった
それから到着した研究者たちとメテルは顔合わせを行う
王城からレガンドまで連れてこられ、言ってしまえば都落ちでもあるのに彼らは全く気にしていないようで、何ならメテルと働けて嬉しいと言われ彼女はホッとした
魔法の研究に必要な物を手配しながら、忙しく働いているうちにメテルは体調を崩し始める
しかし今は休んでいられないと思っていた矢先、自警団からメテルに急ぎの依頼が来た
サヤテが毒を飲まされたらしく、倒れたらしい
友人がこの街にいない今、解毒魔法を使えるのはこの街にメテルだけだ
他の研究員たちにも聞いたが、残念ながら誰も使えないと言う
彼女は研究員たちに断りサヤテの屋敷へ急いだ
彼のことは好きではないが、そうは言っても恩はある
彼の依頼が無ければ今のメテルは無いのだから
屋敷に着くとすぐにサヤテの寝室へ通される
彼は青白い顔でベッドに横たわっていた
「vwd:het:gif:uit:dez:psn」
彼女が古代ミチリガ魔法を唱えるとサヤテの腹の辺りがぼんやり光り、そこから紫色の液体が浮かび上がった
それを持ってきていた小瓶に入れる
とろみも無く紫色の無臭の液体、なるほど致死性の高い毒だと彼女は確認した
あと少し駆けつけるのが遅ければ彼は死んでいたかもしれない
間に合って良かった、とホッとした瞬間彼女は自身の視界がぐらつくのを感じた
まるで魔力切れのような状態だ
しかし、普通の魔力切れと違って吐き気と寒気もする
彼女は口を押さえ、その場に倒れ込んだ
サヤテの執事が彼女の名前を叫ぶ声がどんどんと遠くなっていった
* * * * * * * * * * * * * * *
「目覚めた?お馬鹿さん」
ぼんやりと目を開けたメテルに枕元の女性は声をかけた
その懐かしい声にメテルは勢い良く起き上がる
「イフティラ」
「貴女ねぇ、身体に気をつけなさい」
バンダナを腕に巻いた赤子を抱いている彼女はイフティラ・チェイン、回復魔法に長けたメテルの友人の魔女だ
結婚をしてレガンドを出たはずの彼女が何故ここにいるのか、と考えてからメテルはそもそも自分が何故この部屋にいるのか考えた
知らない天井にメテルの家の物よりずっと広くてふかふかのベッド
そこでやっと彼女は自身がサヤテの屋敷で倒れたことを思い出す
しかし何故イフティラがここに居るのかがやはり分からない
「何で、ここに」
「何ではこっちの台詞よ、誰が父親なのかしら……貴女の親友の私に挨拶もせずに」
「父親……は今も地元のケヒの村にいるけど……?」
「メテル、冗談言わないでちょうだい、貴女の父親には私も会ったことがあるんだから知ってるに決まってるでしょ」
イフティラは何を言っているのか、メテルの頭が混乱する
再び襲ってくる吐き気に彼女は口に手を当てた
ずっと体調は悪いと思っていたが、倒れるほどだとは思っていなかったのだ
自己管理ができていない自分を彼女は恥じた
そんな彼女にイフティラは呆れたように溜め息をつく
「貴女気づいてないの?妊娠してるわよ」
「はぁ……?」
「はぁ、じゃないわよ全く!!妊娠したてなんて子どものせいで魔力の調整も難しくなるのに、何で解毒魔法なんて使うのよ!!おかげで自警団から私が呼び出されたのよ?わざわざパンテラまで用意されて、あまりの速さにうちの子どもがずっと泣いてたわよ」
パンテラはこの国で一番速い動物だ
それならば彼女の住む町からレガンドまでも3時間程で着く
本来歩けば1週間はかかる距離だ
しかしあの速さは赤子には酷だっただろう、イフティラのことなので防壁魔法はかけていただろうが景色の速さは誤魔化せない
しかしそれ以上に衝撃的な言葉にメテルの頭は完全に停止した
「ちょっと聞いてるのメテル、父親は誰かって聞いてるのよ、呼び出してお説教するからとっとと名前を吐きなさい」
「…………本当に言ってるのかい?」
「まさか誰かに襲われたわけじゃないでしょうね、貴女なんだから無理矢理襲われそうになったって撃退できるでしょう?」
「それは、そうなんだけど……」
しくじった、とメテルは心の中で吐き捨てた
相手なんて考えなくても分かる、クァルガだ
毎回ちゃんと避妊はしていたはずだが、彼以外とはそんな関係を持ったことは無いのだからクァルガに決まっている
しかしこの間ハタルムの大衆食堂で聞いた話だと彼はエウラの妹との婚約が決まったと言っていた
確かに最近彼の姿を見ないので、身の回りの清算をしているのかもしれない
ここでメテルが彼の子どもを身籠ったとなれば色々とややこしいことになる
「ごめんイフティラ、言えない」
「はぁ~~……本当にとんでもないことしたわね、貴女」
「魔力を回復させに来てくれて、ありがとうね」
「本当よ……気をつけなさい、さっきも言ったけどその時期は魔力の調整ができないの、ついでに言うと魔力の回復もうんと時間がかかるわ」
「うん、ごめん」
「サヤテにも感謝なさい、パンテラを手配したのは彼よ、相変わらず嫌な成金野郎だけど」
パンテラを手配するのはかなりの金額がかかる
何故彼がそこまでしてくれたのかメテルには分からないが、素直に感謝するべきだと思い彼女は頷いた
その時、ちょうど扉が開き侍女が部屋に入ってきた
サヤテが入室したいとのことだったので、メテルはそれに許可をする
すっかり顔色の良くなった彼はホッとした顔で彼女を見た
「目覚めて良かったよ、メテル」
「ご迷惑をおかけし申し訳ございません、サヤテ様」
「いや良いんだ、こちらこそ君のおかげで助かった」
「今回の報酬でもパンテラの手配の金額には足りないでしょうから、大変申し訳ないのですが少しずつ返済させていただくことは可能ですか?その……お恥ずかしながら、あまり自由なお金を持っていなくて」
「返済など考えなくて良い、君に何度命を助けられたと思っている」
「しかし……」
「君の状況はイフティラから聞いている、もしどうしても君が支払いたいといのならば君ではなくその子どもの父親に請求する、誰が父親なんだ」
「……申し訳ないのですがそれはお伝えできません、彼も知らないはずなので……ですので、アタシが返済いたします」
サヤテはどこか怒ったような表情を浮かべた
メテルはそんな彼に首を傾げる
彼は真っ直ぐに彼女を見つめた
「ならば君個人に依頼をする、この屋敷に居てくれ」
「それは……」
「研究所の仕事には好きに行くと良い、ただしここに帰ってきてくれ、君の嫌いな自警団を通さないだが報酬は全て君に支払われる、そしてその報酬をパンテラを手配した費用に充てよう……それからイフティラ、君にもしばらくこの屋敷に滞在してほしい、報酬はしっかりと払う」
「育児用品を持ってきていないので、買ってくれるなら良いですよ」
「好きな物を好きなだけ買うと良い」
「よし、いくらでも滞在しましょう」
「ちょ、ちょっと、イフティラ」
「何?今の貴女が一人で生活できるわけないでしょう?とっとと甘えときなさい」
「決まりだな、契約書を用意してくるから君たちはここで待っておいてくれ」
サヤテはそう言って部屋から出て行った
メテルの意志とは裏腹に全て決まってしまった
困りきった顔の彼女にイフティラは再び溜め息をつく
「相変わらず貴女にベタ惚れね、あの男」
「えぇ……?」
「気づいてなかったわけ?貴女があの男の最初の依頼を受けた時からずっとじゃない」
「最初の依頼って……あの時も解毒だったけど……いや、あの人はアタシのこと醜女って触れまわってんだよ?」
「馬っ鹿ねぇ~~、ライバルを蹴落とす為に決まってんじゃない~~……ま、貴女ってばとんでもない面食いだからアイツに脈は無いだろうけど」
哀れ哀れ、と言いながらイフティラは子どもをあやしている
彼女と同じ濃い紫色の髪の男の子だ
何故こんなことに、とメテルは頭を抱えた
しかしどう考えても妊娠したのは自業自得としか言いようがない
こうなった以上はクァルガには二度と会わないほうが良いだろう
彼が家に訪ねて来ればついつい絆されて入れてしまう気がするので、サヤテの屋敷に滞在できるならそのほうが良い
それに最近は食事もロクにとれていなかった、用意をしようとしても吐き気が酷かったからだ
この屋敷に居ればきっと食事の心配も無いし、魔力切れを起こしてもイフティラが居てくれる
「その……アタシに都合が良すぎると思うんだけど」
「貴女って本当お馬鹿さんよね、そこが可愛いのだけど」
「アンタは昔からそう言ってくるね」
「だって貴女って自分に向けられた好意に鈍感なんだもの、自分の見た目が気に入らないからって全ての価値が無いと思ってるでしょう?でも貴女ってよく人のこと見てるし、辛い時は寄り添ってくれるし、努力家だし、凄く優しいのよ、それに言葉は強いけど中身は素直で可愛らしいわ」
イフティラは両手で抱いていた赤子を片手に持ち替え、もう片方の手でメテルの肩を抱いた
メテルの目から涙が零れ落ちる
王子夫妻の期待に応えなければとずっと気を張り詰めていた、そこに突然妊娠という事実を突き付けられた
一人ではきっと乗り越えられなかっただろう
イフティラに会えて良かった
背中を優しく叩く彼女の手の温もりにメテルは息を吐いた
それからゆっくりと吸う
久しぶりに深い呼吸ができた気がした




