EP 6
魔皇国のインテリ貴公子・ルーベンスの憂鬱。〜適当に相槌を打ったら、エリート魔族の脳が焼けました〜
「んん〜っ……今日も日差しが美味しいわぁ」
転生してから数週間。
最強の執事・リバロンさんと、最強のお姉様たち(キャルルちゃん&スアイさん)による『過保護2000%のお世話』を毎日受けている私は、すくすくと成長していた。
最近はまん丸だったボディが少しだけふくよかになり、ぽよん、とした弾力が出てきた気がする。
順調に『完熟』へと近づいている証拠だろう。
さて、私のお世話係の三人は、今「誰が一番早く雫様のベッド(土)の雑草を抜けるか選手権」とかいう謎の競技で村のハズレまで行っている。
平和だ。一人でまったりする時間も悪くない。
ぽかぽかと光合成をしていると、ふと、甘くスモーキーな香りが鼻をくすぐった。
「……まったく。あの自称17歳のババア(魔王)、また経費でアイドルのライブに行きやがって。その尻拭いで予算の帳尻を合わせる私の身にもなってみろ」
ため息と共に現れたのは、ルナミス新聞の『競馬欄』を片手に、ポポロ村特産の高級葉巻をふかしている長身の男だった。
漆黒のコートを着こなした、知的でアンニュイな雰囲気の超絶イケメン。
しかし、その端正な顔立ちは、日々のストレスと疲労で眉間が深く刻まれている。
彼はアバロン魔皇国の穏健派貴公子・ルーベンス。
休日の競馬中継を楽しむためだけに、わざわざこの緩衝地帯(ポポロ村)まで足を運ぶ、苦労人のエリート官僚だ。
(あ、ヤバい。あの顔……前世の金曜日の夜、新橋の居酒屋で見る『限界管理職』の顔だ)
彼は私の花壇のそばにあるベンチにどっかりと腰を下ろし、誰に言うでもなく愚痴をこぼし始めた。
「だいたい、神々のPV稼ぎのための茶番戦争になぜ私が駆り出されなければならない。私はただ、休日に美味い焼き飯と餃子を食って、競馬を楽しみたいだけだというのに……」
(うんうん、わかるよ。上司がポンコツだと、下の人間が全部割を食うのよね)
私は前世のOL時代を思い出し、深い同情を覚えた。
飲み会で上司の愚痴を聞くのは、若手OLの必須スキル。ここで適当に気分を良くさせておけば、後で美味しいケーキを奢ってもらえたりするのだ。
私は花壇の土から少し身を乗り出し、ちんまりとした口を開いた。
「おにいちゃん、たいへん……だったね?」
「……ん? なんだ、ただの魔植物か。喋るのか、お前」
ルーベンスさんが怪訝な顔で私を見下ろす。
私は短い根っこをふんす!と踏ん張り、前世で培った『究極の相槌コンボ(営業スマイルつき)』を発動した。
「うん……おにいちゃん、いつもがんばってて、えらいよ」
「……は?」
「まわりがポンコツだと……つかれるよね? おにいちゃんは、ぜんぜん、わるくないよ……?」
ふわぁん……♡
私の言葉に合わせて、少し成長したメロロンボディから、甘く、思考をふわふわにさせる『チャームの香り』が漂う。
「なっ……!?」
ルーベンスさんの銀色の瞳が、大きく見開かれた。
葉巻がポロリと指先からこぼれ落ちる。
「お前……私の苦労が、わかるのか……? 城の奴らは、誰も私を労おうともしない。ただ利用し、結果だけを求めてくるというのに……」
(あー、これ完全に『自分の努力を認めてほしい系』の拗らせ方だわ)
私は心の中で大きく頷きながら、さらに追い打ちをかける。
「おしごと、がんばったんだね……♡ えらい、えらい♡ きょうはぜんぶわすれて、ここで……のんびり、しよ……?」
「ッッッッ!!!」
その瞬間。
ルーベンスさんの頭の中で、何かが物理的に『弾ける』音がした。
冷徹な皮肉屋であり、他者を絶対に信用しなかったインテリ貴公子の目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ああ……なんという、ことだ。こんなにも、私の心を……ありのままの私を全肯定してくれる存在が、この世界にあったとは……」
彼はフラフラと花壇に近づき、私のぽよんとした丸いボディを、まるで壊れ物を扱うかのように両手でそっと包み込んだ。
「すまない、魔王になんて仕えている場合ではなかった。私が真に身を捧げ、守り、愛でるべき存在は……お前だったんだな」
(えっ。いや、別にそこまで言ってないけど……まぁ、いっか。葉っぱ撫でられるの、気持ちいいし)
私は「すぅ……」と心地よく目を閉じ、彼の掌の温もりに身を任せた。
「……決めた。アバロン城の地下金庫にある『最高純度の魔力液(国家予算レベル)』は、すべてお前のために使おう。お前を誰よりも美しく、快適に光合成させてみせる。だから……」
ルーベンスさんは、甘く、ひどく熱を帯びた声で囁いた。
「明日も、私にその声を聞かせてはくれないか……?」
(おっ。なんか高級なお水(肥料)もらえるっぽい? ラッキー!)
「うん……まってるね、おにいちゃん……♡」
私が適当に甘い声で返事をすると、ルーベンスさんは「ああ……っ!」と胸を押さえてその場に崩れ落ちた。
完全に脳を焼かれた音がした。
こうして、ポポロ村の私の花壇には。
冷徹な人狼執事に続き、魔皇国のエリート貴公子という『超絶有能(かつ重い)お世話係』が、また一人追加されたのだった――。




