EP 4
冷徹なる人狼執事の品定め。〜殺気を向けられたので、社畜の先輩として労っておきました〜
キャルルちゃんとスアイさんが「ポポロ村の定例会議」とやらで、少しだけ席を外した日の午後。
私はいつものように、ぽかぽかの日差しを浴びてうとうとしていた。
地雷やら氷結トラップやらが埋まっているらしいこの花壇は、村の誰も近づけない絶対安全圏だ。
……はずだったのだが。
「……なるほど。これが、我らが村長とスアイ殿の正気を奪ったという『未知の害悪』ですか」
カツッ、カツッ。
トラップを完全に無効化する、迷いのない足取り。
私の花壇の前に、一人の男が立っていた。
見上げると、そこにはビシッとアイロンのかかったスリーピースの高級スーツを着こなす、銀縁メガネの超絶イケメンがいた。
頭にはピンと立った狼の耳。背中の後ろには、艶やかな毛並みの尻尾が揺れている。
(わぁ、イケメン……じゃなくて、誰この人)
「申し遅れました。私はポポロ村で宰相兼執事を務めております、リバロンと申します」
リバロンと名乗ったその男は、胸元に手を当てて優雅にお辞儀をした。
所作は完璧。声は低くてセクシー。
だが、その銀縁メガネの奥の瞳には、一切の感情が宿っていなかった。
「私は、村という『国家』を管理する立場にあります。ゆえに、為政者の判断を狂わせる不確定要素は、この手で排除しなければなりません」
スッ、と。
リバロンさんの指の間に、一枚の『名刺』が挟まれた。
ただの紙切れのはずなのに、そこからチリチリとした恐ろしいエネルギー(闘気というらしい)が放たれている。アレを投げられたら、私のメロンボディなんて一瞬で真っ二つだ。
(……あ、これ、殺されるやつだ)
明確な殺気。
普通ならここで震え上がり、泣いて命乞いをする場面だろう。
だが、前世で幾度となく「理不尽な死線(※締切とパワハラ)」を越えてきた私こと元・ブラック企業OLは、彼を見てまったく別のことを考えていた。
(……この人、めっちゃ疲れてない?)
そう。
美しく整った顔立ちだが、目の下にはうっすらとクマがある。
スーツにシワ一つない完璧な身なりは、逆に言えば「常に気を張って休んでいない」証拠。
そして何より、あの『感情を殺した暗い瞳』。
わかる。痛いほどわかる。
あれは、終わりのないタスクに追われ、他人の尻拭いをさせられ続け、心が完全に摩耗しきった**『末期社畜の目』**だ。
(あーあ……村の管理とか言って、絶対この人が一番割を食って激務こなしてるパターンのやつじゃん。可哀想に……)
同族嫌悪、いや、かつての自分を見るような同情心。
名刺を振りかぶる彼に向かって、私はちんまりとした口を開き、本心からこう労った。
「おにいちゃん……おめめのした、くろいよ……?」
「……は?」
冷徹な人狼執事の動きが、ピタリと止まる。
「おしごと……がんばりすぎ、だめ。ころされちゃうよ……?」
「……何を、言っているのですか、貴女は」
リバロンさんが怪訝な顔をする。
私は、ふんす! と短い根っこを踏ん張り、彼に向かって最大の慈愛(先輩社畜からのアドバイス)を込めて語りかけた。
「えらいえらい、してあげる……。だから、むりしちゃ、だめ。……ぽかぽかして、いっしょに……ねんね、しよ……?」
ふわぁん……♡
私がそう呟いた瞬間。
私の体から、ベビーメロロン特有の『甘く、思考をふわふわに溶かす香り(チャーム)』が、少しだけ濃く放たれた。
「…………ッ!?」
リバロンさんの狼耳が、ビクゥッ! と大きく跳ねた。
彼の手から、闘気を纏っていたはずの名刺が、はらりと力なく地面に落ちる。
「私、に……休め、と……? この、常に利用され、管理する側であった、この私に……?」
彼の震える声。
それは、誰も自分の苦労を認めてくれなかった孤独な有能男が、生まれて初めて『無条件の労い』を受けた瞬間の反応だった。
「おにいちゃん……ここ、きもちいいよ……?」
私が隣の土を根っこでポンポンと叩くと、リバロンさんはふらふらと引き寄せられるように花壇の縁に膝をついた。
「ああ……なんという、ことだ……。貴女の言葉は、まるで……」
彼は震える手で顔を覆い、深い深いため息を吐いた。
その背中は、つい数秒前までの『冷徹な処刑人』のものではなく、重い鎧を下ろしたただの疲れた青年のものだった。
(よしよし。やっぱり疲れた時は、日向ぼっこして寝るに限るのよ。人間も、植物もね)
私は得意げに葉っぱを揺らしながら、再び光合成の体勢に入った。
彼がこの時、「これほどまでに私の本質(孤独)を理解し、無償の愛を与えてくださる存在がいたとは……貴女こそ、我が真の主だ!」と、頭の中でとんでもない勘違い(狂信)を爆発させていたことなど、メロンである私に知る由もなかった――。




