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第96話 整った波――そして貴族の誘いへ

  波層結晶の光が、穏やかな“呼吸”みたいに揺れている。


《波長:安定(高)》

《ルー 状態:良好》


 モンマスの画面に並ぶ文字を見つめながら、タケルはもう一度、深く息を吐いた。


「……よし。行くか、ルー」


 胸の上から、ふかふかした重みがひょい、と飛び降りる。

 ルーが一声「きゅっ」と鳴き、タケルの足もとをくるりと回った。


 その仕草は、いつもの“子犬モード”と変わらない。

 それでも――さっきまでの、どこか不安定な揺れは、もう微塵も感じなかった。


(波……ちゃんと、整ったんだな)


 タケルはモンマスを腕に戻し、再び歩き出す。


 ✦✦✦


 光の足場を戻り、霧のミラモンが現れたホールを抜け、

 丸い波紋の扉をくぐる。


 石造りの長い通路を進むと――

 やがて、懐かしい声が聞こえてきた。


「タケル!!」


 外の光が差し込む入口の前で、サクラが駆け寄ってくる。

 いつもより少し目が赤いのは、きっと心配していたからだ。


 タケルは照れくさく笑った。


「ただいま。ちゃんと、ルーと一緒に戻った」


「……うん。おかえり!」


 サクラがぎゅっと手を握ってくる。

 その手が、ほんの少し震えていた。


 アキラも腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らす。


「まぁ、戻ってこなかったら、俺がルーの面倒見てやるつもりだったけどな」


「いや、それ絶対ルー嫌がるだろ」

「お前なぁ!」


 そんなやりとりを見ながら、ルイが静かに近づいてきた。


「波は……どうだった?」


 タケルは腕のモンマスを見せる。


「ルーの波、安定した。

 “波層結晶”のところで、すげぇ圧に押されて……でも、なんとか合わせられた」


「……そう」


 ルイは画面を見つめ、ふっと表情をゆるめた。


「《波長:安定(高)》……

 この表示、普通のミラモンではそう簡単に出ないよ。

 ――おめでとう。君とルーは、ちゃんと“ひとつ先”へ進んだ」


 その言葉に、タケルの胸の奥がじわっと温かくなる。


 ✦✦✦


「じゃあ、一度外へ出ようか」


 ルイの案内で、四人は洞窟の出口へ向かった。


 外への最後の一歩を踏み出した瞬間――


 ビュウッ……!


 渓谷の風が、一瞬“逆向き”に吹いた。


「うおっ!?」


 タケルの髪が逆立つように揺れ、サクラのスカートがふわりとめくれる。


「きゃっ……!」


 すぐに風は、元の流れに戻った。


 アキラが目をすがめる。


「なんだ今の風? さっきまでずっと一方向だったよな……?」


 ルイは渓谷の奥をじっと見つめたあと、軽く首を振った。


「ここらの風は、時々“気まぐれ”なんだ。

 深く考えなくていいよ。今は、無事に戻れたことを喜ぼう」


 そう言って、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。


(……今の、本当に“気まぐれ”だったのかな)


 タケルは一瞬だけ振り返る。

 渓谷の向こう側。

 さっきまで風の音しか聞こえなかった場所が、妙に静かに見えた。


 だが、すぐにルーが足もとをつついてくる。


「きゅっ」


「……そうだな。今は帰るのが先か」


 タケルは首を振って、三人の方へ走っていった。


 ✦✦✦


 南都セレノフラートの町並みが見えてきたころ――

 ルイがふいに口を開く。


「今回、本当に面白いものを見せてもらったよ。

 君とルーの波……貴族としても研究者としても、心が躍った」


「え、研究者?」


 タケルが首をかしげると、ルイはいたずらっぽく笑った。


「うちの家系はね、“波”と“風”の研究にも関わっているんだ。

 その話は、また今度ゆっくりと」


 そして、少しだけ表情を改める。


「――それで、もしよければだけど」


「?」


「帰る前に、僕にご馳走させてもらえないかな。

 南都セレノフラートの、ちょっと特別な店でね」


 タケルの目が、一瞬で輝いた。


「行く!! ……いや、行ってもいいですか!!

 お腹ぺこぺこで、そろそろ倒れそうなんだ!」


ルイは小さく笑う。


「もちろん。

 僕が“特別コース”を用意している」


アキラが額に手を当てる。


「お前ってやつは……。

 貴族様相手に、“行く!!”って即答するなよ。遠慮って単語どこやった」


 サクラは苦笑しながらも、目を細めた。


「さっきまでへとへとだったのに、すっかり元気になっちゃって……

 タケルの適道、“食欲”なんじゃない?」


「ひどくない!?」


 四人の笑い声が、ゆるやかな坂道に溶けていった。


(特別……?

 どんな料理なんだよ……!)


 タケルの胸が、また“べつの意味で”高鳴り始めていた。



――ルイが用意した“特別なご馳走”。

 それはタケルたちの想像を、優しく裏切るものだった。


 

ここまで読んでくださってありがとうございます。


ルーの波が整い、ようやく少しだけ安心できる時間が来ました。

こうして一緒にひと山越えられたような気持ちになっていただけたなら、とても嬉しいです。


この先もタケルたちと一緒に進んでいけたら嬉しいです。

少しでも続きを応援したいと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

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