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第83話 震える相棒――ルーとタケルの静かな時間

アリーナの喧騒がまだ耳に残る控室。

タケルは、胸の奥に重く沈むものを抱えたままユウマに向き直った。


「ユウマ……ごめん」


ユウマが振り返る。

その表情は責めるでもなく、ただ心配していた。


「どうした? タケル」


タケルは深く息を吐き、指先でモンマスをぎゅっと握りしめた。


「さっきの試合……モチは、本当に頑張ってくれた」


ユウマは静かに頷く。


「うん。歓声で分かったよ。タケルのスライム、すごかった」


タケルは視線を落とし、唇をかんだ。


「……でも、ルーは、その……」


言葉に詰まり、首を横に振る。


「分かってる。弱いのは、俺のほうだ。

 でも――今いちばん心配なのは、ルーの気持ちなんだ」


胸のざわつきがそのまま声になったような、素直な響きだった。


「ちょっと、外の空気吸ってくる。

 学科試験の前に……ルーと、ちゃんと向き合いたい」


「……分かった。

 じゃあ、裏の庭で合流しよう。落ち着いたら、学科のことも話そう」


 ユウマはそう言って、先に廊下のほうへ歩いていった。



 アリーナを出た先の廊下は、まだ熱の残ったざわめきで満ちていた。


「さっきの試合、やばかったな……」「あのスライム、根性すげーよ」「犬のほうは……その……かわいかったけど」


 そんな声が、遠くと近くで入り交じる。

 タケルはそれを背中で聞き流しながら、ゆっくり歩いていた。


(……二連敗、か)


 悔しさはある。

 でも、それ以上に――。


(今は……ルーだ)


 胸の奥が、ずきりと痛む。



 アリーナ裏の、小さな中庭。

 石畳の隙間から草が伸び、風鈴のように葉が揺れている。さっきまでの歓声が嘘みたいに静かだった。


「……ここなら、ルーも落ち着けるかな」


 タケルは深く息を吐き、モンマスをタブレット型に展開する。


「アクセス、ルー」


 画面に小さなウィンドウが開き、無機質な文字が浮かんだ。


《召喚エラー:対象ミラモンは外界への出現を拒否しています》


「……え?」


 タケルは思わず固まった。


「ルー……?」


 信じられない気持ちで、そっと語りかける。


「大丈夫だよ。ここは静かだ。

 観客もいないし、誰もお前を傷つけたりしない」


 指先が、ゆっくりと画面をなぞる。


「俺もいる。

 だから……出てきてくれないか」


 しばらく、何も起きなかった。


 ……やがて。


 タブレットの縁から、柔らかな光がにじみ出る。

 地面の上に光の輪が描かれ、その中心から小さな影がぽん、と飛び出した。


「……キュゥ」


「ルー!」



 現れたルーは、次の瞬間にはタケルの足元にすり寄ってきた。


 前足でタケルのズボンをきゅっと押さえ、

 顔をうずめるみたいに、胸元へぴとっとくっつく。


 その身体が、かすかに震えているのが分かった。


「……お前、やっぱりいつもと違うよな」


 タケルはしゃがみ込み、そっと背中をなでる。


 ルーの毛並みはいつも通りふわふわなのに、

 中身だけが、別の生き物みたいに弱々しい。


(さっきの試合……あんなに怯えたルー、見たことない)


 胸の奥で、不安が膨らむ。


(俺が緊張してたから、波長が乱れたのか?

 それとも……どこか、具合悪いのか……?)


「……ちょっと見せてもらっていいか」


 タケルはモンマスをルーにかざし、ステータス画面を開く。


 HP、攻撃、防御。

 どれも異常値は出ていない。


 ただ一つ。


《波長:不安定》


 その文字だけが、点滅していた。


「……波長?」


 タケルは眉をひそめる。


「なんだよ、それ……。

 戦うどころか、こんな状態になるなんて……」


 視線を落とすと、ルーがタケルの手先を、小さくぺろりと舐めた。


「……ルー?」


「……くぅん」


 心細そうな鳴き声。

 それなのに、その仕草はどこか「大丈夫だよ」と言ってくれているようだった。


「……慰めてくれてんのか、お前」


 タケルは苦笑して、目を細める。


「本当は、俺が支えなきゃいけないのにな……」



 少しのあいだ、何も話さずにただ一緒にいた。

 風が吹くたび、ルーの耳がぴくっと揺れる。


 震えは、さっきよりわずかに弱くなっていた。


「……よし」


 タケルは立ち上がり、ルーを抱き上げる。


「午後の学科試験まで、一緒にいよう。

 お前をひとりにしない」


 そう言うと、ルーの尻尾が、かすかにふり、と動いた。


「ワフ……」


 それは、弱々しいけれど、たしかな返事だった。



「――お、ここにいた」


 中庭の入口から、ユウマが顔を出した。


「タケル。大丈夫? そろそろ学科試験の勉強始めよう」


「おう。ルーも、ちょっと落ち着いてきた」


 タケルの腕の中で、ルーはユウマをじっと見つめている。


「よかった。

 ……で、本題なんだけどさ。

 学科の前に、ちょっと“出るとこだけ”復習しない?」


「出るとこだけ?」


 タケルが片眉を上げると、ユウマはにやっと笑った。


「うん。毎年、必ず出るテーマがある。

 そこだけ押さえれば、タケルでもギリギリ戦えるかもしれない」


「今さりげなくひどいこと言わなかった?」


「事実でしょ」


 さらっと言い切ると、ユウマはタブレットを広げて見せた。


「じつはこの日のために、中央学院の在学生に片っ端から声をかけてさ。

 “推薦入試を受けた先輩”を探して、出題傾向を聞きまくった」


「やっぱズルじゃん!!」


「はい、今ので教える気が半分になりました」


「ごめんなさいユウマ先生!!!

 どうかご指導よろしくお願いします!!」


 タケルが土下座に近い勢いで頭を下げると、ユウマは吹き出した。


「よろしい。

 じゃあ――“ここだけは落とすなリスト”を教えるね」


 画面に、項目が並ぶ。


・基本知識(ミラモンの分類・スキル・危険地域)

・波長共鳴の基礎理論

・《適道》に関する設問

・危険回避テスト(状況判断・行動選択)


「……うわ。文字が多い」


「読む前に音を上げない」


 ユウマは苦笑しながら続ける。


「タケルは、勉強も計算も苦手かもしれないけどさ。

 ブロルホーン討伐の実戦で鍛えた“感覚”がある。

 危険察知とか、仲間を守るときの判断とか。

 そこは、俺なんかよりずっと上だよ」


「……お世辞でも、嬉しいな」


「お世辞半分、本音半分」


 ユウマは少しだけ真面目な顔になる。


「これは、お返しなんだ。

 ブロルホーン討伐のとき、俺はほとんど何もできなかった。

 それなのに、その実績のおかげで推薦入試を受けるチャンスをもらえた。

 ……だったらさ、できることは全部やりたいだろ?」


 兄の背中を追いかけ続けてきた少年の目が、一瞬だけ熱を帯びる。


「兄貴すらグランディア中央学院に入れなかった。

 俺が合格できたら……初めて、兄貴に勝てる気がするんだ」


「ユウマ……」


 タケルは腕の中のルーを見て、自分の胸をトンと叩く。


「じゃあ、俺も全力でついていく。

 ここで終わるわけにはいかねぇ。

 俺だって――モチやルー、アキラとサクラとも、一緒にここを目指してきたんだから」


「うん。そうこなくちゃ」


 ユウマの口元に、いつもの明るい笑みが戻る。



 やがて、集合時間を告げるチャイムが鳴った。


「タケル。そろそろ移動しよっか」


「おう」


 タケルはルーをそっと地面に降ろす。


「……ルー。

 午後の試験、俺が挽回してくるからさ。

 試験終わったら、いっぱい遊ぼうな」


「……きゅん」


 不安そうな声――からの。


「ワフ!」


 さっきより少しだけ力のこもった鳴き声。

 尻尾も、さっきより大きく揺れていた。


 タケルは思わず笑う。


「……お。やっとルーらしい声が出たな」


「元気、戻ってきたみたいだね」


 ユウマが目を細める。


「よし。じゃあ行こうか、試験会場へ」


「ワフ!」


 ルーは小さく吠えると、光に包まれてモンマスの中へと戻っていった。


 タケルはその画面をそっと撫でる。


(落ち込んでる暇なんて、ない)


 顔を上げると、前にはもう次の試練が待っていた。


――午後の学科試験が、もうすぐ始まる。


つづく

ここまで読んでくださってありがとうございます。

悔しい試験の中でも、タケルとルーの静かな時間を書きたかった回でした。


この二人の関係を少しでも好きだと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

次はタケルの挽回の時間です。

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