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第82話 タケルの誤算――ルーの闘い

「一戦目はモチが頑張ってくれた。

 任せたぞ、ルー」


タケルの声に、ルーは尻尾を振る……はずだった。


「きゅん……」


弱々しい声だけが返ってきた。


監督生が淡々と告げる。


「フィールド、待機確認。

 ――それでは第二試合、始めてください!」


二戦目の幕が上がった。



サトルがモンマスを突き上げる。


「てめえ相手に、もう手加減なんざしねぇ。

 ――暴れろ、スパイクゴート!」


地面が砕け、鉄角の突進型ミラモンが獲物に飛びかかる寸前の獣の目を光らせた。

筋肉の塊のような山羊で、肩には尖ったトゲが並んでいる。


観客席がざわつく。


「あのタケル……大丈夫? スライムの次は子犬?」

「いくらなんでも無謀すぎるだろ」


タケルは震えるルーに優しく声をかける。


「大丈夫だ。ルーは強い。信じてるぞ」


その言葉に、サトルが警戒心を高めた。


「ヘラヘラしてるが……油断しねぇぞ。

 あのスライムみたいに何か隠してるかもな。

 ……スパイクゴート、まずは様子見だ」


だが――その瞬間。


ルーが後ろ足で耳の後ろをカキカキ……。


客席のあちこちから楽しげな声が上がる。


「ちょっと見て、あの子犬……可愛い…」

「持って帰りたい」


サトルも苦い顔をした。


「罠……じゃねぇよな。

 なんだその癖の強さ……」


ルーの可愛い仕草は止まらない。


・お腹を見せて転がる

・タケルの足を前足でちょんちょん

・砂をくんくん


タケルは内心で叫んだ。


(どうしたルー……! お前、こんなタイプじゃないだろ!?)


監督生が促す。


「双方、試合を開始してください」


「もう待てねぇ!」

サトルが一気に指示を飛ばした。

「スパイクゴート、突進だッ!」


「アイアンブル並みの威力だぞ!」

「子犬なら一撃で倒れる!」


客席の悲鳴が飛ぶ。


「来るぞ、ルー!!」

タケルが叫ぶと、


「きゅ……きゅん……」


返るのは、弱々しい声だけ。


タケルは息を呑んだ。


「ルー……っ!? どうした!」



――ドガアァァンッ!!


突進が迫る。


その瞬間――


ルーは――。


ぺたん。


その場に伏せて震えだした。


観客席から小さな声が漏れる。


「……え?」

「戦う気ゼロ……?」

「完全に怯えてるじゃん……」


タケルが叫ぶ。


「ルー!! 避けろ!!」


「くぅぅん……!」


奇跡的に直撃は避けたものの、

ルーはタケルの足元に逃げ込み、丸くなって震えていた。


サトルが冷めた声を投げる。


「……弱すぎ。話にならねぇな」


観客のざわめきが広がる。


「犬種の幼体は環境ストレスに弱いって聞くけど……」

「あの観客密度……そりゃパニックにもなるわ」



タケルは呆然と呟く。


「……マジか……」


追撃しようとしたスパイクゴートを、監督生が制止する。


「ストップ。

 ……あれは戦闘不能と判断します。戦意喪失」


観客席がざわつく。


「第二戦、勝者――サトル!」


サトルは勝ち誇って肩をすくめた――が。


タケルの腕の中で震えていたルーが、

ちょこん、とタケルの胸元から顔を覗かせた。


黒くて丸い耳がぴくっと動き、

つぶらな瞳でサトルを見つめ――


とて、とて……

と、前足で“空気を踏む”ようにモミモミ。


仕上げに小さく、


「くぅ……ん……?」


と、首をかしげながら上目づかい。


さらに。


ちゅん……

と、タケルの服を甘噛みして離し、

心細そうに“尻尾だけふりふり”する。


――完全に反則の可愛さだった。


サトルの体が一瞬ビクリと固まった。


「…………あっ、か、かわ……(小声)」


思わず顔をそらすが、

視界の端でルーが“構ってほしいふり”を始める。


サトルは耳まで真っ赤になりながら呻いた。


「や、やめろ……その動き……反則だろ……!」


観客席はすぐさま大騒ぎになる。


「落ちた!!」

「サトルが子犬に落とされた!!」

「強面が一番やられてるじゃねぇか!」


サトルはたまらず叫ぶ。


「べ、別に……情けなんてかけねぇからな!?

 ……その……ちょっと触らせてくれたら……

 罰ゲームは、免除しても……いい……気がしなくも……ない……!」


タケルはポカンとしながら返す。


「え、あ……ありがとう?」


サトルは慌てて怒鳴った。


「ち、違ぇ!! これは罰ゲームの調整だ!!

 犬が好きとかじゃねぇからな!!」


その言葉に合わせるように、

ルーが――きゅるるん♡ とウインクした。


世界中に桃色のエフェクトが舞った気がした。


「ぐはっ……!!」


サトルが胸を押さえる。


観客たちはもう爆笑だ。


「完全に即死してる……!」

「強者ほど可愛いモンに弱いの法則、発動!」


タケルはルーを抱きしめながら苦笑した。


(……お前、やっぱり最強なんじゃ……?)


その様子を、少し離れた観客席から

アキラがじっと見つめていた。


「……にしても、おかしい。

 ここまで怯えるなんて、ルーらしくない」


アキラの目が細くなる。


「フェンリルは本来、月の波長に影響を受ける種族……。

 強さも感覚も、月齢に左右される。

 まさか……今日は“月齢の最弱タイミング”なのか……?」


ルーの震える背中を見つめながら、

アキラは静かに息をついた。



アリーナ控室。


タケルは椅子に座り込み、両手で顔を覆った。


「……2戦負け……

 俺、このままじゃ……落ちる……?」


そこへユウマが歩み寄ってきた。


「タケル、お疲れ。どうだった?」


「……ダメだった。

 ユウマは……?」


「一応勝てたよ。

 でも、まだ始まったばかりだろ。終わりじゃない」


タケルは目を閉じ、深呼吸する。


「……そうだよな。

 終わりじゃねぇ。

 絶対、巻き返す……!」


ユウマは笑って肩を叩いた。


「午後の学科、まだ時間あるし。

 一緒に勉強しよう」


「……ああ! ありがとう!」



――だが、この日の“月齢”が

ルーを最弱の子犬へ戻していたことを、

タケルはまだ知らない。


そして――

ルーと月の関係が、のちに物語を大きく動かすことも。


つづく


ここまで読んでくださってありがとうございます。

まさかのルーの展開に、タケルと同じ気持ちで読んでいただけていたら嬉しいです。


ルーのことが気になる、タケルを応援したいと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

ここからただの負けでは終わりません。

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