第76話 孤高の依頼 ― 炎の谷を越えて ―(後半)
「ララ、熱が上がってきた……時間との勝負だ」
「アキラ、大丈夫?」
「ああ、まだいける」
岩の裂け目から火が吹き上がり、空気が揺らめく。
山頂に辿り着くと、モンマスが警告を出した。
《警告:高温領域。滞在限界まで残り一時間》
「くっ……息するだけで焼けるな」
ララが風を纏い、前方を駆ける。
その先に、橙色に輝く卵があった。
「見つけた……!」
慎重に近づこうとした瞬間、地鳴りが響く。
溶岩の中から、親個体のサラマンドルが這い出してきた。
全身が灼熱の鱗に覆われ、炎を纏うたびに空気が歪んだ。
「ララ、まだだ!」
アキラが声を低く抑える。
谷での観測データが、頭の中で繋がっていく。
(サラマンドルは音と振動に敏感。だが――強い上昇気流が起きた瞬間だけ、感覚が乱れる)
つまり、谷から熱取り草を運び上げる“あの風”が来たときだけが、唯一の隙。
《残り時間:00:23:47》
「アキラ、早くしないと時間切れよ!
私ならサラマンドルごとき、かわして卵を取ってこれるわ!」
ララの声に焦りが滲む。
だがアキラは首を横に振った。
「ララ、待て。焦るな。チャンスは必ず来る。
……谷の風が上に変わる、その一瞬だけだ」
ララが息をのむ。
アキラは静かに時計を見つめた。
「戻る時間を考えると、チャレンジは一度きりだ……」
熱風が唸り、岩壁が赤く光る。
そして――風が、下から吹き上げに変わった。
「今だ、ララ!」
ララが跳び、風を切る。
岩を駆け、風のトンネルを抜けたそのとき――。
「……た、助けて……誰か!」
熱風の向こうから、掠れた声が響いた。
アキラが振り向くと、岩陰で一人の受験生が倒れていた。
足元には焦げ跡――熱線にやられたのだ。
アキラは一瞬、視線を卵へ――そして、倒れた受験生へ移す。
時間は残りわずか。
卵を取れば加点、助ければ減点。
どちらか一方しか選べない。
熱風が唸る中、アキラは小さく息を吐いた。
「……残念だが、任務終了だ。ララ、風路を開け! すぐにこっちへ来てくれ!」
「そんな……卵はもう目の前なのに!」
ララの声が震える。
それでも、アキラの瞳は揺るがなかった。
「加点は諦める。倒れている奴を見捨てるわけにはいかない!」
ララが一瞬、唇を噛んだあと――静かに頷く。
「……アキラがそう決めたなら、仕方ないわ」
アキラは火の粉を払いながら駆け出した。
崩れかけた岩を飛び越え、受験生を抱き起こす。
「ララ! 風のルートを確保しろ!」
「ラジャー!」
ララが地を蹴り、風の奔流を生み出す。
渦を巻く風が炎を押し返し、灼熱の道にわずかな隙間ができた。
アキラはその一瞬の風路を突き抜け、
受験生を背負ったまま、山を下りていった。
⸻
中央学院依頼センター。
「神谷アキラ、任務報告です」
「観測データ、提出を確認。……加点任務、卵の採取は?」
「未達成です」
試験官が記録を確認する。
「了解。減点対象となりますが、報告は受理しました」
近くの受験生が、くすりと笑った。
「カッコつけて“卵まで狙う”とか言って、結局このザマかよ。ダサいぜ」
アキラは何も言わず、報告を終えて退出した。
⸻
その日の夕刻。試験官室では評価会議が開かれていた。
壁面のスクリーンに、各受験者の記録が並ぶ。
「神谷アキラ、観測任務完了。加点任務未達、減点対象――ですが……」
「受験生一人一人に極秘で同行していた監視用熱対応型ミラモンの報告によると――」
主任試験官が報告を続ける。
「山頂の卵発見までの冷静な判断力。卵奪取、間近な状況下で倒れていた受験生を救助。
自らの加点を捨て、他者の命を優先したとの記録があります」
「……迅速な判断、冷静な行動力、そして倫理的選択。まさに“依頼クリア型”の本質だな」
審査官の一人が微笑んだ。
「あれが神谷家の神谷アキラか。面白い男だ」
「正式に記録しよう。――“大幅加点”とする」
⸻
同じ頃。学院前の石畳を、アキラが静かに歩いていた。
隣で、ララが口を尖らせる。
「もう! あの卵、あとちょっとだったのに!」
「……すまんな。お詫びに、モンマス★5の最高級ニンジンシチューでどうだ?」
ララの青い耳がピンと立つ。
「許してあげる。でも、シチューは倍盛りね!」
「了解。……行こうか、ララ」
遠く、夕日に染まる中央都市の塔を見上げながら、アキラは呟く。
「タケル、サクラ……ちゃんと準備しているだろうか」
風が静かに流れる。
――試験まで、あと一日。
それぞれの戦いが、確かに動き始めていた。
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