第75話 孤高の依頼 ― 炎の谷を越えて ―(前半)
推薦試験まで、あと六日。
タケルたちに見送られたアキラは、朝から中央学院の依頼センターに並んでいた。
受付前では、推薦生たちが次々とモンマス端末を操作し、転送された複数の任務カードを確認している。
空気は張りつめ、足音さえ響かない。
「協力は禁止。制限時間は五日。報告は単独提出のみ」
試験官の声が冷たく響く。
「途中で中断しても失格にはならないが、未報告は減点対象となる。……覚悟はいいな?」
受験生たちがごくりと息を飲む中、
アキラだけは静かに頷いた。
その瞳には恐れよりも、淡い決意が宿っていた。
「神谷アキラ、任務受領します」
試験官がカードを差し出す。光が走り、任務内容が浮かび上がった。
その瞬間、周囲にざわめきが起こる。
「この過酷な追加任務をやるのか……?」
「マジかよ、正気か?」
「神谷アキラ、本当にやるんだな⁉︎」
「――ああ、“卵まで狙う”。俺は与えられた試練は全部、乗り越える主義だ」
会場が一瞬、静まり返る。
試験官が口を結び、頷いた。
「……任務受理する」
「あいつ、言い切ったぞ。できなきゃ恥だぞ……」
⸻
《任務内容:火蜥蜴群生地の観測データ採取》
《危険度:中/対象区域:炎の谷(旧火山帯)》
《制限時間:二日》
《加点任務:火蜥蜴の卵の採取》
《危険度:高/対象区域:炎の山頂上》
《制限時間:三日》
⸻
ざわめく周囲をよそに、アキラは淡々と任務カードを閉じた。
「観測だけなら安全域だが……卵採取は火口直下。成功すれば加点、失敗すれば減点」
「運悪っ……あんなとこ行きたくねぇ」
「山頂は高温域だぞ、強制ログアウトになるって」
「その後の受験どころじゃねぇ」
周囲の声を背に、アキラは無言で出口へ向かった。
吹き抜ける風が、コートの裾を揺らした。
⸻
炎の谷――旧火山帯。
赤く焼けた岩肌が連なり、熱風が金属の匂いを帯びて吹き荒れる。
遠くでは、赤い光の影がゆらゆらと蠢いていた。
アキラはモンマスをブック型に展開し、地図を呼び出す。
「リード! 炎の谷――開始だ」
「ララ! 風の流れを読んで。熱の中心を避けて、群生地を確認するぞ!」
「ラジャー!」
ララが耳を立て、地表の空気振動を感知する。
炎の風を裂き、軽やかに跳躍して岩を渡る。
青いリボンの耳が、風にたなびいた。
「よし、まずは観測だ」
アキラはララ経由で送られてくる温度・風速・地熱データを解析し、ログを転送していく。
一歩ごとに靴底が焼けるように熱い。
それでも、彼の瞳に迷いはなかった。
⸻
二日後の夕刻。
最後の観測データが収集され、モンマスが通知を表示する。
《観測データ収集完了》
《任務進行率:100%》
アキラは画面を指でなぞり、データを確認した。
「ララ、こっちに来てくれ」
「どうした? データは取れた?」
「ああ。……そして面白いことが分かった」
群生地の熱分布が、谷から山腹へ螺旋を描いて上昇していた。
その中心――山頂の高熱域に、一定の“熱脈”が連なっている。
「サラマンドルは昼間、山頂で卵を守っている。
山頂は常に高温だ。母体が常駐し、外敵を寄せつけない。……だが、問題は温度だ」
「高すぎるってこと?」
ララが首を傾げる。
「ああ。卵にとっても、この熱は限界ギリギリだ。
それを調整しているのが――この“熱取り草”だ」
アキラは画面を拡大し、群生地の端に映る緑の反応を指した。
「地熱を吸収して冷却する特殊な草。サラマンドルたちはこれを群生地で育てている。
そして夜になると、この草を背負って山頂に上がり、卵の熱を取っているんだ」
「つまり、夜だけ谷と山頂を行き来するってことね?」
「そう。モンマスの風向データにも、夜間の上昇気流が記録されていた。
この“熱取り草輸送”の時間帯だけ、山頂の風が変わる。
母体は熱を放出し、仲間たちは草を運ぶ……その一瞬だけ、警戒が緩む」
アキラの口元がわずかに上がる。
「観測任務は完了だが、この特性を利用すれば山頂の卵に近づける。
――チャンスは夜、風が動く瞬間だ」
ララが風を纏って跳ねた。
「やる気満々じゃないの! 面白くなってきたわ!」
「分析と機動、二人でひとつだ。行くぞ、ララ」
「ラジャー!」
夕闇の中、二つの影が炎の山を駆け上がった。
⸻
夜が来る。
風の流れが、ゆっくりと変わり始めていた――。
⸻
※後半へ続く
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少しでも気になるところがあれば、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。




