第74話 六日の誓い ― 眠る牙、動き出す日常 ―
推薦試験まで、あと六日。
朝の学院前広場は、早くも受験者たちの熱気に包まれていた。
試験を控えた空気は張りつめ、街全体が戦いの前夜のように静かだ。
石畳の上、三人が立っていた。
アキラ、サクラ、そしてタケル。
「俺は行く。学院指定の依頼を受けて、“依頼クリア型”を突破してみせる」
アキラの声は静かだったが、芯に揺るぎがない。
「気をつけろよ、アキラ! 無事に帰ってこい!」
「私たちも頑張るからね」
サクラが軽く手を振る。
アキラは頷き、背を向けて歩き出した。
その背中を見送りながら、タケルはつぶやく。
「……やっぱ、すげぇなアキラ」
風が吹き抜け、学院の鐘が遠くで鳴った。
⸻
昼。
タケルとサクラは、学院の訓練施設へと足を運んでいた。
だが、模擬戦練習場はすでに満員。
受付の職員が代わりに提案する。
「旧訓練場なら空いてますよ。今はほとんど使われていませんが」
案内されたのは、木製の柵に囲まれた小さな広場だった。
風化した石畳の上に、古びた訓練人形が並ぶ。
「ここは昔、ガイアスなど歴代の卒業生が使っていた由緒ある場所なんです。
今は最新鋭の訓練施設ができて、すっかり人気がなくなってしまいましたが……」
「マジで!? なんか燃えてくる!」
タケルの声が響き、サクラが思わず笑った。
⸻
まずはモチとの練習。
柔軟な体を活かし、跳ねるように動きながらタケルの指示に応える。
「よし、モチ、次は受け身の練習だ!」
体当たりのたびに地面が揺れ、砂煙が舞う。
モチが弾みながら形を変え、タケルの動きにぴたりと合わせてくる。
「いいぞ! 逃げる時の判断が早くなってきた!」
嬉しそうなタケルの声に、サクラが目を細めた。
一方のサクラは、近くで「個性入試」の演出練習中。
ミラリア内の映像再現に合わせて、母からもらった育成専用カードの操作を試していた。
「いくわよ、ウィンド・ドレスアップ!」
風が渦を巻き、光がひらめく――が。
次の瞬間、タケルの髪が爆発したように逆立った。
「うわぁぁっ! 俺の髪がぁぁ!」
「ご、ごめん! イメージが暴走しちゃった!」
タケルは髪をぐしゃぐしゃとかきながら、鏡をのぞき込んだ。
「暴走しちゃったじゃないよ。うわ鏡みたら、アフロみたいになってる」
「……待てよ。天然パーマみたいで、これはアリだな……」
タケルの変なポジティブさに、サクラが吹き出した。
二人の笑い声が広場に響く。
わずかな時間だが、その笑いが緊張をほぐしてくれた。
⸻
モチを戻し、今度はルーを呼び出す。
まだ子犬サイズだが、動きは鋭く、目には強い意志が宿っていた。
「ルー、行くぞ! 避けて!」
タケルが投げた木片を、ルーが軽やかにかわす。
しなやかな跳躍、正確な着地。
サクラが見つめる中、ルーの爪先が一瞬、蒼く光った。
次の瞬間、風を裂くような一閃――。
木片が真っ二つに割れ、静寂が落ちる。
「……今の、見た?」
「まさか……フェンリルの力?」
「わかんねぇ。でも、ルーが本気出すと、空気が変わる」
二人はしばらく言葉を失った。
それは恐れではなく――希望だった。
⸻
練習後、サクラがタケルに申し訳なさそうに話し始めた。
「個性入試に向けて特訓してるんだけど、どうしても使いこなせないの」
「大丈夫なの?」
「このままじゃ不安なの。……だから、残りの期間はママのところで訓練してくる」
サクラは真剣な瞳で言った。
「明日からタケル、ひとりになっちゃうけど……大丈夫?」
「俺にはモチもルーもついてる。大丈夫だよ」
「サクラは自分の課題に集中して」
その言葉に、サクラは小さく笑った。
「ありがとう、タケル」
⸻
その夜。
アキラは山岳地帯の焚き火の前で、依頼書を見つめていた。
炎が映す横顔には、迷いも焦りもない。
ただ静かに、次の一手を考えていた。
一方、タケルの家。
夕食を終え、部屋に戻ったタケルはベッドの端に座っていた。
窓の外では、夜風が庭の木々を揺らしている。
(……明日からが勝負だ)
思い返すのは、今日の訓練。
モチの奮闘。
ルーの蒼い爪。
サクラの笑顔。
そして、アキラの背中。
胸の奥で、静かに何かが燃える。
「モチとルー、いつか一緒に戦わせてやりたいな……」
呟きは小さく、けれど確かな決意を帯びていた。
机の上のモンマス端末が、一度だけ光を瞬かせる。
それがまるで、応えるように見えた。
「アキラも頑張ってる。サクラも準備してる。……俺もやるしかないな」
タケルは拳を握り、静かに目を閉じた。
夜の静寂に、未来への息遣いが混じる。
窓の外では、遠くで風が鳴った。
――眠る牙は、確かに研がれ始めていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この先も読んでみたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




