第70話 登録偽装 ― 牙を隠す誓い ―
販売所の奥。
静まり返った応接室に、わずかな光だけが差し込んでいた。
ロイドは深く椅子に腰を下ろし、真剣な眼差しでタケルたちを見つめていた。
「フェンリルは、かつて“王獣”と呼ばれた存在の血を引く種族です。
力を求める者たちが、放っておかないでしょう」
その声には、いつもの販売人の軽さはなかった。
室内に、重く張り詰めた空気が流れる。
「……王獣?」
アキラが眉をひそめる。
ロイドは頷き、静かに続けた。
「かつてこの大陸で、王に仕えていたとされる守護獣たちがいました。
“七王獣”とも呼ばれ、その一体がフェンリルです。
伝承の域を出ませんが――本物が現れたとなれば、権力も、富も、血眼になって動くでしょう」
沈黙。
だが、タケルは口の端を上げ、まっすぐ前を見た。
「それでもいい。俺が守る。この子は……俺の仲間だから」
子フェンリルが、そっとタケルの手に鼻をすり寄せた。
その小さな瞳に宿る光は、確かに“誓い”のようだった。
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ロイドは静かに息を吐き、腕を組んだ。
「……このままでは、いずれ噂が広まり、金の匂いを嗅ぎつけた連中に狙われます」
「せっかく仲間になったのに、そんなのあんまりだわ」サクラが声を落とす。
「ロイドさん、どうにかならないのか?」アキラが問う。
ロイドはしばらく考え込み、やがて立ち上がった。
「私ども販売人としては、購入者には幸せになってもらいたい。
連中に狙われる展開は本意ではありません。……そうですね」
ロイドは机の引き出しを開け、細長いケースを取り出した。
中には、銀色に光る小さな首輪が収まっている。
「この品をご存じですか? 《ミラージュ・コード》といいます」
「ミラージュ・コード?」タケルが首を傾げた。
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【ミラージュ・コード】
装備したミラモンの波長を読み取り、ステータスを任意に偽装する。
能力値そのものは変化しないが、検索網・鑑定機器・一般登録で表示される情報が設定値に置き換わる。
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ロイドは得意げに笑った。
「こういう仕事をしていると、“彼らを守るための道具”も扱うんですよ。
本来は研究機関や外交ミラモン向けの高級品ですが――今回は特別に、お譲りしましょう」
「でも……高そうだな。俺、四百ミラしか持ってないぞ」
タケルが不安げに言う。
「四百ミラもらっても仕方ないでしょ」サクラが苦笑する。
ロイドは笑って首を振った。
「いいんです。あなたたちとは“良縁”を感じます。
商売人の勘とでも言いましょうか。……出世払いで結構ですよ」
「出世払い!? 本当に!?」
「はい。いつかあなたがミラリアで名を上げたとき、返しに来てください」
タケルの顔に力が戻る。
「わかった! 俺、絶対ガイアスみたいな《バトルマスター》になる。
だから待っててくれ。この子と一緒に、頂点とるよ!」
「ガイアス……懐かしい響きですね」
ロイドの表情が一瞬やわらいだ。
「おっちゃん、ガイアス知ってるのか?」
「ええ。昔、“ブラックデッキ”という悪の組織に襲われたことがありましてね。
あのとき、この中央都市に来ていたガイアスさんに助けてもらったんです。
いやぁ、懐かしい思い出ですよ」
ロイドは笑みを深めた。
「ふふ。タケルさん、あなたからどこか懐かしい雰囲気を感じていたんです。
その時お会いしたガイアスさんに似ていますよ」
「ロイドおじさん!」サクラが呆れたように言う。
「何でも商売に繋げて、おだてても何も出ないわよ。タケルなんて四百ミラしかないんだから!」
「ははは、バレてしまいましたか。商売人の根性が出てしまいましたね。お恥ずかしい」
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ロイドは子フェルリルの首にタグを取りつけ、軽く指を鳴らした。
タグの紋章が淡く光り、波紋のようにフェルリルの体を包み込む。
タグが光を放つと同時に、タケルのモンマスが小さく震えた。
画面に文字が浮かび上がる。
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【登録偽装候補】
1.特殊犬型ミラモン《ルーヴァ》
2.狼型ミラモン《グレイハウル》
3.幻獣系ミラモン《シルバーフォックス》
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「えっ……どれでも選べるのか!?」
「お好みで、です」ロイドが微笑む。
タケルは少し考えて――迷わず一番上をタップした。
「よし、ルーヴァでいこう! お前はもう、偽物なんかじゃない。
守るために隠すだけだ」
フェルリルが「わふっ」と鳴き、光がやさしく包み込む。
続けて、別の選択画面が現れた。
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【等級ランク設定】
S/A/B/C/D/E
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「ランクまで選べるのか!?」タケルが目を丸くする。
「はい。登録上の表記です。高くすると怪しまれますよ」ロイドが助言する。
「……じゃあ、Cランクで!」
タケルは迷いなく指を滑らせた。
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【登録内容を確定しますか?】
▶はい
いいえ
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「確定!」
タケルが押すと、子フェルリルの首輪が淡く光り、データ更新の音が軽やかに鳴った。
《登録完了:特殊犬型ミラモン〈ルーヴァ〉/ランクC》
ロイドが微笑む。
「ふふ……これでステータスの見た目も、登録情報も安全です」
子フェンリルが小さく吠えた。
その瞳の奥には、確かに“王獣の血”が燃えていた。
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「上出来ですね。……さあ、これで表向きは安全です。
ですが、月の光が強くなる夜――それだけは注意してください」
「月の光?」サクラが首をかしげる。
ロイドは遠くを見るような目で続けた。
「フェンリルは“月の民”とも呼ばれます。
満月の夜には力が昂ぶり、抑制が薄れることがあります。彼が眠っていれば問題は少ないですが……」
タケルはフェルリルの頭を撫でた。
「大丈夫だよ。どんな夜でも、俺が隣にいる」
ロイドが小さく笑い、立ち上がる。
「では、ずっとこの秘密をお忘れなく。満月の夜は外に出さないこと。
――“牙”を隠すことも、立派な勇気ですよ」
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販売所を出ると、夕日が街を黄金色に染めていた。
風が子フェンリルの毛を揺らし、あくびをした。
「なんか、すっかり馴染んでるね」サクラが笑った。
「もうすぐ推薦試験だ。準備、抜かりなくいこう」アキラが言う。
タケルは胸の前で拳を握り、子フェルリル――いや、登録上の“ルーヴァ”の頭を軽く撫でた。
「やるぞ。隠すのは、守るため。勝つのは、みんなで未来を掴むためだ」
空の高み、まだ細い月がひっそりと輝いている。
その光は、彼らの行く先を静かに見守っていた。
――牙は、まだ眠っている。
だがそれは、守るための牙。
タケルと子フェルリルの絆が深まるほどに、
世界の“運命”もまた、静かに回り始めていた。
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