表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/73

第70話 登録偽装 ― 牙を隠す誓い ―

 販売所の奥。

 静まり返った応接室に、わずかな光だけが差し込んでいた。


 ロイドは深く椅子に腰を下ろし、真剣な眼差しでタケルたちを見つめていた。


「フェンリルは、かつて“王獣”と呼ばれた存在の血を引く種族です。

 力を求める者たちが、放っておかないでしょう」


 その声には、いつもの販売人の軽さはなかった。

 室内に、重く張り詰めた空気が流れる。


「……王獣?」

 アキラが眉をひそめる。

 ロイドは頷き、静かに続けた。


「かつてこの大陸で、王に仕えていたとされる守護獣たちがいました。

 “七王獣”とも呼ばれ、その一体がフェンリルです。

 伝承の域を出ませんが――本物が現れたとなれば、権力も、富も、血眼になって動くでしょう」


 沈黙。

 だが、タケルは口の端を上げ、まっすぐ前を見た。


「それでもいい。俺が守る。この子は……俺の仲間だから」


 子フェンリルが、そっとタケルの手に鼻をすり寄せた。

 その小さな瞳に宿る光は、確かに“誓い”のようだった。



 ロイドは静かに息を吐き、腕を組んだ。


「……このままでは、いずれ噂が広まり、金の匂いを嗅ぎつけた連中に狙われます」

「せっかく仲間になったのに、そんなのあんまりだわ」サクラが声を落とす。

「ロイドさん、どうにかならないのか?」アキラが問う。


 ロイドはしばらく考え込み、やがて立ち上がった。


「私ども販売人としては、購入者には幸せになってもらいたい。

 連中に狙われる展開は本意ではありません。……そうですね」


 ロイドは机の引き出しを開け、細長いケースを取り出した。

 中には、銀色に光る小さな首輪が収まっている。


「この品をご存じですか? 《ミラージュ・コード》といいます」


「ミラージュ・コード?」タケルが首を傾げた。



【ミラージュ・コード】

装備したミラモンの波長を読み取り、ステータスを任意に偽装する。

能力値そのものは変化しないが、検索網・鑑定機器・一般登録で表示される情報が設定値に置き換わる。



 ロイドは得意げに笑った。


「こういう仕事をしていると、“彼らを守るための道具”も扱うんですよ。

 本来は研究機関や外交ミラモン向けの高級品ですが――今回は特別に、お譲りしましょう」


「でも……高そうだな。俺、四百ミラしか持ってないぞ」

 タケルが不安げに言う。


「四百ミラもらっても仕方ないでしょ」サクラが苦笑する。


 ロイドは笑って首を振った。


「いいんです。あなたたちとは“良縁”を感じます。

 商売人の勘とでも言いましょうか。……出世払いで結構ですよ」


「出世払い!? 本当に!?」

「はい。いつかあなたがミラリアで名を上げたとき、返しに来てください」


 タケルの顔に力が戻る。


「わかった! 俺、絶対ガイアスみたいな《バトルマスター》になる。

 だから待っててくれ。この子と一緒に、頂点てっぺんとるよ!」


「ガイアス……懐かしい響きですね」

 ロイドの表情が一瞬やわらいだ。


「おっちゃん、ガイアス知ってるのか?」

「ええ。昔、“ブラックデッキ”という悪の組織に襲われたことがありましてね。

 あのとき、この中央都市に来ていたガイアスさんに助けてもらったんです。

 いやぁ、懐かしい思い出ですよ」


 ロイドは笑みを深めた。

「ふふ。タケルさん、あなたからどこか懐かしい雰囲気を感じていたんです。

 その時お会いしたガイアスさんに似ていますよ」


「ロイドおじさん!」サクラが呆れたように言う。

「何でも商売に繋げて、おだてても何も出ないわよ。タケルなんて四百ミラしかないんだから!」


「ははは、バレてしまいましたか。商売人の根性が出てしまいましたね。お恥ずかしい」



 ロイドは子フェルリルの首にタグを取りつけ、軽く指を鳴らした。

 タグの紋章が淡く光り、波紋のようにフェルリルの体を包み込む。


 タグが光を放つと同時に、タケルのモンマスが小さく震えた。

 画面に文字が浮かび上がる。



【登録偽装候補】

 1.特殊犬型ミラモン《ルーヴァ》

 2.狼型ミラモン《グレイハウル》

 3.幻獣系ミラモン《シルバーフォックス》



「えっ……どれでも選べるのか!?」

「お好みで、です」ロイドが微笑む。


 タケルは少し考えて――迷わず一番上をタップした。


「よし、ルーヴァでいこう! お前はもう、偽物なんかじゃない。

 守るために隠すだけだ」


 フェルリルが「わふっ」と鳴き、光がやさしく包み込む。

 続けて、別の選択画面が現れた。



【等級ランク設定】

 S/A/B/C/D/E



「ランクまで選べるのか!?」タケルが目を丸くする。

「はい。登録上の表記です。高くすると怪しまれますよ」ロイドが助言する。


「……じゃあ、Cランクで!」

 タケルは迷いなく指を滑らせた。



【登録内容を確定しますか?】

 ▶はい

  いいえ



「確定!」


 タケルが押すと、子フェルリルの首輪が淡く光り、データ更新の音が軽やかに鳴った。


《登録完了:特殊犬型ミラモン〈ルーヴァ〉/ランクC》


 ロイドが微笑む。

「ふふ……これでステータスの見た目も、登録情報も安全です」


 子フェンリルが小さく吠えた。

 その瞳の奥には、確かに“王獣の血”が燃えていた。



「上出来ですね。……さあ、これで表向きは安全です。

 ですが、月の光が強くなる夜――それだけは注意してください」


「月の光?」サクラが首をかしげる。


 ロイドは遠くを見るような目で続けた。

「フェンリルは“月の民”とも呼ばれます。

 満月の夜には力が昂ぶり、抑制が薄れることがあります。彼が眠っていれば問題は少ないですが……」


 タケルはフェルリルの頭を撫でた。

「大丈夫だよ。どんな夜でも、俺が隣にいる」


 ロイドが小さく笑い、立ち上がる。

「では、ずっとこの秘密をお忘れなく。満月の夜は外に出さないこと。

 ――“牙”を隠すことも、立派な勇気ですよ」



 販売所を出ると、夕日が街を黄金色に染めていた。

 風が子フェンリルの毛を揺らし、あくびをした。


「なんか、すっかり馴染んでるね」サクラが笑った。

「もうすぐ推薦試験だ。準備、抜かりなくいこう」アキラが言う。


 タケルは胸の前で拳を握り、子フェルリル――いや、登録上の“ルーヴァ”の頭を軽く撫でた。


「やるぞ。隠すのは、守るため。勝つのは、みんなで未来を掴むためだ」


 空の高み、まだ細い月がひっそりと輝いている。

 その光は、彼らの行く先を静かに見守っていた。


――牙は、まだ眠っている。

 だがそれは、守るための牙。

 タケルと子フェルリルの絆が深まるほどに、

 世界の“運命”もまた、静かに回り始めていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

続きも読んでみようかなと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ