第69話 子犬の秘密 ― 秘められた牙 ―
販売所の朝は、いつもより静かだった。
ガラスドーム越しに差し込む光が、ゆっくりと床を照らす。
十日間通い続けたその“翌朝”、タケルの足取りには、もう迷いがなかった。
「そろそろ来ると思っていましたよ」
販売管理主任・ロイドが、嬉しそうに手を振る。
「どうぞ。あなたの“日課”の時間でしょう?」
「へへっ、バレてましたか。こいつに会うのが日課になっちゃって」
ロイドが優しく笑う。
「君のような子を見ると、まだこの仕事も捨てたもんじゃないと思えますよ」
奥の保護区。
あの日、弱々しく鳴いていた子犬型ミラモンは――
十日間の“クロ骨の奇跡”を経て、もう一度立ち上がる力を取り戻していた。
タケルが扉を開けると、すぐにその子は目を上げた。
前よりも、ほんの少しだけ澄んだ瞳で。
「おはよう」
タケルが声をかけると、子犬のしっぽがわずかに動いた。
「……タケル、今、しっぽ……!」サクラが息をのむ。
「やっと、ここまできたか」アキラが微笑む。
ロイドが感慨深げに頷いた。
「十日間、雨の日も風の日も欠かさず通うなんて、あなたが初めてですよ。
この子も、あなたを“待っていた”のかもしれませんね」
タケルはそっと手を伸ばし、ケージの前にしゃがみ込む。
「もう……怖くないよ」
子犬は少しだけ首を傾げ、タケルの手の匂いを嗅ぐ。
その瞬間、モンマスが淡く光り始めた。
光が広がり、風が流れる。
「反応してる……!? リンクの兆候です!」ロイドが息をのむ。
タケルは静かに目を閉じ、胸の前でモンマスを掲げた。
「……一緒に行こう。俺と、お前で――未来を変えよう!」
光が弾ける。
眩い風が部屋を包み、タケルと子犬の瞳が重なった。
《子犬型ミラモンがあなたの仲間になりました》
《特殊契約:心の波長による同期成立》
光が収まったとき、子犬は自分の足で立ち、タケルの掌を舐めた。
その瞳は、もう“恐れ”ではなく“信頼”に満ちていた。
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「ついに仲間になりましたか。タケルさん、おめでとうございます!」
ロイドが拍手しながら言う。
「なんかマジマジと褒められると照れるな」タケルが頭をかく。
「ほんと、タケルすごいわ!」サクラが笑い、
「ナイスだ、ガッツだよ!」アキラが親指を立てた。
ロイドは誇らしげに胸を張る。
「いやぁ、今回良いものを見せていただきました。
お値段は……特別に三百ミラに割引しましょう!」
「そこはタダにはならないのね?」サクラが苦笑する。
「タダより高いものはないのです」ロイドが笑顔で返す。
「サクラ、細かいことはいいんだ」
タケルが笑って財布を出す。
「ロイドのおっちゃん、三百ミラ受け取ってくれ!」
「毎度ありがとうございます!」
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「さて、とりあえずこの子のステータスを見てみるか!」
タケルはモンマスをタブレット型に展開させた。
「アクセス! ステータスオープン!」
光の画面に、新たな仲間のデータが映し出される。
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【ミラモン名:フェンリル】
種族:フェンリル(幼体)
ランク:A
レベル:8
HP:60
攻撃:32
防御:30
特性:月牙(満月時に攻撃上昇・新月時に感覚強化)
スキル:月嗅覚(気配感知・敵の位置を特定)
状態:タケルに心を開いた
備考:特殊契約個体。波長共鳴によりステータス補正が変動する。
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「すごい! ランクAだ!」タケルが声を上げた。
「レベルは低いけど、ステータス高いし……スキルも超かっこいい!」
その目は、まるで少年が夢を掴んだように輝いていた。
「良かったじゃん、タケル!」サクラが笑顔を見せる。
「いや……でも、種族“フェンリル”って……なんだそれ?」
「なんだって⁉」ロイドの声が裏返る。
「フェ、フェンリルだって……!?」
目を見開き、机に身を乗り出す。
「そんな馬鹿な! これは“幻種”に近い存在ですよ!?
人間が所有するなんて前代未聞です! こんな場所で見られるとは……ワンダフル!」
「またテンション上がったわね」サクラが苦笑する。
「完全に商人モードだな」アキラが呟いた。
ロイドは興奮を抑えきれず、早口で続けた。
「ですが……おかしいですな。保護報告には“狼族の親の亡骸の傍で見つかった”とありました。
本当の親とはぐれ、たまたま狼族の群れに紛れていたのかもしれませんね」
そして急に真剣な目をして言った。
「――タケルさん。この子を……私に譲っていただけませんか?
百……いや、百五十万ミラで買い取ります!」
「えええ!? 百五十!? すげぇ……いやでも、絶対売らない!」
タケルはフェルリンを抱き上げ、きっぱりと言った。
「この子と、これから旅に出るんだ!」
ロイドは一瞬沈黙し、そして笑い出した。
「冗談ですよ! 最終試験――合格です。
その子を大事にする決意、確かに感じました。
どうか……その子の未来を見届けてやってください」
「なんか感動的にまとめたけど、さっき本気で買おうとしてたよね」サクラが突っ込む。
ロイドは照れ笑いを浮かべ、軽く肩をすくめた。
「……はは、商売人の性ですよ。ですが、本気で心配もしています」
「心配?」タケルが首をかしげる。
ロイドの声が少し低くなる。
「――その子と旅をしていると、厄介ごとに巻き込まれるかもしれません。
とくに“名のある牙”を欲しがる連中には、ね」
その瞬間、フェルリンの青い瞳の奥で、細い月光がきらりと走った。
ロイドは小さく息をのむ。
「……やはり“狙われる匂い”がします。これは、普通じゃない」
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