第68話 クロ骨の奇跡 ― 小さな命の目覚め ―
展示区の空気はどこか重く、鳴き声もほとんどなかった。
光が届く場所では元気なミラモンが穏やかに眠っている。
けれど、奥へ進むほど照明が少なくなり――まるで希望が遠のいていくようだった。
ロイドが立ち止まり、申し訳なさそうに言う。
「ここでもダメでしたか。我々としても協力したいのは山々なんですが、紹介できるミラモンがおりません」
タケルは肩を落とし、深いため息をついた。
「そっか……。ここまで来たのに……」
「やってみたけど、ダメだったんだから仕方ないよ」アキラが優しく言う。
「とりあえず、今回はモチで試験を受ける方向で考えよう」
その時、サクラがふと奥を指さした。
「ねえ、あの先は?」
そこには暗い通路があった。
奥からは風のような、息のような、かすかな音が聞こえる。
ロイドは少し間を置き、真剣な表情に変わる。
「……あそこは“終の部屋”と呼ばれている場所です。
もう長く生きられない子たち――どんな治療も届かないミラモンたちを安置しています。
販売にも出せず、我々が最後を看取るための区画です」
その言葉に、タケルたちは息をのんだ。
「通常はお見せしませんが……もし気分を害されても構わないなら、案内しますか?」
「見せてください」アキラが迷わず答えた。
「俺たち、ミラモンの裏側は何も知らない。見なきゃいけない気がする」
ロイドは頷き、静かに扉を開いた。
⸻
薄暗い部屋。
結晶灯が点々と浮かび、淡い光が床を照らす。
数体のミラモンが横たわり、静かに呼吸をしている。
タケルが足を止めた。
小さなケージの中――
白銀に近い毛並みが、かすかに揺れていた。
その頭には、黒くて丸い耳。
弱った子犬型ミラモン。
目を閉じ、かすかに息をしている。
「こいつは……」
ロイドが悲しげに頷く。
「この子は親が討伐され、保護されてここに来ました。
人間に心を閉ざしていて、餌も何日も食べません。
正直、あと数日だと思われます」
「かわいそうに……」サクラが小さく呟いた。
「目つきが鋭いな」アキラが眉をひそめる。「完全に人間を警戒してる」
タケルがそっと話しかける。
「……大丈夫だよ。怖くないって」
しかし、子犬型ミラモンは唸り声をあげ、体を丸めた。
その声は、かすれるほど弱かった。
「近づくと威嚇します。ただ、その威嚇ももう長くは続きません」ロイドが言う。
「餌も何をあげても食べず……私たちには、どうにもできませんでした」
タケルは少し考え、モンマスをバインダー型に展開させた。
「オープン! セット!」
旅の間に集めた食材を取り出す。
「《クリスタル茸》の炙り串! 干した《ウロコ魚》! そして《シェルナッツ》のロースト!」
次々に並べるが、子犬型ミラモンは反応しない。
「……やっぱり、食べないわね」サクラが首を振る。
「そうなんですよ。何をあげてもダメで……」ロイドも肩を落とす。
タケルは苦笑し、ぽんと手を打った。
「えい、やけだ! これならどうだ!」
取り出したのは――虫歯になりにくい《クロ骨》。
「おいおい……」アキラが顔を覆う。
「それ、始まりの町で“幸運の骨”って騙されて買ったやつだろ!」
「タケル、いくらなんでもそれは――」サクラが止めかけた。
「うるせぇ! 奇跡は信じるもんだ!」
その瞬間。
子犬の耳が、ぴくりと動いた。
小さな前足が、一歩。
そして――そっと鼻先を近づけた。
ロイドの目が見開かれる。
「う、動いた……!?」
サクラ「まさか、クロ骨を……食べた!?」
アキラ「タケル……お前、ほんとに……!」
弱った子犬は、ゆっくりとクロ骨を噛み砕き、口を動かした。
その瞳に、ほんの一瞬だけ光が宿ったように見えた。
「……すごい」サクラが呟く。
ロイドが感極まったように手を合わせた。
「こんなこと、ありえません……エクセレント! まさに奇跡です!」
やがて子犬は食べ終えると、再び丸くなった。
モンマスには何の通知も来ていない。
タケルは静かに言った。
「ロイドのおっちゃん。この子……俺、仲間にしたい。また明日も来ていいか?」
ロイドは、笑って涙をぬぐった。
「ええ、もちろんです。この子が少しでも助かるなら、これほど嬉しいことはありませんよ」
⸻
それからの十日間。
タケルは草原でのレベル上げを終えると、必ず販売所に通い、子犬に《クロ骨》を渡した。
最初は反応のなかったその小さな命が――少しずつ、少しずつ、目に力を取り戻していく。
そして、十日目の夕暮れ。
ケージの中で、子犬のしっぽが――はじめて動いた。
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――“一期一ミラ”。
それは偶然ではなく、確かに“出会うべくして出会った”奇跡だった。
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