第58話 風の塔 ―守護者の目覚め― ログアウト不可区域 PART10
――音が、消えた。
さっきまで暴れていた風が、嘘のように止んでいる。
風も、足音も、誰の息づかいさえも消えた。
ただ、床を走る紋様の光だけが、生きているように脈動している。
タケルたちは、その場から動けなかった。
体が圧に押し潰されるようで、呼吸することすら難しい。
「……なんだ、この圧は……!」
K-47が低く唸る。
塔の壁が淡く光を帯び、鼓動のように波打った。
空間を漂う光の粒が、まるで星屑のように舞い上がる。
「……綺麗……でも、怖い……」
サクラが震える声で呟いた。
その中心で、ララの青いリボンが光を吸い込む。
風が彼女のリボンをやさしくなで――塔がまるで“彼女に応えている”ようだった。
《システム音:〈風の塔 ガーディアン・プロトコル起動〉》
⸻
奥の壁が崩れ、渦巻く風が塔の中心に集う。
その中に、何か巨大な影が姿を現した。
空気が一瞬、止まる。
風の中から、鐘のような音が響いた。
――それは、“塔を統べる風の守護者”の顕現だった。
《ガーディアン・ゼフィール》
竜巻と石像が融合した、風の巨像。
塔の守護者にして、塔そのものの意思。
「か、ぜ……敵対者、排除プログラム……移行」
低く響く声が、空間全体を震わせた。
「チッ……守護者だと!? あの噂は本当だったのか!」
K-47の表情が強張る。
⸻
「ごちゃごちゃうるせぇ! コイツからやるぞ!」
手下が叫び、三体のミラモンが動いた。
《スネアバイン》が蔦で巨体を絡め取り、
《ガーグロウ》が上空から石の弾丸を撃ち下ろす。
《ダークハウンド》が下から突進し、牙を立てる。
爆風が塔を揺らし、煙が充満した。
「やったぜ! これで……!」
手下の笑い声。
しかし、煙が晴れた瞬間――
ゼフィールは無傷のまま、そこに立っていた。
赤い目がゆっくりと開く。
「……排除します」
「うそだろ!? 効いてねぇ!?」
ゼフィールの手がゆらりと上がり、空気が歪む。
「汝、穢れを祓え……
《風聖域ストーム・ゼロスフィア》!」
瞬間、塔全体が白い光に包まれた。
《スネアバイン》《ガーグロウ》《ダークハウンド》が一瞬で風に拘束され、
霧のように消滅していく。
「うわっ!? モンマスが……エラーだ!」
「やめろォォォッ!」
黒影盗団のモンマスが次々とシステムエラーで消滅。
手下たちは光となって強制ログアウトしていった。
「離れろ! あの聖域に入るな――!」
K-47が叫ぶより早く、第二波の風が吹き荒れ、
残りの手下をまとめて飲み込み、光に変えた。
⸻
「なんだ……この風圧はっ!?」
タケルは腕で顔をかばいながら叫んだ。
その横で、ララのリボンが一層強く輝く。
「ララ!?」
アキラが振り返る。
ゼフィールの目がララを捉えた。
「風との親和性を確認。
種族 :スプリントラビット
対象者:ララ」
ララの耳の奥に、優しい声が届く。
『風に選ばれし者よ──汝の心、塔に届きし』
ララはかすかに笑ったように見えた。
《システム音:〈風属性適合値 クリア〉》
風がララを中心に渦を巻き、
リボンが光の輪を描いて、塔全体が眩い風光に包まれた。
「ララちゃん!」
サクラが駆け寄る。
ララは静かに目を閉じ、そのまま崩れ落ちた。
⸻
「……な、何をした……!?」
K-47が目を見開く。
ゼフィールの赤い瞳が、ゆっくりと彼の方へ向いた。
「敵対者、確認。排除プロトコル……継続」
「チッ、これは……やばい」
K-47はモンマスをバインダー型に展開させ、カードを高く放った。
「――オープン! 《種族同化》!」
黒い影が彼の体を包み、姿が第二種族の《ダークパンサー》へと変わる。
闇が広がり、空間を歪ませた。
「今日は引き下がるが……次に会うときは容赦しねぇ。
ララ、お前は必ず俺のモノにする。――それが黒影盗団の流儀だ」
その言葉を残し、K-47の体は闇に溶け、
霧のように掻き消えた。
ゼフィールが腕を下ろし、静かに告げる。
「敵対者排除完了。……修復プログラムに移行」
暴風が徐々に静まり、塔の中に“春の風”のような温もりが流れ始めた。
⸻
破壊された床が、光の糸のような筋で少しずつ修復されていく。
アキラが息を整えながら呟いた。
「……助かったのか……?」
タケルたちはその場に座り込み、しばらく言葉を失っていた。
「……生きてる……?」
サクラが小さく笑った。
タケルはララを見下ろしながら、そっと拳を握る。
「ララが……助けてくれたんだ」
リボンの光が消え、淡い羽のような粒子が漂う。
ララは意識を失ったまま、静かに眠っていた。
「塔が……彼女を“認めた”のかもしれないな」
アキラの言葉に、誰もがうなずいた。
外から光が差し込み、風が塔を抜けていく。
空はもう、嵐ではなかった。
タケルのモンマスが小さく点滅する。
《通知:風の塔 試練クリア
称号:風と共に歩む者を授与します》
「……いや、勝ってないけど!?」
タケルがずっこけた。
すると、モンマスがピコンと光る。
《確認:称号を辞退しますか?》
「えっ、いや、そういう意味じゃ――」
《辞退確認中…… 称号:剥奪しました》
「えっ⁉ えぇぇぇぇーーっ!?」
タケルの悲鳴が塔にこだまする。
サクラが肩をすくめて苦笑した。
「そういうとこまで、ほんとゲームっぽいのね……。どこまで本当なのかしら」
アキラはため息をつきながら笑う。
「次は“取り返す試練”でも出てくるんじゃないか?」
風が、塔の外へと流れていく。
新しい空。 新しい風。
塔の試練を越えた少年たちは、再び立ち上がる。




