第57話 風の塔 ―崩壊の兆し― ログアウト不可区域 PART9
――風が、荒れていた。
塔の中に吹きこむ突風が、戦場の熱をさらにかき立てる。
タケルたち三人と黒影盗団。
中央制御室が、完全なバトルフィールドと化していた。
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「モチ! いけぇっ!」
タケルの声とともに、粘着弾が飛ぶ。
床を這うように広がり、黒狼の足元を固めた。
「チヨちゃん、今よ!」
「心得たでござるっ!」
チヨが分身を繰り出し、スネアバインの根を誘う。
動きを読んだクロウルガーが風刃を放ち、三体目の《ガーグロウ》を吹き飛ばした。
風と粘着と分身――完璧な連携。
短い間だけど、まるで三人の呼吸が一つになっているようだった。
「……見たか、アキラ。俺たち、強くなったよな!」
「うん。今の俺たちなら――!」
サクラも嬉しそうに笑う。
希望の光が、確かに差し込んでいた。
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しかし、それも束の間だった。
黒狼が低く唸る。
その動きが急に速くなり、粘着弾を難なくかわした。
それと同時に、背後の《ガーグロウ》が石の翼を広げ、空気を震わせる。
塔の天井付近で、三体の影がトライアングルのように陣を取った。
続けて、蔦の魔獣の根が壁と連動して動き出す。
塔そのものが呼吸しているかのように、根が床を這い、チヨの分身をまとめて飲み込んだ。
「なにっ!?」
「チヨちゃん、下がって!」
サクラの叫びも届かない。
《ガーグロウ》が翼を打ち鳴らし、石の破片を撒き散らす。
衝撃波のような風圧がクロウルガーを襲い、一瞬ふらつかせた。
「……くっ!」
アキラが顔をしかめる。
連携が崩れ、息が合わなくなっていく。
K-47が冷笑を浮かべた。
「それで限界か? “経験不足”ってやつだな」
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「まだ終わってない!」
アキラはモンマスをバインダー型に展開した。
「オープン!」
指先でカードを一枚、上へと放る。
「《戦闘カード:成長する刃》!」
光が走り、木の棒のような武器が手の中に現れる。
「なんだ? その棒? おもちゃかよ!」
盗団たちが笑い声を上げた。
アキラは静かに構えた。
「……笑えばいい。これは、俺の覚悟の形だ」
棒が淡く光り、金属音を鳴らす。
刃が形を変え、短剣へ――そして長剣へと進化していく。
まるで意志を持つかのように刃がうなり、風の流れさえ切り裂いた。
アキラの目に、かすかな希望の光が宿る。
アキラが踏み込み、スネアバインの根を一閃。
クロウルガーの周囲を覆っていた束縛を切り裂く。
「やった――!」
だが、切断面がすぐに再生した。
アキラの瞳が見開かれる。
「くそっ……再生が早すぎる!」
再生した根が逆にしなり、成長する刃を叩きつけた。
金属音が鳴り、刃が軋み――そして光を失う。
パキンッ。
音を立てて木の棒へと戻り、そのまま光となってモンマスへと吸い込まれていった。
「くっ……強すぎる……!」
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スネアバインの根が鞭のように振り下ろされ、サクラに迫る。
チヨがその前に飛び出した。
「サクラ殿っ、逃げるでござるぅぅ!」
直後、激しい光が弾けた。
チヨの体が砕け、抱きしめたサクラの腕の中で光の粒子となって消えていく。
「むねんでござるぅぅぅぅ!!」
消えた光の一粒が、ララの足元へと流れ、淡く揺れた。
ララの耳が一瞬だけぴくりと反応する。
「チヨーーーッ!!」
サクラの悲鳴が塔に響く。
彼女の手と声が、激しく震えていた。
「ア、アクセス……リ、リリーフェア、出て! お願いっ!」
サクラがリリーフェアを召喚するも、先ほどの一撃でみんなの体が固まっていた。
恐怖と疲労で、動きが鈍い。
しばらく防戦したが――
攻撃が遅れ、モチも傷だらけの体を丸める。
「もういい……モチ、これ以上は戦えない……」
「リリーも……動けない……」
アキラも膝をつき、歯を食いしばる。
「……ここまで、か」
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K-47がゆっくりと前に出る。
「遊びは終わりだ。情はいらん。――俺らに楯突いた怖さ、骨に刻め」
その声と同時に、敵ミラモンの刃がタケルたちを襲う。
その瞬間――
「待って!!」
ララが前へ飛び出した。
青いリボンが激しく揺れる。
「私を連れていって! 奴隷にでも、何でもする!
だから、この子たちには手を出さないで!!」
「ララ……っ!」
タケルが目を見開く。
サクラも叫んだ。
「そんなの、ダメよララちゃん!」
K-47は冷たく笑う。
「最初からそうすりゃ良かったんだよ。
ララ、お前の心意気に免じて、当初の要求通り――ミラとお前をもらう。
それとな、当面は馬車馬のようにこき使うから、そのつもりでいろ」
「……わかった。だから、もう攻撃はやめて」
ララの声は小さく震えていた。
その表情を見て、タケルは拳を握りしめる。
「くそ……! 俺、何も出来なかった……!」
⸻
その時だった。
塔の奥で、
何かが軋んだ。
ゴゴ……ッ、
と腹の底に響くような低音が、壁の内側を這う。
次の瞬間。
塔全体が、ひとつ息を吸った。
ひび。
壁に、白い亀裂が走る。
そこから、細い光がにじんだ。
遅れて、風が吹き出す。
冷たいのに、
どこか熱を帯びたような、妙な風だった。
床の紋様が、淡く明滅する。
ひとつ。
またひとつ。
まるで、
眠っていたものが、順番に目を開けていくみたいに。
「な、なんだ……!」
K-47が、初めて一歩退いた。
返事はない。
ただ、
空気だけが震えていた。
裂け目から吹き出した風が、
ララの青いリボンをふわりと持ち上げる。
その青だけが、
暗くなりかけた塔の中で、不自然なくらい鮮やかだった。
――ピタリ。
風が、止む。
音も消えた。
誰の息遣いも、
装置の唸りも、
さっきまで確かに鳴っていたはずの戦いの名残すら、消える。
静寂の底で。
ドクン。
塔の奥から、
何かの鼓動だけが響いた。
もう一度。
ドクン。
ララの耳が、ぴくりと揺れる。
誰も、声を出せなかった。
まるで塔のどこかで、
ずっと眠っていた“何か”が、
今になって、こちらを見たような気がした。




