第56話 風の塔 ―譲歩― ログアウト不可区域 PART8
――風が、塔の中をざわめかせた。
中央制御室に、張りつめた空気が流れている。
黒影盗団のリーダー・K-47は、じっとタケルたちを見据えた。
その瞳には、嵐より冷たい光が宿っていた。
「嫌がっているララを無理やり従わせるなんて、卑劣すぎるぞ!」
タケルが叫ぶ。
K-47はわずかに眉を動かし、低く笑った。
「……お前らが新人の冒険者じゃなかったらな。
あの“赤電のロラン”と同じ目に合わせてやったところだ」
――包帯に覆われ、動かないロラン足。
3人の脳裏に、あの男の姿がよぎった。
空気が一段と重くなる。
K-47の声が、低く沈み込むように響いた。
「俺らから逃げられると思うな。無駄な希望は今すぐ捨てろ。
これが――俺たちなりの“最大の譲歩”だ」
サクラが小さく息をのむ。
「……ララちゃんを渡せば、私たちは助かる。けど……」
K-47はゆっくりとフードを下ろした。
傷だらけの頬、鋭く光る眼。
「この時期にログアウト不可地帯を抜けようとするなんざ、普通の新人じゃねえ。
ギルド推薦組か、あるいは――グランディア中央学院の入学候補。違うか?」
タケルたちは息を呑んだ。
K-47の口元が、わずかに吊り上がる。
「図星か。……なら、尚更お前らの人生をここで“終わらせたくない”。」
「だから言ってやる――抵抗せず、素直に差し出せ」
手下たちがニヤつく。
「さすがリーダー! 優しすぎっすよ、ほんと」
「お前らこんなチャンス、滅多にないでちゅよ〜?
ありがたく思えって話!」
K-47は片手を上げ、冷たく言った。
「ミラとララを渡せば終わる話だ。
渡さないなら……どのみち“ここでは生き残れねえ”」
タケルの拳が震える。
悔しさと恐怖が入り混じり、喉の奥が熱くなった。
K-47が一歩、近づく。
「さあ、長話は終わりだ。結論を出そうか――?」
⸻
アキラが、静かに息を吐いた。
「……ふー」
(ミラとララを渡せば、助かる道はある。
けど、それでいいのか?
仲間を見捨てて、何を守れる……?)
重たい沈黙。
その中で、タケルが口を開いた。
「嫌がってるララを渡したら……“バトルで世界一”なんて夢のままだ。
でも……正直、痛いのも怖い」
その正直さに、サクラが小さく笑う。
「ふふ、タケルらしいね。
でも、ここで悪に屈したら、“育成で有名になる”夢も遠ざかりそう。
だから――私も戦う」
アキラが目を閉じ、静かに頷いた。
「……決まりだな。ここでこいつらと戦う。
夢を、譲るわけにはいかない」
「みんな……ありがとう」
ララが震える声で呟いた。
青いリボンが、風を受けてふわりと揺れる。
⸻
K-47が片腕を広げた。
「なるほど。覚悟は決まったらしいな。
……お前ら、手加減はいらん。ミラリアの恐ろしさを、甘ちゃんどもに見せてやれ」
「了解ッ!」
手下たちが一斉に叫ぶ。
黒い光が床を走り、塔の内部が一気に戦場へと変わった。
鉄の匂い、風の唸り――塔そのものが息を荒げている。
「アクセス!」
盗賊たちのモンマスがタブレット型に変形し、
次々にミラモンを召喚する。
黒い光陣が三つ、床に浮かんだ。
そこから立ちのぼる煙の中、鋭い爪音と低い唸り。
一体目――《ダークハウンド》。
漆黒の毛並みに、鉄の首輪をつけた狼型ミラモン。
眼光は赤く、口からは黒い霧を漏らしている。
群れで狩る習性を持ち、獲物を逃がさない嗅覚を誇る。
二体目――《スネアバイン》。
蔦と棘が絡まった植物系ミラモン。
地面から無数の根を伸ばし、動きを封じる。
蔦の表面には吸盤のような模様があり、掴まれれば逃げられない。
三体目――《ガーグロウ》。
風化した石像のような外見のミラモン。
翼を広げ、石の破片を撒き散らしながら浮遊する。
物理攻撃には強いが、音や衝撃に弱いという癖がある。
塔全体が低く唸った。
石の床を打つ足音と、鉄を擦るような声。
空気が重くなるたび、光が一段暗く沈んでいく。
「強そうね……」
サクラの声が震える。
だがアキラは、わずかに笑った。
「強い敵ほど、燃える。行くぞ――!」
掛け声と同時に、三人のモンマスが展開される。
光が弾け、《モチ》《チヨ》《クロウルガー》が姿を現した。
塔の内部を埋め尽くす風の渦が、三人の覚悟を試すように唸り始める。
「サクラ殿、相手が悪すぎるでござるよ!」
「そんなの分かってるわ! いいから行きなさい!」
塔全体が鳴動した。
風と光と、戦いの火花が交差する。
――ここから先は、逃げ場のない“現実のバトルフィールド”。
ミラリアの風が、再び吠えた。




