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第54話 風の塔 ―暴風の中の決断― ログアウト不可区域 PART6

 ――風が、唸っていた。


耳鳴りが止まらない。

 風が声を奪い、世界が灰色にかすむ。

 空が裂け、雷が地を震わせ、雨が斜めに叩きつけた。


 息を吸うだけで肺が痛い。

 風は壁のように押し寄せ、立っていることすら挑戦だった。


「どんどん近付いてくる……!」

 タケルが叫ぶ。


 視界の先、黒雲がうねりながら迫ってくる。

 まるで“世界の端”が歩いてくるような錯覚。


「……テンペスト・スコールの中心域ね」

 ララが風に押されながら顔をしかめた。


「アキラ、どうするの!?」サクラが声を張る。

「このままじゃ――!」


「風に逆らうな! 伏せろ!」

 アキラが叫ぶ。


 雷が、すぐ近くの木を焼いた。

 焦げた匂いが一瞬で流れ去る。


「アキラ……っ、ヤバいよ、これ……!」

「分かってる! ララ、風の塔まではあとどのくらいだ!?」


「――あそこの丘の頂上!」

 ララが指を差す。

 稲光が丘を照らし、その輪郭が一瞬だけ浮かび上がった。


「あの建物だな。全力で走れ!」


「アキラ! タケルが遅れてる!」

 サクラの声が風にちぎられる。


 タケルは膝をつき、必死に前へ進んでいた。

「ちょ、ちょっと待って……もう力がでない! 前に進めない……!」


「仕方ない……!」

 アキラが腕のモンマスを展開する。


「アクセス――クロウルガーッ!」


 地上に光の陣が浮かび、雷を裂いて黒影が現れる。

 《クロウルガー》が風を切り裂き、嵐を二つに割った。


 グルルル――ッ!


「クロウルガー!」

 アキラが叫ぶ。「タケルを背に乗せて、丘の上まで頼む!」


 ガォオオッ!


 クロウルガーは風をかき分け、タケルの前に身を伏せた。

「お、おぉ……! ありがとう!」

 タケルは急いで飛び乗る。


 瞬間、黒影が暴風の中を駆け上がった。

 雷光が背後を照らし、風が身体をえぐる。


「アキラ、こっちだー!」

 丘の頂上、風の塔の前でタケルが手を振る。


「さっきまでゼェゼェ言ってたのに、そんな元気なら歩けよ」

 アキラが苦笑する。


 三人もなんとか追いつき、ようやく――風の塔の前へたどり着いた。


「ここか……?」

「そうよ」ララが息を整える。


 塔は風に削られた古代建築のようで、白い壁はひび割れ、内部から低く唸る音がしていた。


「タケル、いつまでクロウルガーに背負われてるの?」

 サクラが半笑いで突っ込む。


「え? あ、ああ……」

 タケルは慌てて飛び降りた。

「ありがとう、クロウルガー! 本当に助かった!」


 クロウルガーは嬉しそうにしっぽを振り、アキラのモンマスへと戻っていった。

 光の粒が風に溶け、静かに消える。


 ――嵐が息を潜めた。

 扉の外では、世界が怒り狂っていた。

 けれどこの中だけが、まるで時間を拒んでいるようだった。


 風の塔の前は、風そのものが息を潜めているようだった。


「これから何が起こるか分からん。……注意して中に入ろう」

 アキラが低く言う。


 ララが頷く。

「“風の塔”の内部は、私も入ったことないの」


「未知の領域ね」サクラが呟く。


 塔の扉がきしみながら開く。

 中から、淡い青光が漏れ出した。


 風の音が、誘うように鳴った。


 ――


 扉が閉まった瞬間、嵐の音がスッと消えた。

 外の咆哮が遠ざかり、代わりに塔の奥から冷たい風が流れ込む。

 その風には、どこか“意志”のようなものがあった。


「すげー……風が動いてるのが見える」

 タケルが息をのむ。


 壁の中を、光の筋が脈動していた。

透明な管の中を、風が血流のように流れ、光が鼓動を刻んでいる。

 塔全体が、まるで巨大な生き物のように呼吸していた。


「……塔の中は外より静かね」

 サクラの声がやけに大きく響く。


「油断するな」アキラが低く言った。

「この足跡……最近のものだ。誰かが出入りしてた」


 ララの耳がピクリと動く。

「風の流れも妙。……どこかで逆流してる」


 数分歩くと、古びたプレートが見えた。

 “中央制御室”。


「ここが……塔の心臓部か」アキラが呟く。

「風を生み出していた場所……“心臓部”かしらね」ララの声が重なる。


 扉を押し開けると、そこは広大な円形ホールだった。

 中央に、浮かぶようにして巨大な球体装置。

 風と光がゆるやかに渦を描いているが、動いているのか止まっているのか分からない。

 まるで“眠っている”ようだった。


「……停止中のままね」

 サクラが制御盤を見つめる。

「けど、完全には死んでない。微かに反応してる」


 アキラが制御盤に触れた瞬間、突如起動し始めた。


《制御信号:外部干渉中。状態――不安定》


制御盤が低く唸るように光を放つ。

「外部干渉……俺たち以外に誰か、この塔にいるのか?」


 タケルの顔がこわばる。

「まさか……黒影盗団?」


 ララが小さく首を振る。

「それだけじゃないかもしれない。……この塔の内部の風が、外の嵐と同じ“波長”で乱れてるみたいなの」

「外のテンペスト・スコールを起こしてるのは――この塔の誰かかもしれない」


その時、塔の奥で――金属の擦れる音がした。

――カン……ッ。


自分たちが入ってきた方向。

扉が、誰の手にも触れられていないのに、ゆっくりと……開いていく音がした。


 同時に、モンマスの画面が真紅に変わる。

《警告:敵対者ユーザー“K-47”接近中》

《追記:複数の反応を確認》


 さらに中央制御盤が警告を表示。

《制御信号:敵対の意思を確認。状態――防御体制へ移行》


「なに……⁉︎」アキラが顔を上げる。

「どういうことだ? 塔の外から?」


「俺たちの匂いがもう奴らにバレたのか」


 サクラが息を呑む。

「外は壮絶な嵐のはずよ……それなのに」

「奴らのテリトリーの中ってわけね」ララが低く答えた。


 外の雷鳴が、再び塔を照らす。


「……逃げ道、ないな」

 アキラが静かに言った。

「だったら、ここで迎え撃つ」


 その声に、全員がうなずいた。


 ――外では、嵐が再び吠えた。

塔が、ゆっくりと目を覚ます。

 そして風が、世界の意思を運び始めた。


 

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