第121話 モチがいない
モチは、少し離れた場所にいた。
ぷるん、と小さく揺れている。
けれど。
タケルの近くには来ない。
「……まあ」
タケルは、わざと軽い声を出した。
「そのうち戻ってくるだろ」
サクラが、不安そうにモチを見る。
アキラは何も言わなかった。
ただ、静かに空気だけを見ていた。
⸻
翌日。
タケルは、いつものようにモンマスを構える。
「アクセス! モチ!」
――ピコン!
【指定したミラモンは呼び出しを拒否しています】
「は?」
タケルが眉をひそめる。
「……あいつ」
「いつまで、すねてるんだよ」
少しイラついたように言う。
「もういいや」
「ルー出そう」
タケルは、すぐに切り替える。
「アクセス! ルー!」
――ピコン!
【エラー】
【モンマスランク不足】
【同時召喚にはランク5が必要です】
「……あれ?」
タケルが画面を見る。
もう一度押す。
――ピコン!
【現在、別ミラモン契約中です】
「え?」
「なんで出せないんだよ」
アキラが横から覗き込む。
「モチが、まだ契約状態だからだ」
「……契約?」
「二体同時召喚は、モンマスランク5の解放特典だ」
そう言って、
アキラはモンマスを前へ掲げる。
「アクセス! クロウルガー、ララ!」
青と黒の光が弾けた。
「今日もどっちが速いか勝負よ!」
ララが風のリボンを揺らす。
「ガオー!」
クロウルガーも低く吠えた。
次の瞬間。
二体が同時に駆け出す。
――ドドドッ!
草原の草が、一気になぎ倒される。
「ちょ、ここで競争始めるな!」
アキラが即座に止めた。
ララはけらけら笑った。
「えー、つまんない」
クロウルガーも、
まだ走りたそうに地面を掻いている。
アキラは、小さくため息を吐いた。
「……同時召喚すると、毎回これだ」
それから、
タケルへ視線を戻す。
「だから、今はまだ無理だ」
タケルは、画面を見つめた。
「……何もできないじゃん」
その声は、
思っていたより小さかった。
⸻
二日目。
サクラが、不安そうに聞く。
「……モチ、まだ?」
「なんか、戻ってこない」
タケルは、ぼそっと答えた。
昨日より、
声に元気がない。
「今日は、もういいや」
「なんか、やる気出ない」
少し間を置いて。
「……戻る」
タケルはモンマスを前へ出した。
「ミラリア・リターン」
光が、タケルを包む。
⸻
現実世界。
タケルは自宅へ戻った。
けれど、家にいる気にはなれなかった。
その足で、
祖父の家へ向かう。
「おう、タケル」
祖父が笑う。
「どうした。元気ないのう」
「……ちょっとさ」
タケルは、椅子へ座り込む。
「もうすぐ、グランディア中央学院入学なのに」
「俺だけ、ミラモン呼べなかったらどうしよう」
祖父は、静かにお茶を置いた。
「ほう」
「モチが、戻ってこないんだ」
「召喚も拒否されるし……」
タケルは、頭をかいた。
「このままじゃ」
「学院で何もできない」
祖父は、少し黙っていた。
それから、ゆっくり言う。
「……タケル」
「ん?」
「お前さん」
「相棒が帰ってこないことより」
一拍。
「自分が困ることの方を、先に心配しておらんか?」
タケルの動きが、止まった。
「……え」
祖父は、静かに続ける。
「ガイアスが強かったのはな」
「強いミラモンを持っていたからじゃない」
「……」
「信じとったからじゃ」
部屋が、静かになる。
タケルは、
何も言えなかった。
⸻
三日目。
タケルは、ぼんやりと空を見ていた。
モンマスが、静かに光る。
――ピコン。
【契約解除申請】
【対象:モチ】
タケルの目が、止まる。
「……は?」
次の瞬間。
――ピコン。
【受理されました】
空気が、止まった。
「……え?」
タケルの声が、かすれる。
「受理って……」
サクラが、息を呑む。
アキラの表情も変わる。
タケルは、無理やり笑った。
「……別に」
誰も、反応しない。
「ルーもいるし」
「また……探せば……」
その瞬間。
「タケル!」
サクラが、強く声を上げた。
タケルが、びくっとする。
「今のは、言っちゃダメ!」
「……っ」
サクラの目は、本気で怒っていた。
「モチ、ずっと頑張ってたじゃない!」
「でも……!」
タケルも声を荒げる。
「あと少しだったんだぞ!」
「レベル5になれてたら!」
「まだそんなこと言うの!?」
空気が、張りつめる。
アキラが、静かに口を開いた。
「……お前、本気で言ってるのか」
低い声だった。
タケルは、何も言えない。
サクラが、悔しそうに言う。
「タケルが困った時」
「いつも横にいたの、誰だった?」
その言葉と同時に。
タケルの胸の奥で、
何かが、きゅっと縮んだ。
白い空間。
「ごめんね、タケル」
「今回は、まったく引っかからなかったにゃ」
ミラッチの声。
何も持たないまま、
始まりの扉をくぐった自分。
それから――
泥だらけで、
小さなスライムに頭を下げた日。
「……俺で、本当にいいのか?」
ぷるん。
あの時、モチは逃げなかった。
弱いと言われた日も。
倒れて、笑われた日も。
何度も転がりながら、
それでも横で跳ねていた。
モチが解析してくれた戦い。
ぷるん、と返事をしてくれた日々。
いつも、
そこにいた。
アキラが、タケルを見る。
「自分のミラモンを信じられなくて」
静かな声。
でも、重い。
「ガイアスみたいなバトルマスターになれるのか?」
祖父の言葉が、重なる。
――信じとったからじゃ。
タケルの視界が、揺れた。
「……俺」
声が、震える。
「モチのこと、全然見てなかった……」
唇を噛む。
「間違ってた」
拳を握る。
「モチに……謝らなきゃ」
サクラの表情が、少しだけ緩む。
アキラも、小さく頷いた。
タケルは、顔を上げる。
「探す」
声は、まだ震えていた。
「モチを、探す」
サクラが頷く。
「うん」
アキラも、静かに立ち上がった。
「行こう」
タケルは、拳を握る。
レベル5じゃない。
勝利でもない。
今、取り戻さなきゃいけないものは――
そこじゃなかった。




