第107話 説明しない案内人
――違和感は、胸の奥に引っかかったままだった。
草原は、さっきと変わらない。
風も吹いているし、空も青い。
なのに。
音だけが、少し遠い。
まるで、厚い膜を一枚挟んだ向こう側で鳴っているみたいだった。
空の色も、妙に動かない。
雲はあるのに、流れていない。
絵に描いた背景を、そのまま貼り付けたような――そんな感覚。
タケルは、足元を踏みしめる。
感触が、曖昧だった。
柔らかいのか、硬いのか、よく分からない。
(……閉じられたな)
言葉にはしなかったが、そう思った。
タケルは、目の前の小柄な影を見る。
「……で?」
「ここ、何なんだ?」
ミラッチは、軽く首をかしげた。
「うーん」
「“何か”って聞かれると、答えづらいな」
困ったように笑いながら、あっさり言う。
「ここはね」
「用意された場所だよ」
それ以上は、言わない。
試験とも、ミッションとも、クエストとも。
どれにも当てはまるようで、どれでもない。
アキラが、一歩前に出た。
「管理者って表示が出てた」
「条件は? 目的は?」
ミラッチは、間を置かずに答えた。
「それを説明したら」
「これは“試験”にならないでしょ?」
笑顔は崩れない。
けれど、線だけは、はっきり引かれていた。
「ここはね」
「“攻略”を見る場じゃない」
一拍。
「君たちが」
「どう対応するかを見る場なんだ」
サクラが、現実的に問いかける。
「じゃあ……」
「出られないの?」
ミラッチは、あっさり頷いた。
「うん」
「今は、無理だね」
少しだけ間を置いて、付け足す。
「正確には」
「“終わるまで”は」
タケルが口を開く前に、ミラッチが続けた。
「まあ、でも」
「タケル君がモンマスレベル5を諦めるなら、解除してもいいけど?」
にやっと、悪戯っぽい笑顔。
「やめる?」
「――やるに決まってんだろ!」
タケルは、即答だった。
「やればいいんだろ!」
「やるよ! やらせてくれ!」
ミラッチは、ぱちぱちと手を叩いた。
「いいね」
「その姿勢、好きだよ」
視界の端に、一瞬だけ表示が浮かぶ。
【試験進行中】
【離脱:不可】
タケルは舌打ちした。
「じゃあ、何すりゃいいんだよ」
ミラッチの表情が、ほんの少しだけ変わる。
ふざけた軽さが消え、底の見えない目になる。
「正解は、あるよ」
一拍。
「でも」
「答えは、一つじゃない」
「同じ答えに辿り着いても」
「辿り着き方が違えば、評価も違う」
タケルは、無意識に拳を握った。
効率。
近道。
勝ち方。
今まで頼ってきた言葉が、ここでは地雷になる気がした。
「じゃあ、ミラッチは何してくれんだ?」
問いかけると、ミラッチは即答する。
「案内はするよ」
「でも、助けはしない」
「間違っても」
「止めもしない」
肩をすくめて、淡々と告げた。
「それが――」
「案内人の仕事だから」
ミラッチは、一歩だけ後ろに下がる。
「準備ができたら」
「いつでも、始めていいよ」
「時間は」
「君たちが思ってるより、ずっと平等だから」
意味は、説明されない。
タケルは、深く息を吸った。
「……分かんねぇけど」
「立ち止まるわけにも、いかないよな」
そう言って、一歩前に出た。
――舞台は、もう用意されている。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
「答えは教えない。でも案内はする。」
ミラッチらしい試験が、いよいよ始まりました。
タケルたちがどんな答えを見つけるのか、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
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