第104話 動き出す理由
ミラリアの草原は、相変わらず穏やかだった。
風は柔らかく、空も高い。
――世界は、何も変わっていないように見える。
だが。
タケルは、何度目か分からない確認をするように、
モンマス管理端末を開いた。
【条件公開まで残り──71時間18分】
「……減ってるな」
ぽつりと呟く。
「そりゃ減るよ」
サクラが、当然のように返した。
「七十二時間なんて、長いようで短いよ」
「寝て、起きて、ちょっと訓練したら終わり」
タケルは端末から目を離さず言う。
「え、これさ」
「寝たら半分消えるやつだろ」
「消えるね」
サクラはあっさり頷いた。
アキラは少し離れた場所で、
自分の端末を操作しながら静かに考え込んでいた。
「同調率と連携値が未達なのは、事実だ」
「それは、もう表示されてる」
「でも――」
アキラは、言葉を切る。
「“詳細条件が非公開”っていうのが、引っかかる」
「数値だけなら、隠す意味がない」
タケルは顔を上げた。
「つまり?」
「つまり」
アキラは肩をすくめる。
「それだけじゃない可能性が高い」
「何かを“見ている”ミッションだ」
サクラが首を傾げる。
「見てる、って……」
「誰かが?」
「分からない」
アキラは正直に言った。
「分からないことが多すぎる」
「今は、結論を出せる材料が足りない」
沈黙が落ちる。
草原を吹き抜ける風の音だけが、
やけに大きく聞こえた。
「……じゃあさ」
タケルが、考え込むように頭を掻いた。
「とりあえず、博士に聞いてみる?」
「御影トオル博士なら、何か知ってるかも」
アキラは頷く。
「可能性はあるな」
「ちょっとズルい気もするけど」
サクラも言った。
「知らないよりは、いいよね」
タケルはモンマスを操作し、
タブレット型へと変形させる。
「アクセス。通話バッチ――」
「御影トオル博士」
一拍。
ブー……ツー……ツー……
【対象者は、現在通話領域に存在しません】
「あれ?」
タケルは首を傾げた。
「ダメみたいだ」
「忙しい人だしね」
サクラが言う。
「じゃあ次」
タケルはすぐ切り替えた。
「ロイドのおっちゃんに会いに行こう」
だが――
ギルドでも、酒場のマスターでも、
同じ答えが返ってきた。
「そんなミッションは聞いたことがない」
ルイだけは、少し楽しそうに笑った。
「君たち、本当に面白いね」
一瞬、考えるように視線を逸らし――
小さく、息を吐く。
「……なるほど」
「そこまで、来たんだ」
タケルたちの方を見るが、
それ以上は何も言わない。
「今は時間が取れないけど……」
「また一緒に冒険できたらいいな」
そう言って、軽く手を振った。
――結局。
手がかりは、何ひとつ得られなかった。
三人は草原に腰を下ろし、短く話し合った。
「今は、下手に動かない方がいい」
「待つしかない状況もある」
「だよな」
タケルは深く息を吐く。
「じゃあさ」
「普段通り、強くなるしかなくない?」
「それが一番合理的だな」
アキラが即答する。
「タケルの“普段通り”って」
サクラはくすっと笑った。
「たまに事件起こるけどね」
三人の間に、いつもの空気が戻る。
下手に動いても、答えは出ない。
ならば、その間にやることは一つだった。
それからの時間、
三人は草原でのトレーニングを続けた。
いつも通りの距離感で。
いつも通りのやり取りで。
――そして。
タケルが、ふと思い出したように口を開く。
「……これさ」
アキラとサクラが、視線を向ける。
「多分だけど」
「俺の問題なんだと思う」
アキラは、少しだけ驚いた顔をした。
「タケル?」
「いや、ほら」
タケルは苦笑いする。
「俺だけレベル5になれないし」
「俺にだけ来てるミッションだし」
「誰かに頼って解決するやつじゃない気がする」
サクラは、少し考えてから言った。
「……うん」
「タケルらしい答えかも」
アキラも小さく頷いた。
良い感じの雰囲気になりかけた時、
モチが、ぷるん、と足元に転がってくる。
「うわ、邪魔」
タケルが言うと、
モチは意味もなくぷるぷる震えた。
「モチなりに、何かタケルのこと心配してるんじゃない?」
サクラがくすっと笑う。
ーーー
それから、時間は過ぎていった。
草原の風が、何度も三人の間を通り抜けて。
【条件公開まで残り──3分】
「……もう、そんな時間か」
タケルは、端末を見つめる。
「いよいよだな」
「なんか、緊張してきた」
「今さら?」
サクラが呆れたように言う。
「トイレ行ってこようかな」
タケルが真剣な顔で言った。
「さっき行ったでしょ!」
【残り──2分】
風が、草原を撫でた。
三人はもう、言葉を交わさなかった。
ただ、その時を待っていた。
【残り──10秒】
タケルは、端末から目を離さなかった。
「……来るぞ」
数字が、静かに減っていく。
【9】
【8】
【7】
――そして。
【条件公開まで残り──0分】
画面が、一瞬だけ暗転した。
(続く)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
手がかりを探しても答えは見つからず、それでも前に進むしかない――そんなタケルらしい回でした。
いよいよカウントダウンも終了です。
次回から始まる新たな試練を、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
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