第100話 試験合格発表編① ――待つ時間
朝の空気は、やけに澄んでいた。
それが、今日という日を――
余計に意識させる。
「……ついに今日だな」
タケルは天井を見上げて、小さく呟いた。
「さすがに、緊張する」
心臓の音が、いつもより少しだけ大きい。
胸の奥が、落ち着かない。
そのとき。
ピコン。
タケルのモンマスが、控えめな音を立てた。
【今日まで、よく頑張ったな】
【ダメで元々。気軽にいこうぜ】
「……」
タケルは一瞬だけ画面を見つめてから、苦笑する。
「励まされてるのか、
テキトーに言われてるのか……」
少し考えて、
「まあ……ありがとう」
小さくそう言った。
その声に被さるように、廊下から声が飛んでくる。
「タケルー!
早くご飯食べなさい!」
「もうすぐアキラ君とサクラちゃん来る時間でしょ!」
「うわっ、もうそんな時間か!」
タケルは慌てて布団を抜け出した。
⸻
朝食をかき込むように食べ終えたころ、
玄関のチャイムが鳴った。
「来たみたいだね」
母が言う。
玄関には、アキラとサクラの姿があった。
「おはよう、タケル」
「おはよー!
今日は……その、いよいよだね」
「お、おう……」
タケルは笑おうとして、うまく笑えなかった。
その様子を見て、母がくすっと笑う。
「そんな顔してたら、
サクラちゃんに嫌われるわよ?」
「なっ……!」
「冗談冗談。
肩の力、抜きなさい」
そう言って、ぽんとタケルの背中を叩いた。
「結果が分かったら、すぐ教えてよ。
ご近所さんに自慢に行くから」
「母ちゃん、何やってるの!」
「ふふ、冗談よ」
そのやり取りを見ていた妹のサトが、
ぎゅっと拳を握る。
「にぃに、大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
「にぃに、ファイト!
今日も♪ かなり♪ 最高⤴︎だよ!」
「それ、どこで覚えたんだよ……」
タケルは苦笑しながら靴を履いた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
いつもと同じ言葉。
でも今日は、少しだけ重く聞こえた。
⸻
こうして、タケルたちはミラリアへ向かった。
《グランディア中央学院》の巨大な門が、視界に入る。
見上げるほど高い三重結界の壁。
雲を貫く白塔。
何度も見てきたはずなのに、
今日はやけに高く感じられた。
周囲には、同じように集まってきた受験生たち。
誰もが口数少なく、表情も硬い。
――待っている。
ただ、それだけの時間なのに。
空気は張りつめていた。
ふと、横を見ると――
門の脇で、数人の作業員が慌ただしく動いていた。
「おい、こっちは確認終わったか?」
「大丈夫だ。応急処置だけど、通行には問題ない」
一人が安堵したように息をつく。
「いやほんと……
こんな大事な日に、入場門のシステム異常なんてな」
「冷や汗かいたよ。
発表前に止まったりしたら、洒落にならない」
別の作業員が、苦笑いを浮かべた。
「まあまあ。
大きなトラブルに繋がらなかっただけ、運が良かった」
「だな。
あとは何事もなく終わってくれればいいんだが……」
そう言って、作業員たちは互いにうなずき合い、
足早にその場を離れていった。
門の前には、再び静けさが戻る。
「いよいよ、だな」
アキラが静かに言う。
「うん……緊張するけど、ちょっと楽しみでもあるね」
サクラはそう言って笑った。
「二人とも、メンタル鬼すぎない?」
タケルは肩を落とす。
「俺なんて、朝からトイレが友達だし」
「それは……ご愁傷さま」
アキラが真顔で言った。
「今、九時だ。
発表は十時からだったよね」
「だったら、先に中央アリーナで待とう」
「遅刻で合格取り消し、とか嫌だし」
「それは本当に嫌だ!」
タケルとサクラが声を揃えた。
⸻
中央アリーナ。
「合格発表をお待ちの方は、
こちらへどうぞ」
係員の案内に従い、受験生たちが集まっていく。
「……けっこう人いるね」
サクラが周囲を見回す。
そのとき――
「あっ!」
聞き覚えのある声がした。
「エリカちゃん?」
「サクラ!」
エリカが手を振る。
「エリカちゃんも、やっぱり来てたんだ」
「まあね。
一応、受けてたから」
「……“一応”で来れる場所じゃないと思うけど」
サクラが言うと、エリカは肩をすくめた。
「実はね。
私、頭いいのよ。天賦の才ってやつ?」
「……自分で言うんだ」
「本当よ」
エリカは小さく笑う。
「ユズルが何考えてるか分からないでしょ?
理解しようとしてたら、
自然とこうなっただけ」
「肝心のユズル君は?」
サクラが尋ねると、エリカは指を差した。
「あそこ」
視線の先。
少し離れた場所で、ユズルが立ち尽くしている。
動きが遅い。
一歩一歩が、やけに慎重だ。
「……牛歩みたい」
「極度の緊張よ」
エリカは苦笑する。
「今日なんて、朝六時には来てたんだから」
「それは……大変だね」
「ええ。
私たちは気にしないで、先に行って」
「うん。またね」
「お互い、うまくいきますように」
そう言って、二人は別れた。
⸻
中央アリーナの中。
まだ、何も始まっていない。
ただ、待つだけの時間。
――それなのに。
胸の奥が、ざわつく。
(……大丈夫だよな)
(ここまで来たんだ)
タケルは、そっと拳を握った。
時計の針が、
ゆっくりと十時に近づいていく。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
いよいよ合格発表当日。
待っているだけなのに落ち着かない、そんな空気を一緒に感じてもらえていたら嬉しいです。
次回、ついに結果発表です。
タケルたちの行く末を見届けていただけたら嬉しいです。




