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ノルド・ドラゴン  作者: 本藤侑
12/15

12.アルシング4


 3人は静まり返った森を進む。


 木々の隙間から暖かな木漏れ日が振りかかる気持ちのいい森なのだが、鳥の鳴き声一つもしないのは死んでいるようで気が滅入る。


 少なくとも気分が安らぐ類の静寂ではない。


「他の志願者が暴れまわったみたい。動物たちの声がまったく聴こえない」


 自己紹介でさえ兄のエギルに任せた無口な弟ユギルがぼそりと呟く。ユギルが指摘したことはリコネルも感じた。森が不自然なくらい静かであったのだ。


 原因は恐らく…。恐らくではあるのになんとなく確信がある。


 つまり、他の42人が獲物を探して暴れまわったのだろうということだ。リコネルのように森の狩りに慣れた者なら軽やかな身のこなしで音を立てずに素早く移動出来るが、ヴァイキングの中には規模の都市を築いて大規模な農業を行なっている部族もある。


 教官の話によるとそんな都市部のヴァイキングは森での狩りが得意ではない。もちろんどの部族も基本ステータスとして弓の扱いを良く心得ているが、森というフィールドに慣れていない為、獲物が捕れないらしい。それも足音がうるさくって動物が逃げていくんだとか。


 ただし、そのせいで魔物は良く寄って来るらしい。そのようではおちおち狩りなんて出来っこない。森に入ると魔物に襲われるのだから。なるほど、だから森での狩りは不得手だと。


 あまり狩りに行かない部族の志願者が手当たり次第荒らしまわったと考える他ない。ここはロングボートが着いた砂浜からほど近い、森の浅いところだ。志願者の誰もがこの場所を通ったに違いない。


 リコネルたち3人より森に入るのが遅いのは数えるほどしかいない。そもそも森に入る気が無いようにも見えるくらいだ。砂浜で誰よりも先に出発しようと構えているのだろう。


 そんな彼らが途中で空腹のせいで溺れる、なんてことが無いように一応祈っておこうか。


 そんなことはリコネルにとって他人事、つまらくて眇眇たることだが、気が散ってそんなことまで考えてしまう。もう大会は始まっているのだ。気合いを入れて食事えものを探さないと。集中しろ!


 リコネルはパンパンと顔を叩いてそれを自身に思い出させた。


 この場所に棲む動物は突然の人間の襲来に怯えて散り散りに逃げ回ったのだろう。

すなわち動物たちの気配は感じるが、人間を警戒して出てこない。きっとひっそりと巣穴に隠れている。怯えながら。


 森の奥ではもっと生き生きとしていて欲しいものだ。それでこそ狩りのしがいがあるし、何より活発な雰囲気が自分にとって落ち着くから。

 やっぱり人の都市も動物の森も活気があってこそだ。活気が一番だ。


「狩り場ならこの先が良い。ここを通れば島の対岸に出る。そこは海鳥の楽園になってるはずだから。ここを通るのが一番近道だよ」


「了解リコネル。この方向に行こう。それまでにありったけの小石でも拾っておくか」


「そうね」


 この先森に深く入れば獲物の1匹や2匹見つかるはずだ。もしダメでも対岸の岸壁、海鳥の巣が密集したところなら肉でも卵でも獲れるだろう。


 そうして3人は奥へ奥へと進む。しかし、森は行けども行けども閑寂だった。


「流石に不気味だ。こんな静かな森なんて初めてだ。この森は島全体を覆っているとはいえ、大陸のそれとは比べものにならない小ささだろう?なのに動物にも他の志願者にも全く会わないなんておかしい」


エギルか耐えきれず零す。眉間に皺を寄せて警戒している。


「私もそう思う。この島に何か異変があるんだと思う」


 リコネルも同感だった。これだけ奥に入ったのに動物1匹姿を現さないとは。というより寧ろ奥に行けば行くほど動物の気配が少なくなっている。昔来たときはこんなじゃなかった。


 不自然なくらい静かな森を3人は警戒を強めて進む。リコネルはスリングショットを構えて歩き、双子も太い枝を拾って武器の代わりにした。

 木々の間隔も狭くなり、薄暗さが目立ち始める。


 静寂の中、いかなる異変をもいち早く察知しようと集中して耳をすます。

 普段気にもしなかった足音や服の布が擦れる音が不思議なくらい大きく感じ取れた。


 極度の緊張と集中は精神に疲労を与える。しかし、何かが起こった後では済まないことだってある。安心が得られるまでは止めるわけにはいかない。


 安全を確保する為の必要経費だと思えばいい。


 足を止めることなく歩む3人だったが、異変の正体はあらも簡単にやって来た。


ガサッガサッ。


 木々の葉が擦れる音、背の低い茂みが揺れる音。周囲を取り囲むように響き渡る。


「!?囲まれてる!?」


 リコネルは2人にそう伝える。姿は目視出来ないが敵意の気配は感じられる。感じた気配は複数。五体以上はいるだろうか。


「なんで囲まれてんだよ!あれだけ警戒してたってのに。こんなに近くにいるなんて気づかなかったぞ!」


「群れで行動する動物…」


 いや、違う。これは敵意ではない。殺気でもない。これは、”獲物を狙う”目だ。

群れで狩りをする動物と言えば…


「まずいよ、敵の正体はオオカ……わぁっ」


 リコネルが正体を言い終える前にその動物は音もなく襲いかかって来た。それは茂みを空気のようにすり抜け、少女に飛びかかった。


 エギルとユギルは一目でそれが何か分かり、リコネルは自身の予想を確信した。


 それは狼だった。しかしも普通の狼ではない。全身が黒い毛で覆われ、毛先はもやがかかったようにはっきりしていない。全身を影のようなオーラが包み込み、紅の目が前に二つ、爛々と輝いていた。


「うぐっ…うわっ…くっ…」


 その狼は少女に飛びかかりそのまま押し倒し、唸りながら鋭い牙で少女の首を噛みちぎらんとする。


 少女は両手でそれを何とか抑えていた。生暖かい荒い息づかいが間近で感じ取れる距離だった。

 スリングショットは衝撃で手から離れ、どっかに行ってしまった。


「リコネルっ!!」


 狼の1匹を木の枝でホームランにしたエギルが叫ぶ。狼は群れで一斉に襲いかかって来たのだ。


 少女はなんとかパニックを抑え、次のアクションを考える。そして、狼のゴワゴワした肩を内側から強く押し、頭から離れるようにした。

 そのアクションによって、狼は一瞬だけ怯むだけだったが、その一瞬を少女は見逃さない。すかさず愛用のサクスを鞘から抜き、再度大口開けてやって来た狼の首に突き刺す。


 狼は数秒の間ジタバタと暴れた後、生き絶えた。

リコネルは馬乗りになっているその死体をゴロンと退かして立ち上がる。落ちていたスリングショットを拾い、石を装填して構える。


「リコネル、大丈夫か?」


「うん。なんとか」


 木の枝を振り回して戦うエギルと石を投げて戦うユギル。

 エギルは頭をこちらに向けていた。その背後に黒い影が飛び出す。


「ヤベェ」


 エギルは取り返しのつかない距離になって初めてそれに気づく。

しかし、それがエギルを襲うことは無かった。リコネルの的確な射撃でそれは動かない塊となったのだ。


「サンキュ、リコネル」


「うん、気をつけて」


 短い会話をして3人は走り出す。残る狼は3匹。走る3人に三方向から向かってくる。


「こっち」


 リコネルの指示に従い道なき森を進む。狼はジリジリと間合いを詰める。ついに森を抜け対岸の岩場が見えて来た。


 3人は背後の岩壁に背中をくっつけ森に向き直る。


「はぁ、はぁ…。行き止まりかよ。どうするだリコネル!」


 エギルは怯えていた。背後は岩壁で行き止まり。逃げも隠れも出来ない。だが、それは狼だって同じだ。


「大丈夫」


リコネルは確信がこもった声で短く呟いた。

3匹の狼も森から出て3人を囲むような陣形を作る。そしてジリジリと近づいて行く。


 リコネルはスリングショットを構える。ここなら森のように障害物がない。射線が通り放題だ。


パスンッ。パスンッ。


 リコネルのスリングショットが石を噴き、狼2匹が倒れた。

残りの1匹は焦ったように飛び出すが、エギルに枝で殴られ、リコネルのサクスでトドメを刺された。


 ユギルは死体をつつく。生きている筈もなく死体は動かなかった。


 ほっとしたのか、エギルはふぅとため息をつき、胸をなでおろす。そして改まったようにリコネルに向き直る。


「おい、リコネル。そのスリングショット貸してみろ」


「うん、いいけど。なんで?」


「なんでもいいじゃないか。兎に角、貸してくれ」


 リコネルは青年に自身のスリングショットを渡す。青年はスリングショットをくるりと見て回すと撃つように構えてゴムを引っ張る。


「ぐぬぬ…うわ、硬てぇ!」


「どうしたの、エギル?」


「どうしたも何も、硬えよこれ。リコネルはこんなもの使ってたのか!」


 一見は普通のスリングショット。しかし、ゴムの硬さが桁違いだった。体格はいいエギルでも全然引き絞ることが出来なかったのである。


「うん。でも、これは村長ーーじゃなくてラウト族長から借りたものなんだ。少し硬いぞって言われてたけどあんまりそんな感じはしなかったなぁ」


「はぁ?おい、一回引っ張って見てくれないか?」


 不審に思いながら少女はゴムを引いた。少女の思い通りにゴムは真っ当に伸びた。


「うわぁまじか…」


「どうしたの?」


 蒼白するエギルにリコネルは首をかしげる。


「お前さ、おかしいと思わなかったのか?」


「何が?」


 リコネルはそう返答する。何がおかしいのか本当に分からなかったのだ。


「はぁ…。じゃあ聞くぞ。狼の眉間を貫通して即死させるスリングショットが普通の品物だと思うか?」


「えっ?うっ?…あっ…」


 少女もようやくおかしさに気づく。狼の頭蓋を貫通するほどの威力なんて普通のスリングショットに出せるのだろうか。否だ。そんな訳がない。


「違和感が無かったから気づかなかったよ」


 テヘヘと笑う少女を引いた目で見る双子。

よくもまあそんな華奢な身体で、そんなことが出来るのか理解できない。どこにそんなチカラが詰まっているのだろうか。


「お前、ホントに人間か?」


「む!失礼な!」


 少女はそんな失礼な質問に本気で怒る。本気で頭にきたのだ。しかし、途中で脳裏にとある言葉がよぎった。


 あの時、ラヴァンに言われた言葉。


『君は竜の血を受けた人間だ』


 人間であり、もう人間でない身体。

自分が自分じゃなくなったような気がした。

絶対ラヴァンのせいだ。きっと竜のチカラが具現しているのだ。こんな形で身体に異変が出るなんて考えもしなかった。


 いや、ラヴァンは悪くはない。むしろ命の恩人だ。でもリコネルは人間でありたかった。

どんな形であれ、普通の人間でありたかった。

 だから……


「そんな……」


リコネルの今にも泣き出しそうな声に双子もおし黙る。


「ご、ごめん。悪かったよ。機嫌を直してくれ。狩りを再開しようぜ。ほら、聞こえるだろう?」


 3人の耳に確実に聞こえた音。海鳥の鳴き声だ。岩壁に着いた時点で海鳥の楽園に到着していた。


 そうだ。これは大会だ。リコネルは大会に勝つためにここにいる。ショックを受けるのも弱気になるのもこの予選に勝ってからだ。

得たチカラはどうしようもない。なら活用してやる。


 機嫌を直して、気を取り直して、3人は海鳥を狩った。大猟だった。












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