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ノルド・ドラゴン  作者: 本藤侑
13/15

13.アルシング5

 海鳥を狩り、十分に食料を確保出来た。さらにリコネルとエギルが海鳥を追っている間にユギルが魚を釣っていた為本当に十分な量だった。


 リコネルは次の獲物を最後にしようとスリングショットを構えて、ゴムを引き絞る。


 スリングショットに使われるゴムは、実際にはゴムではなく革だ。


 無属性竜のタイラントの硬い皮。タイラントは空を飛ぶことのないドラゴンだが、脇から肘にかけて厚い皮膜を持っている。威嚇をする為に使用されるものだ。


 タイラントは体長6mと無属性竜の中ではかなりの大きさを持ち、その巨大な軀に見合った凶暴なドラゴンであるのだ。ノルドの無属性竜の中でなら敵無しと言っても嘘はない。


 しかし、そんなタイラントよりも格上はこの世界には存在する。炎竜を筆頭とする属性竜のことだ。タイラントより弱い種もいるが、強い種もいる。そもそも属性竜は世界トップクラスだらけなのだから、それらとまもにやりあえるタイラントが強者であるのことは疑いようが無いが。


 あくまで噂だが、他の大陸にはタイラントより強力なバジリスクという無属性竜がいるらしい。その噂の真偽は少女には分かりかねるが、ラヴァンケノスのように例外はあるのだから本当だとしても差し障りのないことだ。ただ世界は広く多様だという証明になるだけ。


 それた話を戻すと、そんなノルドの無属性竜強さランキング首位のタイラントが少しでも軀を大きく見せようとして発達したのがこの皮膜。伸縮性抜群でゴムの代用品としてノルドで広く流通している。言い表す言葉が無かった為、便宜上ゴムか代用ゴムと呼ばれている。


 そんなタイラントの革を三枚重ねて弾力を補強したのがリコネルが村長から借りたスリングショット。使い勝手が良く、射撃精度も威力も申し分ない上質な逸品だ。


 そんな素晴らしいスリングショットを構えて海鳥を狙う。しかし…何故か視界がはっきりしない。土台として固定していた筈の身体に力が入らない。軸がブレてまともに狙えない。


「あれ…?おかしいな……」


 狩りも終盤、そんな時に少女はようやく身体の異変に気付いた。

 太陽は南の空高くにそびえ立つ。そんな刻のことだった。


「どうしたリコネル?」


 岩場を登ってエギルが駆けつけてくれる。


「うん…具合が。なんだかクラクラする」


 少女は構えていたスリングショットを足元に落とし、地面に倒れこむ。気がつけばエギルの腕の中にいた。咄嗟に受け止めてくれたのだ。


「おい、大丈夫か?しっかりしろ?」


 エギルの言葉は耳に入る。しかしそれだけだ。なんとか意味は理解できたが、それさえもあやふやだ。意識が朦朧とする。


「なんだか…からだが…」


 リコネルは最後の意識を振り絞ってそれだけを発音する。意味など含まないただ音を。既にリコネルの意識は深い闇へと吸い込まれていた。



 夢を見ていた。黒い靄が空中を飛び回り、人を襲う。靄を浴びた人間は苦しみの悲鳴をあげ、治った頃にはその黒い靄を身に纏い、まるで影のような姿になる。その影のように暗い人間は魂が抜かれたように身体をだらんとさせ、不安定に歩き回る。


 知性が無くなったように行ったり来たりと徘徊を繰り返す。しかしまだ影に染まっていない生存者を見つけた途端全てが変わる。


 鮮血のように紅い目をギラつかせ、獣のように集団で生存者に群がり、殺戮を尽くすのだ。


 人々は次々と襲われ、時に影に飲み込まれ、時に食い殺された。必死の抵抗も虚しく、身体を乗っ取られ、破壊された。


 人が人と戦い、名誉を守って死ぬのならヴァイキングに囲まれて育った少女なら簡単に受け入れられた。


 だが、目の前のは正に地獄と呼ぶに相応しい光景ーーー。


 人が人では無くなる様。

あの”人の抜け殻”は生きているのに死んでいるのだ。生かすでもなく、殺すでもなく、”盗む”だ。あの黒い靄は身体を盗み、精神こころを盗み、積み上げてきたもの全てを盗む。

到底理解し得ない残酷さ。吐き気を催す光景だった。


 実際少女は口の中に胃から上がってきた酸っぱいものを感じていた。


 いや、このまま人が謎の黒い靄に鏖殺されていく様を見続けていたらきっと耐えきれず吐いていることだろう。しかし、そうはならない。そんな気分になる悠長な時間は存在しなかった。


 吐き気を抑え、立ち尽くす少女…。


 ふと、少女は黒い靄の一つが自分の方へゆっくり迫ってくるに気づく。無意識の内に自身がすっかり傍観者であると思っていた。これは夢であると。悪い夢を観ているに過ぎないと。なのに、それは迫ってくる。


 その謎の靄にとって、少女も襲う対象に変わりなかったのだ。それを自覚した時、少女はその事態の恐ろしさに動けなかった。


 今度は吐き気さえ忘れてしまう畏怖を感じていた。


 逃げなければ、あの人達のようになる。なのに…。逃げなければならないのに…。足が言うことを聞かない…。

嗚呼、次は私なのか…。


 結局靄からは逃げられなかった。夢の中の誰一人として。


 気付けば空間にあるのは少女とその黒い靄だけ。あの地獄のような光景は消えていた。

しかし、自身の身に迫る危険を考慮すれば、現状の方がより恐ろしい地獄であると言っても過言ではない。


 遮蔽物もない果ての見えない広大な薄暗い虚ろな空間。隠れられるものは何も無い。

 靄は少女に一直線に飛びつき、一瞬にして少女の視界を闇に葬った。


 少女が感じたのは最悪の具現。

 舐め回すような風が身体をつたう感触。

 全身を内側から剥ぎ取るような激痛。

 自分が自分では無くなってしまうという恐怖。

 自身の感覚を全て遮断したくなるようなおぞましさ。


 あんな生者か死者か分からない化け物になるなんてごめんだ。

 だって、それは死よりも残酷なことなのだから。


 だから必死に抗う。さっき目の前で抗い苦しんだ人々を見たというのに、自分も同じ過ちを行う。

靄は抗えば抗うほどその最悪の力を強めて、抵抗に対抗するというのに。


 抵抗すればするほど締めつけは強くなる一方だ。


 そんなこと分かっていても抵抗するのを抑えない。生に対する執着は最後までするのだ。ど畜生。だつて人間だもの。生き物だもの。自分の身体だもの。


 生に対する執着は最後の瞬間まで泥臭く生きようと躍起にさせる。賢者なら愚かな行為だと嘆くだろうが、実際問題、奪われる死を受け入れる者が何処にいるというのだろう。


 風は腕へと姿を変え、数十数百という腕で少女を覆う。多数の冷たい手腕が万力のように少女を掴む。全身を外から覆う新たな激痛。


 少女は身をよじって振り切ろうとするが、焼け石に水。縛られた捕虜がするようなその必死の抵抗はささやかなもので、その程度で群がった腕が退いてくれる筈がない。


 少女は腕に溺れ、その苦しみと痛みと恐怖で息をするのもやっとだった。


 腕は口の中にまで押し寄せ、顎を引き裂こうとする。目玉を潰し、奥へ奥へと目指そうとする。痛くて苦しくて悲鳴をあげている筈なのに、既に聴力が機能を果たせなくなったせいで聞こえやしない。


 生きたまま殺される(ぬすまれる)感触。消えない苦痛に折れそうな精神こころ


 死にたいと思った。ただし、その瞬間自身の身体は黒い靄の所有物モノになるだろうと分かっていた。


 例え少女が死んでも身体は生き残る。新しい魂の器として。黒い靄の器として。

 身体じぶんを奪われる。そんなものは絶対に嫌だ。嫌だから終わりのない苦しみを感じようとも手離したくないと思う。


 黒い靄に奪われたくないなら一生抗い続けなければならない。他に選択肢は用意されていない。諦めた瞬間全てが終わる。


 抗う。どんなに苦しくても、どんなに辛くても。


 黒い靄が耳元で囁く。


『お前のカラダはウマそうダ。いい加減、早くヨコセ。早くクレ。何故ムダなことをいつまでもスル?時間の問題だと言うのに』


 そろそろお開きだ、諦めろ、とでも言いたげだ。


 しかし、一層強く決意する。こんなヤツに私の身体を渡すもんかと。

 もう限界を感じているのに抗うのを止めない。だってこれは私の身体。身体じぶんは私のもの。大切なもの…。


 心の中で光が輝く。炎が身体を包み込む。


『バ、バカな!』


 今度は黒い靄が悲鳴を上げた。少女が思えば思うほど心は炉心のように光り輝く。

その中心には赤いシルエットがあった。

 太く強靭な四肢、世界を覆い隠す翼、邪を断ち切る鋭い牙、そして此方を見据える力強い眼。


 ドラゴンの見た目をしたチカラが少女の内から湧いてくる。内から湧き出す熱。苦痛を全て焼き払い、全身に活力を与える。


『クゥゥゥゥッーーー。オレがこれで諦めると思うな。いつか、そのカラダをオレのモノにする。ゼッタイだ!』


 黒い靄が悲鳴をあげながら消えていく。全身を覆っていた黒い影は光にかき消され、果てが見えない光の世界が広がっていく。


 身体を覆う不快な感触は全て消えた。



 それでも微かに肌を刺すおぞましさ。あの靄はまだ何処かにいる。いくら目に見えなくても何処かに潜んでいる。そして完全に消え去ることも無いだろう。


 光あるところ必ず闇が存在する。良く聞くそんな言葉のように。


 ならばこうして強いチカラで抗うだけだ。ヤツが根を上げるまで抗うだけだ。

 身体じぶんじぶんのもの。誰にだって与えたりしない。



 少女は内に秘めた自分の力で黒い靄を退けた。

 そしてそれは、少女が受け継いだものである。子供は両親から力を受け継ぐものであるから。


 少女は父親から、母親から、そしてラヴァンケノスから、力を受け継いだ。

かけがえない人から少女のものとして貰ったものだ。

 だからそんな大切なものをあんなヤツに奪われてたまるものか。



えっ?ラヴァン!?



 目を開けると夕暮れだった。

ノルドのひんやりした硬い地面に仰向けになり、空を眺めていた。


 今までの夢のことや現在のこと、分からないことが多過ぎる。


 ぼんやりと針葉樹が風に揺られるのを観ていたが、それも飽きて、ようやく重い腰を上げて起き上がった。


 針葉樹があるようにそこは森の中だ。正確には森の中のギャップダイナミクス。広場のように開けた場所だ。中央には小さな焚き木が用意されており、その向こうには上半身裸の2人組が倒木に座っていた。


 その2人組は少女の目覚めに気付いたようで、近くに寄ってきた。


「目が覚めたんだな、リコネル。ホントに良かった。具合はどうだ?」


 その1人、エギルが心配そうに話しかけてくる。それは嬉しいが、それよりも先にその半裸姿にツッコミたくなる。


「うん。大丈夫だけど。それよりなんで裸?」


「何故って?君が着てるからさ」


 当たり前だろうと困った顔をするエギル。リコネルはふと自身の姿を確認する。

 上半身に違和感が無かった訳ではないが気付かなかった。着ていたのは指まで隠れる大きな服。まさしくエギルのものだ。


 そして違和感の正体を見る。少女は広い首元から中を覗いた。胸を包帯がぐるぐる巻きにしていた。


 そして、そのことからとある一つの事実を導き出す。


「み、見たの?」


恐る恐る聞いてみる。


「ん?なんのこと?」


 エギルもユギルはキョトンとしている。リコネルはそれが無性に腹に立つ。


「ほら、いや、だから、その…」


 向こうがあんな抜けた雰囲気を醸し出すと、言えるものも言えない。というか、こういうことは女性に言わせるなっての。

ほら…恥ずかしくって…これ以上言えないじゃん……。


 なにやらもじもじする少女。その姿にようやくエギルは少女の意図に気付いた。


「あぁ、そういうことか。俺たちそういうの興味無いから気にすんな。な?」


 エギルはユギルに呼びかけるがユギルはまだ気付いていないようでキョトンとしている。

 エギルがボディーランゲージで胸元の膨らみを示す。それで気付いたユギルは腹を抱えて笑い転げた。


 少女はそんな2人が許せなかった。同時に確信を持ったせいで必要以上に恥ずかしい。


「気にするに決まってるじゃん!!というか酷い!何があったかは知らないけれどもう嫌だ!最悪!!」


 赤面して身体を隠す少女にエギルは追い討ちをかける。


「そりゃ本当にすまん。でもさ、ホントに気にすることないんだぞ。なんたって下手すりゃ俺らの方が大きいんだぜ!男の仲だ。そのくらい見胸なら見慣れてるよ」


 そういって兄弟揃ってポーズを取り、胸筋をアピールする。本当、体格だけは良いんだから。

侮辱に侮辱。傷ついた。許せるはずが無い。


 そう、今日初めて気付いたが少女の力は竜の血によって普通の人の比ではない。こんな屑男2人くらい簡単に罰を与えられるだろう。


 怒ったリコネルが振るう為に片手を上げた時、エギルは急に真剣な顔に戻る。


「よせよせ、謝るから落ち着けって」


 2人の急な切り替えに動揺し、平穏さを取り戻す。


「良し、それくらい元気なら問題ないな」


 エギルはユギルとハイタッチをし、何故か喜び合った。少女には訳がわからない。


「どういうことなの?」


 分からないなら聞くっきゃない。


「どうも何も。そーか、覚えてないのか。

つまりだ。リコネル、お前は狼との戦闘で負傷して狩り中に倒れた。そして、俺たちで看病した。分かったか?」



 つまり、私は知らずのうちに狼に傷を負わされていて、狩りの途中で耐えきれず倒れたと。

そして2人に看病され、今に至ると。

 2人は目を覚ましたリコネルが本当に平気かどうかを調べる為にわざとやったらしい。にしては面白がってたように見えたし、やり方が酷いと思う。


 双子は怪我についても教えてくれた。


 傷は具体的に、右脇の下の方で、皮膚には小さな傷があるだけだったが、肋骨は何本か折れていたらしい。

 私が身体の異変に気付かなかった原因はアーマー無しという環境の為に着てきた水を通さない厚手の丈夫な服を着ていたことと、落ち着く暇が無かった為、興奮して痛みを感じなかったせいらしい。


 血は服に染み込むことなく服内を流れ、血が足りなくなって倒れた、らしい。



 あくまでエギルとユギルが導き出した結論なのだが、少女はよく考えてあるなと素直に賞賛する。

 まるでお父さんみたいだ。お父さんのみたいな医者のようだ。


 結局、内側が血だらけのリコネルの服は真水がないのでしょうがなく海で洗い、木の枝に掛けてある。念を押して言われたことだが、最後には魔法で真水を作り海水を流したから着心地は保証する、だそうだ。


 魔法とは本当に便利なものだなぁ。


 傷に包帯を巻いて、エギルはやむなく少女に自身の服を着せ(ユギルは兄がするなら自分もやる、という理由で)、そして半裸のままで野営の準備をしていた。


 ここまでが今に至る説明である。

 説明の後、謝罪の雨を浴びてようやく少女は、食事の輪に加わった。冗談にしても度がすぎるってんだ。


 そして食事中、少女は重大なミスを思い出した。


 私、昼食、食べ損なっちゃった…。

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