月が綺麗ですね、
綺麗な空、雲一つ無い、ただ月だけが光る。仕事を終え、僕は帰宅途中である。満員電車に揺られ、冤罪の恐怖に怯え、終わらない量の仕事を無理に終わらせ、金を稼ぐ。額も少なく、貯金になんてまわせやしない。それでも生きる為に僕は今日も稼ぐ。僕は何時もそう思いながら、最寄り駅から自宅へと足を運ばせる。
今週の金曜日、つまり今日は珍しく、頭の上にも中にも何も無い上司の飲みの誘いが無かった。僕が新人として入社してから、僕に金曜の夜など無かった。初めて自由を与えられた気がした。帰宅途中、僕は木の生い茂る公園のベンチに腰をかけた。上には月が登る。地球から月までの距離も果てしなく遠く感じるが、しっかりとゴールがある。人生も同じだ。ゴールが見えないだけで突然それは現れる。詩人にでも成った気分に浸りながら、僕は空を見上げる。
何も残らない人生。それでもこの道を歩くしかない。富豪で偉大な方々はこう言うだろう。新しい道を切り拓けない奴が悪い、と。僕からすると、ちゃんちゃら可笑しい。確かにその勇気は偉い。だが、君にはお金持ちの家族と言う車が有ったから、その道へ進めただけである。道がなくてもすぐに帰れるそんな道具を持っているから進めるだけである。結局のところ、運である。本当に才能で成功した人など、殆どいない。所詮運で成り上がった輩ばかりが、と皮肉めいたことを独りベンチの上で考える。そうだ、僕はこの道から新しい道を切り拓くことができない、独りの臆病者である。しかし僕は気づいてしまったのだ。この退屈な人生もまた、良きかなと。
何不自由ない僕の人生は既に良き人生であったと。歩けて、走れて、痛みを感じ、味もわかり、疲れも感じ、泣くこともでき、聞くことができ、触ることができ、喋ることができ、誰かを呼ぶことができ、君を見ることができる。月に笑いかけ、僕は公園をあとにする。




