第四話 干渉 前編
セルケトの指先が、机の上に置かれた一枚の報告書をなぞる。
そこには簡潔な文字が記されていた。
未知の機械従魔。
黒徹騎士団交戦記録より抜粋。
セルケトは目を細める。
「機械兵……か」
背後に控えていた側近、雷陣司のラトラが口を開く。
「族長」
「人間の新型兵器の可能性もあります」
セルケトは静かに首を振った。
「違う。人界にあの技術はない」
報告書を机に置く。
「動力源の記述を見ろ」
側近が視線を落とす。
「……長時間稼働」
「魔力枯渇の兆候なし」
「高出力機動を複数回実行」
言葉が止まる。
セルケトが続けた。
「古代文明の記録に、同じ稼働記録を示す装置がある」
「永続炉」
その言葉に、ラトラの顔色が変わった。
「まさか……」
セルケトは窓の外の闇を見つめる。
「半永久機関」
「理論上は存在する」
「そして」
紅蓮の瞳が光る。
「おそらく、あの兵器にはそれがある」
沈黙。やがて側近が言う。
「もしそれが事実なら……」
セルケトは静かに頷いた。
「戦争が変わる」
机の上の地図に手を置く。
そこにはエルフ領の資源分布が記されていた。
いくつもの印が、赤く塗りつぶされている。
「魔力鉱脈の枯渇」
「精霊炉の出力低下」
「そして近年の採掘不振」
セルケトは淡々と言う。
「あと三十年といったところか」
「我らの軍事力は確実に落ちる」
側近達は息を呑んだ。セルケトはゆっくりと笑う。
「だが。もし、あの兵器を手に入れれば」
地図の中央を指で叩く。
「事情は変わる」
「永続炉が一基でもあれば、軍団を動かし戦線を維持できる」
そして、静かに言った。
「戦争に勝てる」
ラトラが恐る恐る問う。
「では……鹵獲を?」
セルケトは即答した。
「当然だ」
報告書を持ち上げる。
そこに書かれている名前を見つめる。
ラテア。クロア。
セルケトは低く呟いた。
「その兵器、必ず手に入れる」
そして付け加える。
「可能ならば永続炉は無傷で」
紅蓮の瞳が闇の奥で輝いた。
「古代の遺産は、正しく使える者の手に渡るべきだからな」
指導者の細い指が、亡き父王から受け継ぎし愛用の片手剣に触れる。
にわかに空間は濃密な雷の魔力に支配された。
「……これが天啓ならば、我らは武勇によって勝ち得るまでだ」
▲▽▲―――▲▽▲
深い森奥の古代都市。
黒曜石で築かれた王宮の最奥。
円形の議場には静かな燭火が揺れていた。
そこに座すのは
ダークエルフ族長――セルケト。
長く艶やかな黒髪。
紅がかった双眸は冷たい理性を宿している。
普段の彼女は、外交、統治、練兵。
すべてにおいて冷静で完璧に近い指導者だった。
だが今夜は違う。
机の上には魔術記録球が置かれている。
そこに映っているのは――巨大な黒銀の機械兵。
クロア。
セルケトは静かに呟いた。
「……間違いなく、古代文明の遺物」
「それも――兵器」
そのとき。
扉が静かに開いた。
三つの気配が室内に入る。
最初に口を開いたのは
優雅な仕草の女性だった。
「お呼びでしょうか、族長」
猫のようにしなやかな蒼い瞳。
長い耳に黒金の装飾。
彼女の名は、バステト。
精霊術の達人にして、暗殺任務をも担う戦術家。
その背後に立つのは、背の高い男。
沈黙を纏う戦士。
腰には武器がない。
影から武器を呼び出す者――アヌビス。
精霊召喚と近接戦を両立する、族内最強格の武人。
そして最後に現れたのは、穏やかな雰囲気を纏う女性。
銀糸のような髪。
陶器のように白い肌。
深紅の瞳は、どこまでも見透かしているようだった。
イシス。
結界術と高位空間魔術の権威。
三人ともセルケトの側近であり、政治を支える腹心だった。
バステトが周囲を見渡す。
「三人同時召集とは珍しいですね」
「国家会議でも開くのかと」
セルケトは軽く首を振った。
「それ以上よ」
そして机の上の魔術球を指す。
映像が展開される。
森の戦場。騎士団。
そして――黒銀の機械兵。
三人の表情が変わった。
アヌビスが低く呟く。
「……魔導兵器か?」
セルケトが首を軽く横に振る。
「いいえ、それより遥かに上の代物」
彼女は指を組んだ。
「これは、半永久エネルギー機関を搭載した兵器」
室内が静まり返る。
イシスがゆっくり言う。
「そんなものが存在するなら......戦争の形が変わります」
セルケトは頷いた。
「その通り。そして我々には時間がない」
彼女の声は静かだった。だがその奥には決意がある。
「エルフ領域のエネルギー資源は枯渇しつつある」
「このままでは、数十年で軍事力は衰退する」
バステトが腕を組んだ。
「つまり、それを奪う?」
セルケトは微かに微笑む。その表情からは確かな戦意が窺えた。
「ええ、鹵獲する」
そしてはっきり言った。
「黒銀の機兵――クロアを」
バステトが不敵に微笑む。
「面白いじゃない」
アヌビスの目が鋭く光る。
「……敵は?」
セルケトは淡々と答えた。
「若干名の冒険者を伴って、城塞都市イデアに」
アヌビスは簡潔に求める。
「命令を」
イシスも頷く。
「鹵獲作戦ですね」
セルケトは立ち上がった。
「そう、最重要作戦」
そして宣言する。
「目標、黒銀機兵クロア」
燭火が揺れる。
種族の命運を賭けた作戦が、静かに始まった。
四人の影が燭火の壁に伸びる。
それは、まるで王国を覆う嵐の前触れのようだった。
▲▽▲―――▲▽▲
サンアウル王国北方の交易と防衛を担う主要都市、城塞都市イデア。
その日、巨大な城壁の上では、警鐘が鳴り続けていた。
森の奥から押し寄せるのは――魔物の群れ。
それもただの群れではない。
異常な統率を見せる軍勢だった。
城壁の見張りが叫ぶ。
「報告! 魔物の大群接近!」
「数、数千以上!」
城内の空気が一変する。
そして同時刻。
冒険者ギルド。
受付の奥から伝令が飛び出した。
「ギルド長発令!」
「緊急依頼発行!」
掲示板に巨大な羊皮紙が貼り出される。
そこに書かれていたのは、
《城塞都市防衛戦
参加要請
全冒険者
報酬
都市防衛特別金+功績報酬》
ざわめきが広がる。
「おい……」
「総動員だ」
「本当に戦争じゃないか」
だが動いたのは冒険者だけではない。
都市の兵舎でも既に号令が下っていた。
黒徹騎士団。
飛燕騎士団。
赤砕騎士団。
イデアを守る精鋭三騎士団が、すべて動く。
都市衛兵団、城塞駐屯兵。
総動員。
都市中央部の大広場に、整然と並ぶ漆黒の軍勢。
装甲騎馬兵五百騎。
そしてその後方には、三千の重装歩兵。
黒徹騎士団、総勢3500名。
率いるは団長ベルティス。
副官ドールズが報告する。
「団長」
「偵察隊より続報」
「魔物軍の背後に、ダークエルフ部隊の影を確認」
ベルティスの瞳が鋭くなる。
「やはりか」
彼女は静かに、遠くを見据えつつ言った。
「これはただの魔物災害ではない」
「戦争だ」
「人間とダークエルフのな」
一方。
森の境界部。
静かな湖のほとり。
そこに立つ四つの影。
ダークエルフ族長、セルケト。
その背後に並ぶ三人。
バステト。
アヌビス。
イシス。
彼らはダークエルフ社会で、その影響力の大きさから四聖と呼ばれている。
深い歴史ある最上位の称号を受け継ぐ者たちである。
セルケトが遠くの城壁を見た。
「……始まるわ」
森の奥から響く咆哮。
無数の魔物が動き出す。
アヌビスが笑う。
「都市を包囲するのか」
バステトが肩をすくめる。
「派手ね」
イシスは静かに言った。
「目的は都市ではありません」
セルケトが頷く。
「ええ」
「我らの目的は――」
「鹵獲よ」
同時刻。
都市中枢部。
巨大な神殿内部。
白い石柱の間で一人の修道女が祈っている。
背後に無数の信徒を従えて。
彼らは人界の神殿勢力、創世教。
その中で最も大規模で最も過激な一派。
修道女が静かに呟く。
「神の御子が現れた」
「機械の身体」
「無限の力」
そして狂気の笑みを浮かべる。
「これは神の奇跡」
「そして我らへの試練」
「我らが導かねばならない」
彼女らの視線の先にあるのもまた、クロアだった。
▲▽▲―――▲▽▲
城塞都市イデア。
北方交易の要衝にして、王国屈指の軍事都市。
その外周を囲むのは、高さ二十メートルに及ぶ厚い石壁だった。
城壁の前には深い堀。
唯一の出入口は巨大な吊り橋。
その先に構えるのは、鋼鉄補強された二重の城門。
城壁の上には無数の銃眼。
そこに並ぶのは弓兵と弩兵。
さらに一定間隔で据えられているのは
魔導砲バリスタ。
そして城壁の後方には、投石機。
爆裂刻印を施された巨岩が、発射準備を整えている。
イデアは要塞だった。
並の軍勢では、決して落とせない城だ。
だが――森が揺れた。
次の瞬間、地鳴りが響く。
現れたのは巨猪。
ヒュージボアの群れだった。
牙を剥き、狂暴な突進で平原を駆ける。
その後方から現れるのは、甲殻の怪物。
ダシクタ。
アルマジロのような巨体が地面を砕きながら進む。
さらに空。
黒い影が広がる。
ロックバードの群れが空を覆っていた。
そして地面の影が動く。
ダイアウルフ。
統率された狼群が、戦場を滑るように進む。
だがそれだけではない。
森の奥から現れたのは、鋼の巨躯。
魔導兵器――鋼天。
巨大な鉄爪に口部の砲塔が暗き破壊の影を落とす、屈んだような基本姿勢の大型二足歩行戦術兵器。
その背部の装置が唸りを上げ、雷球がゆっくりと光を帯びる。
その数、二十機。
城壁の兵士が敵勢の威容に思わず息を呑む。
「……軍だ」
「魔物の軍勢だ」
警鐘が鳴り響く。
城壁上から号令が飛んだ。
「射撃用意!」
弓が引き絞られる。
弩が構えられる。
「放て!」
次の瞬間。
矢の嵐が空を覆った。
無数の矢が平原へ降り注ぐ。
針山のようになったヒュージボアが次々と倒れる。
だが群れは止まらない。
「魔導砲バリスタ発射!」
魔導砲が唸る。
光線が走り、魔物の群れを薙ぎ払う。
その瞬間。
城門前の堀にダシクタが到達する。
巨体が丸まる。
そして――一斉に突進。
橋が軋む。
城門戦が、始まった。
平原を進む鉄の巨躯。
魔導兵器――鋼天。
その背部装置が唸る。
次の瞬間、雷光が宙に複雑な軌道を描いて飛翔する。
そして複数の雷球が城壁へと叩き込まれた。
轟音。
石壁が砕け、兵士が宙を舞う。
城壁上の弓兵が叫ぶ。
「魔導兵器だ!」
「狙え!」
バリスタが旋回する。
魔導砲が閃光を放つ。
光の槍が鋼天の胸部を貫いた。
爆発。
鉄片が四散し炎上する。
だが――別の鋼天が前進する。
口部の砲塔から火炎が放射される。
城壁上が炎に包まれた。
弓兵が生きたまま焼かれる絶叫。
さらに二機が雷球を射出。
連続爆発。
城壁が震える。
それでも――崩れない。
厚い石壁が、攻撃を凌いでいた。
城塞都市イデア。
王国北方最大の要塞。
簡単には落ちない。
その時だった。
森の奥から、一人の影が歩み出る。
長い銀髪。
白い肌。
深紅の瞳。
ダークエルフ最高位の空間術士――イシス。
彼女は城壁を見上げ、静かに右手を掲げた。
遠い。
常識では、魔術の射程ではない。
だが、彼女にとって距離は意味を持たない。
「……少し邪魔ですね」
空間が歪む。
空間が揺れる。
静かに。
しかし確実に、何かが歪んでいく。
城壁の上。
弓兵の一人が眉をひそめた。
「……なんだ?」
空気が、奇妙に揺れている。
熱気の蜃気楼のような、空間の歪み。
それは城壁の一部に集中していた。
次の瞬間。
イシスが、指を閉じた。
――パキン。
小さな音。
まるでガラスが割れるような音だった。
そして。城壁が、消えた。
正確には切断された。
厚さ数メートルの石壁が、空間ごと斬り取られたのだ。
一瞬、何も起きなかったかのように見えた。
しかし次の瞬間。
――ゴォォォォォ!!
巨大な石塊が崩れ落ちた。
城壁の一角が、丸ごと崩落したのだ。
瓦礫が防衛壕へ雪崩れ込み、煙と砂塵が舞い上がる。
城壁の上で兵士が叫ぶ。
「城壁が――!」
「切れた!?」
「な、何が起きた!?」
指揮官の顔から血の気が引く。
厚さ数メートルの防壁。
それが、一瞬で消えた。
その遠方で、イシスは静かに手を下ろした。
その表情は、何も変わらない。
ただ淡々と告げる。
「開きました」
その言葉に、バステトが笑う。
「さすがね」
そして彼女は壕を見た。
深い防衛壕。
都市を守る最後の障壁。
だが、それももう時間の問題だった。
水精霊が呼ばれる。冷気が満ちる。
壕の水面が、ゆっくりと凍り始めた。
氷は瞬く間に厚みを増す。
壕の水面を覆い、やがて巨大な白い橋となった。
「上出来だ!」
氷雪の橋が城塞の堀に架かるが早いか、魔物の軍勢から突出する者達がいた。
ひと際大きい黒狼の背に跨り、その突撃の先頭に立つのは、黒狼の兜を被った戦士。
アヌビス。
彼は戦斧を掲げた。
その背後で、無数の黒狼が牙を剥く。
そして、低く笑った。
「さあ、狩りの時間だ」
彼が前へ踏み出す。
その瞬間、黒狼の群れと魔物の軍勢が一斉に動き出した。
城壁の裂け目へ向かって。
不落の城塞はついに、侵入を許そうとしている。




