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第五話 干渉 後編


城壁の崩壊と同時に、都市中に警鐘が鳴り響いた。


「城壁突破!」

「北門区画、侵入確認!」

「魔物軍侵入!」


伝令の声が石造りの街路に反響する。


城塞都市の中心部へ続く広い街道。


その途中にある大広場では、既に軍勢が整列していた。


漆黒の鎧。

統一された隊列。

槍の穂先と銃口が、整然と並ぶ。


それは都市最強の正規軍。


黒徹騎士団。


五百騎の装甲騎馬兵が、大広場に陣を敷いていた。


その中央に立つのは、団長ベルティス。


黒髪を後頭部で束ね、漆黒の全身鎧を纏う長身の騎士。


彼女は遠くの街路を見つめていた。


やがて、地鳴りが聞こえてくる。


――ドドドドドド……


石畳を震わせる重い足音。


煙の向こうから、黒い影が現れた。


狼。

巨大な黒狼の群れ。


その後ろから、無数の魔物が押し寄せてくる。


魔物軍勢の先鋒だった。


先頭に立つ影が、ゆっくりと立ち止まる。


狼の兜。

黒い戦装束。

影のような存在感。


四聖の一人。


アヌビス。


彼の背後で、狼の群れが低く唸った。

広場の空気が張り詰める。


しかし。


黒徹騎士団は動じない。


騎兵たちは静かに武器を構えていた。


ベルティスが一歩前へ出る。


そして低く言う。


「距離三百」


副官が即座に復唱する。


「距離三百!」


騎兵たちがガンランスを整然と構える。


銃身と槍が一体化した武器。


ベルティスの声が広場に響いた。


「全隊」

「徹甲弾装填」


一斉に金属音が鳴る。

装填完了。


アヌビスが笑う。


「面白い」


狼の群れが前へ出る。


ベルティスは静かに剣を抜いた。


「距離百五十」

「射撃準備」


騎兵たちの照準が揃う。


魔物の軍勢が再び突進を始めた。


狼が走る。

魔物が吠える。


距離百。


ベルティスが剣を振り上げる。


そして。


号令。


「――全隊」

「徹甲弾一斉射」

「てぇっ!!」


轟音が爆発した。

五百のガンランスが同時に火を噴く。

炎と煙が広場を覆う。


高速の鋼弾が、先頭の狼の群れへ突き刺さろうとしたその瞬間。


「【冥府の盾】」


アヌビスがそう唱えれば、黒狼たちの影から漆黒の壁が瞬時に立ち上がり、一切の鋼弾を吸収相殺する。

深淵に呑まれるように消失した冥府の盾を尻目に、黒い濁流の如き突撃は止まらない。


ベルティスの瞳が鋭く光った。


「全隊」

「突撃陣形」


彼女は剣を前へ突き出す。


「醜い獣どもを」

「地獄に叩き落とせ!」


五百騎が一斉に走り出した。

重装騎兵の突撃。

石畳が震える。


槍の穂先が揃う。

黒い騎兵の奔流が、魔物の軍勢へ激突した。



都市イデアの戦いは、今や完全に市街戦へと突入していた。

都市中央の大広場では、戦闘が激化している。

装甲騎馬兵と魔物の軍勢が激突し、石畳には既に無数の死体が転がっている。


黒徹騎士団の突撃は凄まじかった。

槍の穂先が魔物を貫き、ガンランスの銃声が連続して響く。

しかし敵は尽きない。


その時だった。


遠くの城壁の方向から、再び異様な魔力の波が広がる。

戦場の空気が歪んだ。


そして――


「また城壁が崩れるぞ!!」


兵士の絶叫が響く。

北側城壁の別区画。

空間がゆっくりと歪み、まるで紙を切るように、巨大な裂け目が走った。

石壁が、音もなく分断される。


次の瞬間。


――ゴォォォォォン!!


第二の崩壊。


巨大な瓦礫が崩れ落ち、都市にもう一つの侵入口が開いた。

その遠方で静かに手を下ろすのは、アルビノの空間術士。


イシス。


彼女は淡々と告げる。


「第二開口部、形成完了」


その直後。

凍てつく冷気が広がった。壕の水面が再び凍り、氷が巨大な橋へと変わる。

氷橋の上に立つ影が笑う。

水精霊と氷魔術の達人、バステト。

彼女は肩を回した。


「さて」

「ここは私が守るわ」


彼女の周囲に、無数の氷柱が浮かび上がる。


「この入口、塞ぎたいなら」

「命を置いていきなさい」


第二侵入口は、完全にバステトの支配下に置かれた。



刻々と悪化していく戦況に、ベルティスが舌打ちした。


「侵入口が増えたか……!」


副官ドールズが報告する。


「大型魔物多数接近!」


広場の奥から、巨大な甲殻の魔物――ダシクタが突入してくる。

騎兵隊は迎撃に追われた。

ベルティスは即断する。


「くそ……!」

「アヌビスを追えない!」


彼女は周囲の冒険者たちを見た。


「冒険者たちよ!」

「狼の軍勢を率いるダークエルフがいる!」

「そいつを止めてくれ!」


その声に応じて、一人の女冒険者が前へ出た。

無駄のない動き。

落ち着いた眼差し。


ラテア。


その隣に、黒銀の機械兵が並び立つ。

四脚の装甲。

静かに碧く光るセンサー。


クロア。


クロアの光学センサーが街路の奥を捉えた。


「高脅威個体を捕捉」

「推定指揮官」


ラテアが短く言う。


「追う」


クロアが応答する。


「了解」


四脚が地面を蹴る。

重い装甲体が、驚くほど滑らかな機動で前進した。

B級冒険者パーティ、真理の瞳をはじめとする他の冒険者たちも後に続く。


その先の街路で、黒狼の群れが待ち受けていた。

その中央に立つのは、黒狼の兜を被った戦士、アヌビス。

彼は立ち止まり、ゆっくりとこちらを見た。


「……来たか」


狼の群れが牙を剥く。

そして彼は不敵に笑った。


「観客が多すぎるな、少し遊んで減らしてやろう」


都市イデアの街路で、戦闘が始まる。

しかし――その戦いを、さらに異質な存在が見つめていた。


瓦礫の破片に、光が反射した。

それは空中を漂う鏡だった。

その上に静かに立つ鏡像のような、一人の修道女。


――誰も、彼女の接近に気づいていなかった。


白い装束。

長い艶やかな金髪。

そして手には巨大な戦鎌。


彼女は微笑む。

鏡のように冷たい瞳で。


狂信者ミラ。


彼女は呟いた。


「……見つけた」


その視線の先にいるのは、クロアだった。



都市の戦場は、さらに危険な局面へと踏み込もうとしていた。

都市イデアの石畳の街路。

黒狼の群れと魔物たちが、果敢に戦う冒険者たちへ襲いかかる。


その中心に立つのは、アヌビス。

黒狼の兜の奥で、彼は余裕を湛えて笑っていた。


「悪くない」

「だが足りないな」


狼の群れが一斉に飛び掛かる。


その瞬間――空気が鳴った。


キィン……


ガラスを爪で弾いたような音。

戦場の空間に、薄い光が走る。


次の瞬間。


街路の至る所に、鏡面が現れた。

宙に浮かぶ無数の鏡。


建物の壁。

瓦礫の影。

石畳の上。


どこからともなく、鏡が生まれていく。

狼の群れが一瞬たじろぐ。


そして。


鏡の中から、ゆっくりと刃が現れた。

巨大な戦鎌。

その刃が、一つではない。

二つ。

十。

二十。

無数。


そして。

女の声が響く。


「――我が美の糧となれ」


次の瞬間。

斬撃の嵐が吹き荒れた。

鏡から鏡へ、戦鎌の刃が走る。


斬る。

裂く。

貫く。


狼が空中で両断される。

魔物がまとめて薙ぎ払われる。

逃げ場はない。

刃は、あらゆる方向から現れる。


「鏡よ」


女の声が続く。


「この世で最も美しき者のみを映し給え」


魔物の首が飛ぶ。

血飛沫が舞う。

そして彼女は、くすりと笑った。


「――それは幻影よ?」


最後の斬撃が走る。

街路を埋めていた魔物の群れは、一瞬で血溜まりに沈黙した。

先ほどまでの戦場の喧騒が、嘘のように消えている。


静寂の帳の中。

瓦礫の上に、一人の修道女が立っている。

白い衣に長い金髪。手には巨大な戦鎌。


彼女こそが、狂信者ミラ。


その視線は、ただ一つの存在に向けられていた。

黒銀の装甲を持つ四脚の機械兵。クロア。


ミラは微笑む。


「ようやく会えた」

「神の庭へ至る鍵」


アヌビスが低く唸る。


「……面妖な」

「どこの狂人だ」


ミラは視線すら向けない。

ただ、クロアを見つめている。


その瞬間。

黒い影が空から落ちた。

氷の破片が散る。

着地したのは、蒼い魔力を纏ったダークエルフ。


バステト。


彼女は肩を回しながら言う。


「派手にやってるじゃない」


アヌビスが鼻を鳴らす。


「お前ほど派手ではない」


ミラは再びくすりと笑う。


「鏡は」

「多いほど美しいのよ」


街路の空間に、再び鏡が増える。

対するアヌビスの背後では、影がうごめき、黒狼が次々と姿を現す。

両手剣を構えたラテアは小さく呟いた。


「……奇妙なことになってきたな」


クロアが静かに答える。


「高脅威個体、三」

「戦闘継続を提案」


都市イデアの街路は、今や四人の怪物の決闘場へと変わろうとしていた。

瓦礫と死体に埋もれた戦場の中央で、強大な気配同士が向かい合っていた。


そして、戦闘は同時に始まった。

クロアの装甲表面が揺らぐ。

ストラクチャーゲルが流動し、黒銀の塊が形を変える。


やがてそれは、巨大な黒い大剣となった。

クロアの光学センサーが碧く輝く。


「近接戦闘モード」


四脚ブースターが唸る。


――ドンッ!!


次の瞬間、クロアは跳んでいた。

高速の四脚機動。

石畳を抉りながら、巨大な機体が一気に距離を詰める。


しかしバステトは不敵に微笑む。


「遅いわ」


彼女は宙へ跳ぶ。

だが、ただの跳躍ではない。

空中に出現した水面を蹴る。


水精霊の魔術。

空間に浮かぶ水の足場。

そこを踏み台にして、彼女は街路を縦横無尽に駆けた。


壁。

屋根。

宙。


水面を蹴りながら、軌道を変える。

その動きはまるで、三次元の舞踏だった。

同時に、左腕の小盾からナイフが現れる。

魔導武具。無尽蔵に生成される投げナイフ。

バステトはそれらを掴み、氷の魔力を纏わせる。


「凍りなさい」


投げる。

凍結。


ナイフはクロアの脚関節を狙った。

次々と投擲される氷刃。

クロアは装甲を展開し、ストラクチャーゲルの盾で弾く。


しかしバステトの狙いは明確だった。

関節の凍結と機動力の封殺。


「まだまだよ!」


彼女は両手を振る。

次の瞬間。

空中に巨大な氷柱が生まれる。

それが、矢のような速度で撃ち出された。


――ドォン!!


街路が氷雪の風とともに爆ぜる。

クロアはブースター機動で回避する。

しかし続けざまに、さらに三本。五本。十本。


氷柱の雨。


その直後、猛烈な冷気が広がった。

視界が白く閉ざされる。

突発的な吹雪だ。

碧く瞬くセンサーが揺らぐ。

だがその瞬間、吹雪の中から黒い影が飛び出した。


クロアだった。


四脚ブースターが唸る。

一気に距離を詰め、巨大な大剣を振り下ろす。

それは、ラテア譲りの剣術。

無駄のない、致命の一撃。


バステトは目を見開いた。


「……面白い!」


氷の刃と黒い大剣が、都市の空中で激突した。




その一方で。


別の地獄が展開されていた。


街路の至る所に、鏡が浮かぶ。

そして黒狼の群れが、次々と倒れていく。


斬撃。

反射。

幻影。


ミラの鏡魔術は、圧倒的な精度で狼群を削り取っていた。

アヌビスが舌打ちする。


「厄介な……!」


しかし彼の動きも常軌を逸している。

影が揺れる。

そこから次々と武器が現れる。


ハルバード。

戦斧。

薙刀。

戦鎌。


武器を瞬時に持ち替え、ミラへ迫る。

だがそれでも無数の鏡面の前では攻め手に欠けた。


「使わざるを得ないか」


アヌビスが苦々しく呟き、魔術を発動する。


「あらゆる生命が、生まれ落ちたその瞬間から着実に死へ向かっている」

「故に冥府の墓碑に、お前の名も刻まれている」

「【フォーサイト】」


瞬間、アヌビスの動きが変わる。

ミラの攻撃を予測するのではなく、予見して回避する。

それは確実に数瞬先の未来が見えている者の戦いぶりであった。


「なるほど未来視ね。いいわ、貴方」


ミラが微笑む。

戦鎌が唸る。

斬撃の連鎖。

二人の戦闘は、もはや剣戟というより芸術的な殺し合いだった。


刃と刃が交差する。

火花。血。影。鏡。


その時だった。

戦場の空に雲の切れ間が生まれる。

陽光が差した。

そして、鏡がそれを反射した。


細い閃光が走る。

一瞬だけ、アヌビスの視界が白く眩む。

その瞬間を、ミラは逃さない。


「見えた」


戦鎌が走る。

鋭い斬撃が、アヌビスの胸を深く切り裂いた。


血が噴き出す。

アヌビスが崩れるように膝をつく。


しかし。

彼はそれでも笑った。


「……なるほど」

「ここまでか」


おもむろに影が膨れ上がる。

死を悟った戦士の笑み。

魔力が嵐の如く暴走する。


「ならば」

「道連れだ」


影が爆発する。

そこから、無数の黒い楔が現れた。

最終奥義。


「【冥府の楔】」


一本一本に致命の魔術を宿した黒い杭が、暴雨のようにミラへ降り注ぐ。


しかし。

ミラは、笑っていた。


「美しくないわね」


彼女の周囲に、無数の鏡が展開される。

楔が突き刺さる。

だが、その都度、反射。

楔は弾かれ、別の鏡へ跳ねる。


さらに反射。

さらに反射。


冥府の楔は次第に術者の制御を離れて減速し、一つもミラへ届かない。

そして最後の一撃が、虚しく地面へ突き刺さった。


戦場に静寂が落ちる。

アヌビスの身体が、ゆっくりと崩れ落ち、その場に跪く。


つい先ほどまで暴れ狂っていた黒狼の群れは消え、瓦礫と死体だけが残っている。


割れた黒狼の兜。

血に濡れた戦装束。


四聖の一角、アヌビス。

彼は最後の力で顔を上げた。

その視線の先には、戦鎌を持った修道女。


ミラ。


彼女は何も言わない。

ただ静かに、鏡の残光の中に立っていた。

アヌビスは小さく笑う。


「……見事だ」


その言葉の直後、彼の身体が大きく揺れた。

街路の上空から、軽やかな着地音が響く。

氷の粒が舞う。

そこに降り立ったのは、水精霊の術士。


バステト。


彼女は状況を一目で理解した。

数歩、歩み寄り。

アヌビスの傍らに膝をつく。

彼の呼吸は、もうほとんど残っていない。

バステトは目を閉じ、短く祈った。


「アヌビス」

「どうか安らかな眠りを」


それは簡素な、略式の祈祷だった。

だがその声には、確かな敬愛があった。

祈りを終えると、彼女は静かに立ち上がる。

その視線が、戦場の向こうにいる者へ向けられる。


黒銀の機体。四脚の兵器。クロア。

そのセンサーが碧く光る。


「敵戦力、撤退傾向」

「追撃可能」


四脚が前へ踏み出す。

ブースターが唸る。


しかし、その直前。

短い声が響いた。


「クロア」


剣を肩に担いだ老練の女冒険者。ラテア。

彼女は静かに言う。


「深追いはするな」


クロアがわずかに動きを止める。

ラテアは続けた。


「相手は手練れだ」


バステトはその言葉を聞き、小さく笑った。


「賢明ね」


次の瞬間、彼女の足元から冷気が広がる。

水面が現れ、氷の足場が形成される。

彼女はそこへ軽く跳び乗った。


「今日はここまでよ」


そう言い残し、彼女の姿は街路の彼方へ消えていく。

その後方では、魔物の軍勢が整然と撤退していた。

混乱はない。

逃走でもない。

秩序だった後退。


それはまるで、まだ余力を残しているかのようだった。

街路の中央で、アヌビスの身体が揺れる。

影が、ゆっくりと広がった。

まるで黒い水のように、その影が彼を包み込んでいく。


そして。その巨体は、静かに沈んでいった。

影の底へ。

完全に。

跡形もなく。


戦場に残ったのは、ただ風だけだった。


遠くで、城塞都市の鐘が鳴る。

城塞都市イデアの戦いは、ひとまずの終息を迎えつつあった。


だが。街路には、まだ戦いの余熱が残っていた。

瓦礫。

砕けた石壁。

そして魔物の死骸。

風が吹くたびに、焦げた匂いと血の臭いが混ざり合って漂う。


戦鎌を持つ修道女は、その光景を静かに見渡していた。

白い衣が、ゆっくりと揺れる。

狂信者、ミラ。


彼女の視線は、

ただ一つの存在に向けられていた。

黒銀の装甲を返り血で汚した、四脚の機械兵。


ミラは、わずかに微笑んだ。

そして静かに言う。


「その鋼の巨躯に」

「神意が宿る」


それだけだった。

意味を問う間もなく、彼女の周囲に鏡面が広がる。

鏡が光を反射し、風景と溶け合う。


そして次の瞬間。

彼女の姿は、鏡像となって霧散した。

まるで最初から存在しなかったかのように。

残されたのは、ただ揺らめく大気だけだった。


クロアのセンサーがわずかに動く。


「高脅威個体、消失」


ラテアは小さく息を吐いた。


「……面倒な奴だな」


誰も、しばらく言葉を発しなかった。



遠くの街路から、重い足音が近づいてくる。

黒い鎧の騎士たち。都市の正規軍。

その先頭に立つのは、長身の女騎士。ベルティス。


彼女は戦場を見渡した。

魔物の死骸。

崩壊した建物。

そして中央に立つ冒険者たち。

ベルティスはラテアの前まで歩み寄る。


「無事か」


その声は短い。

だが確かな労いが込められていた。

ラテアは肩をすくめる。

身に纏った鎧も手甲も、返り血で酷く汚れていた。


「なんとかな」


クロアが静かに付け加える。


「損傷軽微」


ベルティスはわずかに頷いた。

そして周囲の街区を見回す。

都市は、酷い有様だった。

瓦礫が道を塞ぎ、多くの建物が崩れている。


そして何より、北側の城壁。

巨大な裂け目が二つ。

そこからはまだ冷たい風が吹き込んでいた。


彼らが身命を賭して守った城塞都市イデアは、明らかに深い傷を負っていた。


ベルティスは静かに言う。


「復旧は急がせる」

「だが……」


彼女は城壁の向こうを見た。

遠い森。

そこに潜む敵。


「次の敵襲の方が早いだろうな」


その言葉に、誰も反論しなかった。

それはこの都市にいる者すべてが、すでに理解している事実だった。


鐘が再び鳴る。

都市のあちこちで、兵士たちが忙しなく動き始めていた。

死者を運び、瓦礫を片付け、武器を整える。


戦いは終わった。

だが、戦争はまだ始まったばかりだった。


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