第三話 共闘
ラテアは短く問う。
「……面倒な依頼とは?」
ロライは椅子の背にもたれたまま、肩をすくめた。
「そのまんまだよ」
「魔物の群れだ。しかも結構な規模らしい」
モーナスが腕を組む。
「最近、城塞都市の周辺で魔物の活動が妙に活発化している」
リエラが続けた。
「普段なら森の奥にいるような奴まで、平地に降りてきてるの」
メディが指で机を軽く叩く。
「原因は不明」
「だが放置すれば、交易路が閉ざされる」
「最悪、都市防衛戦になる」
ロライが苦笑する。
「だから俺たちに白羽の矢が立った」
「正確には……」
メディが補足する。
「騎士団からの依頼よ」
ラテアの眉がわずかに動く。
「騎士団?」
「黒徹騎士団」
モーナスが短く言った。
ギルドの空気が少しだけ変わる。
黒徹騎士団。
この城塞都市を守る、正規軍の精鋭部隊。
リエラが言う。
「騎士団が動くほどじゃない、でも放っておくには危険」
「そういう微妙な案件ってあるでしょ?」
ロライが頷く。
「要するに、前処理だ」
「群れを削っておいてくれって話」
ラテアは静かに聞いている。
メディがさらに続ける。
「本来なら、私たちだけで受ける予定だった」
「でも」
視線がクロアへ向く。
「模擬戦を見たあとでは、話が変わるわ」
ロライが笑う。
「正直言うとな」
「お前とその従魔がいれば、かなり楽になる」
ラテアは少しだけ考えた。
「……報酬は?」
ロライの笑みが深くなる。
「さすが」
指を三本立てる。
「通常討伐の三倍」
リエラが口笛を吹く。
「騎士団払いだからね」
モーナスが付け加える。
「それに、成果次第では追加報酬もある」
ラテアは静かに息を吐いた。
「……なるほど」
メディが結論を言う。
「危険度は中、報酬は高」
「そして――」
「騎士団からの依頼」
ロライが肩をすくめる。
「つまり」
「断れない」
しばしの沈黙。
ラテアはクロアを見上げる。
碧い単眼が静かにこちらを見返していた。
「クロア、長距離長時間の行動は可能か」
「問題なし。最大稼働時間、現状制限なし」
驕りも気負いもない平坦な即答だった。
ラテアは頷く。
「……分かった。依頼を受ける」
ロライが机を軽く叩いた。
「決まりだな」
「出発はできるだけ早い方がいい」
リエラが立ち上がる。
「準備はもう終わってる」
メディも椅子から腰を上げた。
「現地までは半日」
「森の外縁部よ」
ラテアは静かに言う。
「行こう」
クロアが応答する。
「了解、マスターラテアの作戦行動に随伴する」
七人と一機。
小さな討伐隊は、ギルドを後にした。
▲▽▲―――▲▽▲
城塞都市を出てしばらく。
石畳の街道はやがて土の道に変わり、やがて森が見えてくる。
深い緑の森。
本来ならば、交易路を守る穏やかな森のはずだった。
だが。
ロライが足を止めた。
「……おい」
モーナスも気付く。
「静かすぎる」
確かに、森に本来あるはずの音がない。
鳥の声。
小動物の気配。
風に揺れる葉のざわめきさえ、どこか不自然に感じられる。
メディが周囲を見渡す。
「警戒」
ブレンが地面を指差した。
「足跡だ」
ラテアも視線を落とす。
地面の土が深く抉れている。
獣のものではない。
もっと重い、巨大な爪。
それがいくつも重なっていた。
リエラが眉をひそめる。
「ちょっと待って」
「これ、一体や二体じゃない」
クロアが即座に解析を開始する。
「痕跡解析」
「魔物個体数推定」
わずかな沈黙。
「推定数」
「三十以上」
ロライが低く笑う。
「……聞いてた話より多いな」
メディが静かに言う。
「まだ外縁よ」
そして森の奥を見た。
「本隊は、もっと先にいる」
ロライが低く息を吐いた。
「三十か」
「まあ、想定内……」
その言葉は途中で止まった。
森の奥で、何かが動いた。
――ゴリッ
硬いものが擦れる音。
ブレンが剣の柄に手を掛ける。
「来るぞ」
次の瞬間。
茂みが大きく揺れた。
飛び出してきたのは、丸みを帯びた巨体だった。
灰褐色の装甲。
幾重にも重なった硬質の鱗殻。
低く地を這うような体躯。
アルマジロに似た魔物。
だが大きさは、人間の胴体ほどもある。
リエラが舌打ちした。
「ダシクタ」
モーナスが盾を構える。
「突進型だ」
ロライが槍を回す。
「しかも硬い」
ダシクタは一瞬だけこちらを見た。
次の瞬間。
――グォッ!!
獣とは思えない低い咆哮。
地面を蹴った。
突進。
「来るぞ!」
ブレンが叫ぶ。
一体。
二体。
三体。
茂みの奥から、次々と姿を現す。
「数は十!」
メディが即座に判断する。
「迎撃陣形!」
モーナスが前へ出る。
大盾を地面に叩きつける。
「来い!」
ダシクタが突っ込んでくる。
――ドォン!!
衝突。
盾が大きく揺れた。
「重いぞ!」
ロライが横から突き込む。
槍が鱗殻に当たる。
――ガンッ
金属のような音。
「硬っ!?」
ブレンが唸る。
「下だ!」
大剣が腹部の隙間を斬る。
ダシクタが転がる。
リエラの矢が飛ぶ。
――ヒュン
目に命中。
一体が倒れる。
クロアの単眼が光る。
「敵性体確認」
「戦闘行動開始」
履帯が展開する。
――ガガガガ
地面を削りながら鋭く前進するその大きな背に、ラテアが短く言う。
「前面突破」
「了解」
クロアが迷いなく加速した。
突進してきたダシクタと正面衝突。
――ドォン!!
魔物の巨体が弾き飛ばされ、鱗殻が砕ける。
横目で観戦していたリシアが瞠目する。
「なんていう……、強い加護を感じます」
しかし。
ダシクタは止まらない。
さらに奥の茂みが揺れた。
一体。
二体。
五体。
十体。
メディの顔色が変わる。
「……待って、多すぎる」
クロアが報告する。
「敵性体数更新」
一瞬の沈黙。
「六十二」
「おいおい」
「ちょっと、これは群れじゃないわ」
「軍隊よ」
ラテアは森の奥を見据え、静かに言う。
「……統率個体がいる」
森が揺れた。
ダシクタの群れが左右へ割れる。
何かが迫り来る、重い振動。
――ドン
――ドン
地面が揺れた。
ブレンが眉をしかめる。
「……おい」
茂みの奥から姿を現したそれを見て、リエラが息を呑む。
「冗談でしょ」
それは――
巨大だった。
通常のダシクタのおよそ三倍。
人間より遥かに大きい体躯。
黒鉄色の鱗殻が幾重にも重なり、背甲には星のような白い斑紋が散り、威厳すら感じさせる。
重厚な頭部に太い脚、そして圧倒的な質量。
モーナスが低く言った。
「……星殻」
メディが呟く。
「星殻ダシクタ」
「群れの統率個体よ」
星殻ダシクタはすぐには突進しなかった。
じっとこちらを見ている。
無機質な黒い瞳が静かに動く。
ロライ。
モーナス。
ブレン。
リエラ。
メディ。
リシア。
クロア。
ラテア。
一人ずつ観察するように視線が巡る。
メディが小さく言った。
「まずい、こっちを見て......」
「戦力を分析してる」
その次の瞬間。
星殻ダシクタの背甲が光った。
――ゴゴゴッ
地面が震える。
数多の石が浮いた。
「魔術!」
リエラが叫ぶ。
瞬間。
岩の槍が生成される。
巨大な岩柱。
それが。
――バシュンッ!!
砲弾のような速度で放たれた。
「散開!」
ロライが叫ぶ。
岩槍が地面に突き刺さる。
――ドォン!!
土が爆ぜる衝撃波。
ブレンが歯を食いしばる。
「おいおい」
「魔物の火力じゃねぇぞ」
クロアの単眼が強く光る。
「高危険度個体確認」
「優先目標指定」
ラテアが短く言う。
「クロア、抑えろ」
「了解」
クロアの履帯が回転する。
――ガガガガガ
機械兵が加速する。
星殻ダシクタも動いた。
迎撃の突進。
二つの巨体が激突する。
――ドォン!!!
衝撃。
地面が沈んだ。
ロライが思わず笑う。
「ははっ、化け物同士だな」
だが。
星殻ダシクタの膂力は異常だった。
クロアが押される。
履帯が石畳を削る。
「……押し返されてる」
リシアが呟く。
メディが冷静に言う。
「質量が違う」
「三倍個体よ」
「クロア、距離を取れ」
「了解」
戦場は混乱していた。
ダシクタの群れ。
星殻ダシクタ。
そして押し返されるクロア。
その時だった。
森の奥から――
角笛が鳴った。
――ブオオオオォォ
低く、長く、重い音。
ロライが顔を上げる。
「……なんだ?」
次の瞬間。
森の向こうから声が響いた。
「全隊」
凛とした女の声。
よく通る、戦場全体に届く声。
「徹甲弾一斉射」
一拍。
「てぇっ!」
――ドドドドドドドドドドドドドドド!!!
雷鳴のような轟音。
森の奥が閃いた。
無数の火線。
次の瞬間。
徹甲弾の雨が降った。
――ズガガガガガガ!!
ダシクタの装甲が弾ける。
鱗殻が砕ける。
巨体が次々と吹き飛んだ。
リエラが目を見開く。
「なに、これ」
メディが呟く。
「軍隊……」
森の木々が割れた。
黒い奔流が現れる。
騎馬。
装甲騎兵。
漆黒の鎧。
統一された武装。
長大なガンランス。
その数、五百。
整然と並ぶ鉄騎の軍勢が、一斉に戦場へ雪崩れ込んだ。
先頭の騎士が槍を掲げる。
「黒徹騎士団!」
「突撃!」
騎兵の咆哮が森を震わせる。
「醜い獣どもを、地獄に叩き落とせ!」
五百騎の装甲騎兵が突撃する。
地面が揺れる。
鉄の奔流。
ガンランスが火を噴く。
――ドン!!
至近距離射撃。
ダシクタの装甲が吹き飛ぶ。
そのまま槍が突き刺さる。
騎兵が通り過ぎる。
群れが裂けた。
戦場が割れた。
ロライが呆然と笑う。
「……はは」
「なんだよ、これ」
その先頭にいたのは、一人の騎士だった。
長身。
黒い長髪を後ろで束ねている。
漆黒の全身鎧。
切れ長の双眸。
その視線はまっすぐ戦場を貫いている。
彼女のガンランスが火を吹く。
――ドン!!
一体のダシクタが吹き飛ぶ。
そのまま馬を跳ばし、星殻ダシクタの前へ出た。
副官の声が響く。
「団長!」
彼女は短く言った。
「包囲陣形、群れを分断する」
そして静かに呟く。
「星殻個体は、私がやる」
戦場の中心。
星殻ダシクタが咆哮する。
――ゴォォォォッ!!
巨体が旋回する。
その視線が向いた先にいたのは、黒い騎士だった。
ベルティス。
彼女は馬上で静かにガンランスを構える。
切れ長の双眸が、巨大な魔物を真っ直ぐ射抜いた。
「……見つけたぞ」
短く呟く。
そして号令。
「道を開けろ」
騎士団の隊列が左右へ割れる。
ベルティスは躊躇なく馬を加速させた。
ガンランスの機構が唸る。
――ガキン
銃槍の側面装甲が展開する。
魔術回路が輝く。
赤、そして蒼。
火と風、二つの魔力が重なり合う。
副官が思わず叫ぶ。
「団長、最大出力です!」
ベルティスは答えない。
ただ星殻ダシクタを見据える。
距離が縮む。
十歩。
五歩。
三歩。
そして。
「――穿て、【ガンランスオーバーチャージ】」
ベルティスはガンランスを投げた。
全身の体重。
騎馬の速度。
そして魔術の推進。
その投げ槍は空気を裂いた。
――バシュゥン!!
火と風が爆ぜる。
弾丸のような速度で飛んだ銃槍が、星殻ダシクタの胸甲へ突き刺さる。
次の瞬間。
――ドォォン!!
接触発砲。
凄まじい爆炎と風圧。
星殻ダシクタの鱗殻が弾け飛び、巨体が大きくよろめいた。
だがベルティスは止まらない。
既に馬から跳んでいた。
宙で身体を翻す。
両手が腰の鞘へ伸びる。
――シュン
双剣が抜かれた。
銀の軌跡。
着地と同時に、彼女は呟く。
「狂化術式」
赤い魔力が彼女の身体を走った。
瞳の奥に紅蓮の光が宿る。
次の瞬間、ベルティスの姿が消えた。
――ギィン!!
一撃。
――ザンッ!!
二撃。
――ギャリッ!!
三撃。
人間離れした速度。
双剣が嵐のように走る。
星殻ダシクタの鱗殻が削れる。
火花が散る。
ロライが目を見開く。
「……おい」
リエラが呟く。
「速すぎる」
メディが低く言う。
「狂化魔術」
「身体能力を強制的に引き上げてる」
クロアの単眼が光る。
「戦闘解析」
「対象:人類個体」
「戦闘能力評価」
一瞬の沈黙。
「――極めて高い」
ラテアが静かに言う。
「同感だ」
しかし。
星殻ダシクタが咆哮する。
背甲の紋様が光った。
――ゴゴゴゴゴ……
地面が裂け、無数の岩塊が浮かび上がった。
メディが息を呑む。
「来る!」
岩塊が回転を始める。
最初はゆっくり。
次の瞬間。
――ギュンッ!!
凄まじい速度で公転を始めた。
星殻ダシクタを中心に、岩の嵐が生まれる。
「【ロックストーム】……!」
巨岩が弾丸のように飛び交う。
ベルティスが双剣で弾く。
――ギィン!!
――ガガン!!
だが数が多すぎる。
ついに彼女は後退した。
「……ちっ」
その瞬間、黒い影が前へ出た。
クロア。
「戦術判断」
「味方被撃確率上昇」
「介入」
ストラクチャーゲルがほとばしる。
――ギチッ
黒銀の構造体が形を取る。
巨大な直方体。
無骨な刃。
大剣。
クロアがそれを握る。
ラテアが静かに呟く。
「……私の型か」
クロアが答える。
「戦闘ログ参照」
「マスターラテアの戦闘技術を模倣」
同時にもう一つの構造体が展開する。
巨大な黒銀の盾。
次の瞬間。
岩塊の嵐が襲いかかった。
――ドゴォ!!
クロアの盾が受け止める。
衝撃と火花。
だが岩塊が砕け散る。
クロアは一歩も退かない。
四脚が地面を掴む。
クロアが前進した。
――ドン
踏み込み。
巨体が加速する。
星殻ダシクタの懐へ突入。
大剣が振り下ろされる。
――ズドォン!!
鈍い衝撃。
星殻ダシクタの装甲が軋む。
続けて横薙ぎ。
――ゴォン!!
鱗殻が砕ける。
クロアの剣は美しくない。
武骨で無駄がない、ただ殺すための軌道。
ラテアの実戦剣術を、四脚機動に最適化した異形の大剣術。
リエラが呟く。
「……何あれ、見たことない」
ブレンが笑う。
「怪物だな、だが頼もしい」
星殻ダシクタが怒号を上げる。
クロアが大きく剣を振りかぶった。
明らかに大振り。
隙が生じる。
その瞬間だった。
ベルティスが動く。
「借りるぞ」
彼女はクロアへ突進し、その装甲を踏み台に跳んだ。
――ドン!!
ベルティスが空中で回転する。
双剣が広がる。
全身の回転。
遠心力と魔力の融合。
刃が風を裂く。
「――【サイクロンブレード】」
嵐のような回転斬撃。
それが星殻ダシクタの胸甲へ一直線に叩き込まれる。
――ザンッ!!
亀裂。
すでにクロアの攻撃で弱体化していた装甲が悲鳴を上げる。
次の瞬間。
――ズバァァン!!
巨体が真っ二つに裂けた。
星殻ダシクタが崩れ落ちる。
――ドォン……
森が静まり返る。
ベルティスが着地する。
双剣を振り、血を払う。
クロアが静かに告げた。
「敵反応消失、戦闘終了」
ラテアが短く言う。
「よくやった」
ベルティスが振り向く。
その視線はクロアへ向いていた。
「……面白い兵器だ」
戦場に、ようやく静寂が戻った。
▲▽▲―――▲▽▲
静寂が戻った戦場で、黒徹騎士団の騎馬たちが次々と歩みを止めていく。
倒れ伏した星殻ダシクタの巨体の前で、ベルティスはゆっくりと双剣を鞘へ収めた。
カチリ、と金具が鳴る。
そして彼女は振り向く。
視線の先には、ラテアと――
その背後に静かに佇む黒い機械兵、クロア。
ベルティスは数歩だけ歩み寄った。
「あなたが、この奇特な兵器の主か?」
低く落ち着いた声だった。
その声音には警戒よりも、純粋な興味が滲んでいる。
ラテアは肩の力を抜いたまま答える。
「そうだが」
「助太刀に感謝する」
ベルティスはそう言って、わずかに微笑んだ。
それは、つい先ほどまで戦場を席巻していた狂戦士のような姿からは、想像できないほど柔らかな表情だった。
優雅さ、そして気品。
戦場の只中にあってなお失われない立ち振る舞いは、生まれながらの高貴さを思わせる。
だがラテアは、その雰囲気に気圧される様子もなく答えた。
「その感謝は、どうかクロアに」
ラテアは親指で後ろを示す。
「私が救援を指示する前に飛び出していったのでな」
クロアの単眼が静かに光る。
「戦術判断」
「味方生存率向上のための自律行動」
ベルティスが僅かに目を細めた。
「……ほう」
興味の色が、さらに濃くなる。
「自律思考型か」
彼女はクロアをじっと見上げる。
まるで珍しい工芸品を観察するかのように。
そして、ぽつりと言った。
「実に面白い」
その言葉には、ただの感想以上の意味が含まれているようだった。
戦場の片付けが始まりつつある中で、ベルティスはふとクロアの前で足を止めた。
「許されるならば、少し会話したいのだが」
彼女はラテアを見る。
「宜しいか?」
ラテアは肩をすくめる。
「クロアが構わないならな」
クロアの単眼が微かに明滅する。
「会話処理、可能」
ベルティスは小さく頷いた。
そして、ゆっくりとクロアを見上げる。
「……なるほど」
少し観察するように視線を巡らせてから言う。
「感情が浅いな」
クロアは即答した。
「感情表現機能は限定的」
「戦闘効率維持のため」
ベルティスの口元がわずかに緩む。
「合理的だ」
そして次の問い。
「欲はないのか?」
クロアの返答は簡潔だった。
「優先行動はマスターの意思」
「個体欲求は設定されていない」
「……そうか」
ベルティスは静かに頷く。
その瞳には、どこか考え込むような色が宿っていた。
その時だった。
「団長」
後方から声がかかる。
副団長のドールズだった。
「そろそろ時間です」
ベルティスは小さく息を吐く。
「……そうか」
だが去る前に、彼女はもう一度だけクロアを見た。
「最後に一つ、聞かせてほしい」
一瞬の沈黙。
森の風が葉を揺らす。
そして、ベルティスは言った。
「終わらない戦いを、どう思う?」
その問いには、ただの興味ではない何かがあった。
戦場に生きる者だけが持つ、重い問いだった。
クロアはわずかに沈黙した。
演算の果てに繋がりゆく思考。
そして答える。
「戦闘は目的ではない」
「目的達成の手段」
「ゆえに」
単眼が静かに光る。
「終わらない戦闘は、戦術的失敗である」
一瞬。
ベルティスの目が細くなった。
そして――
ふっと笑う。
「……なるほど」
「実に君らしい答えだ」
彼女は踵を返した。
「行くぞ」
副団長にそう言い、騎士団の方へ歩き出す。
数歩進んだところで、ベルティスは振り向かずに言った。
「ラテア」
「その兵器、大事にするといい」
「戦場であれほど理性的な戦士は、そうはいない」
そして彼女は去っていった。
黒徹騎士団の隊列の中へと。
残されたラテアは、背後のクロアを一瞥する。
「……褒められたぞ」
クロアは答える。
「評価更新」
「団長ベルティス:高脅威個体」
ラテアは思わず小さく笑った。
「それは同感だ」
▲▽▲―――▲▽▲
討伐戦を終えた一行は、森の外縁へ向かって進んでいた。
先頭を行くのはクロア。
履帯を展開した戦車形態で、ゆっくりと森道を進んでいる。
その背部装甲の上には――
真理の瞳の六人とラテアが、思い思いの格好で乗っていた。
ロライが足をぶらぶらさせながら言う。
「いやぁ……」
「今日はとんでもねぇ一日だったな」
モーナスが腕を組む。
「星殻ダシクタに、黒徹騎士団」
「普通の依頼なら一生に一度見るかどうかだ」
ブレンが短く言う。
「その両方に勝った」
リエラが笑う。
「しかも戦車の送迎付き」
クロアが即座に訂正した。
「輸送機能は副次用途」
リエラは肩をすくめる。
「はいはい」
メディが顎に指を当てる。
「それにしても」
「団長ベルティスね。噂以上だったわ」
ロライが大きく頷く。
「化け物だな、あの人も」
モーナスも珍しく同意する。
「近接戦闘の精度が異常だ。人間の動きを超越している」
リシアが柔らかく微笑む。
「でも、とても綺麗な方でしたね」
リエラが即座に食いつく。
「それな!」
「しかもあの戦い方でしょ?かっこよすぎ~」
ロライがニヤリとする。
「リエラ、お前完全に惚れてたろ」
「うるさい!」
リエラが肘で小突いた。
そのやり取りを聞きながら、メディがクロアを見上げる。
「それより。あなたよ」
クロアの単眼が光る。
「質問を受信」
メディが指を立てる。
「ベルティスの質問」
「終わらない戦いをどう思うか」
「本気であの答え?」
クロアは即答した。
「戦闘の継続は資源の浪費」
「合理性がない」
ロライが吹き出した。
「ははは!」
「夢もロマンもねぇ!」
リエラも笑う。
「騎士団長に向かってそれ言う?」
ブレンがぼそりと言う。
「正論」
モーナスが頷く。
「極めて合理的だ」
リシアがくすくす笑った。
「でも」
「団長様、嬉しそうでしたよ」
メディも同意する。
「ええ」
「気に入られたわね、完全に」
ロライがクロアの装甲を軽く叩く。
「出世したなぁ、お前」
クロアは静かに答えた。
「当機の呼称案更新、ベルティスに褒められて出世した機械兵、に変更しますか?」
一瞬、沈黙。
そして。
ロライが腹を抱えて笑った。
「はははは!」
「やめろ!」
リエラも笑う。
「それ本人に言ったら決闘になるわよ!」
ラテアが前方を見たまま言う。
「やめておけ、今のクロアでは勝てん」
ロライが笑いながら言う。
「マジで?」
ラテアはあっさり答えた。
「多分な」
その言葉に、全員が少しだけ黙る。
数秒後。
ロライが空を見上げて言った。
「……世の中、上には上がいるもんだな」
クロアの履帯が静かに回る。
森を抜ける風が心地よかった。
▲▽▲―――▲▽▲
人間の城塞都市から遥か遠く。
古き森のさらに奥。
月光すら届かないほど濃い闇の中に、エルフの古代都市は存在していた。
石と樹木が融合したような異様な建築。
静まり返った空気。
その最奥。
黒曜石の玉座の間に、一人の女が座していた。
ダークエルフ族長――
セルケト。
長く艶やかな銀黒の髪。
静かに燃えるような紅蓮の瞳。
そしてその表情には、冷たい理知が宿っている。
玉座の前で、一人の使者が跪いていた。
「報告いたします」
「ダシクタ群の誘導作戦は失敗」
「星殻個体も討伐されました」
沈黙。
セルケトは微動だにしない。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……そうか」
その声には、怒りも失望もない。
ただの事実確認のようだった。
「人間の騎士団が介入したか」
使者が頭を垂れる。
「はい」
「黒徹騎士団、団長ベルティスが出撃」
セルケトはわずかに目を細めた。
「噂通りの剣か」
そして、静かに笑う。
「実に結構」
使者が顔を上げる。
「族長?」
セルケトは玉座の肘掛けに頬杖をついた。
「所詮は前哨戦だ、氷山の一角に過ぎぬ」
ゆっくりと指を動かす。
空間に淡い魔術陣が浮かび上がった。
そこに映るのは――
各地の地図。
そして、無数の赤い光。
「魔族勢力との密約は順調だ」
「人間たちは気付いていない」
赤い光が、ゆっくりと人間領へ向かって動いていく。
セルケトの声が低く響く。
「人間は愚かだ」
「自らが世界の中心だと信じている」
紅蓮の瞳が冷たく光る。
「だが現実は違う」
「奴らはただの餌だ」
赤い光がさらに増える。
魔物の群れ。
森から、山から、地下から。
「我らが攻め」
「魔物が襲う」
「二正面だ。いずれ崩れる」
セルケトはゆっくりと立ち上がった。
長いマントが床を滑る。
「戦争が始まる」
その声には、確信しかなかった。
「長く、終わらぬ戦争が」
そして、ふと呟く。
「……黒徹騎士団、そして――」
一枚の報告書を指先で持ち上げる。
そこに書かれていたのは一行。
未知の機械従魔。
セルケトの唇がわずかに歪む。
「クロア」
その名をゆっくりと口にした。
「面白い」
「実に面白い駒だ」
紅蓮の瞳が闇の奥で光る。
「この戦争」
「少しは楽しめそうだ」
闇が、静かに深まった。




