表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

第十八話 分岐 中編


セクター外縁部。

瓦礫と鉄骨が入り混じる未完成の防衛線で、二つの軍勢が向かい合っていた。静止したまま誰も動かない。

ダークエルフの一軍。その先頭に立つのはバステト。

対するはベルティス率いる都市防衛正規兵。

大盾が隙間なく並び、その背後に槍、さらに後方に弓が控える。

即席の布陣。だが整っている。


両軍は互いを測る。呼吸、間合い、視線。わずかな揺らぎすら見逃さない。

バステトが口元をわずかに歪める。


(……練度優位、連携優位)


結論は速く、迷わない。

次の瞬間、指先がわずかに動く。

それだけで空が埋まった。


魔術と矢の一斉射。

視界を覆い尽くす密度で前線へ降り注ぐ。


その下を影が走る。

バステトだ。軽く、速い。

地を蹴り、滑るように前へ出る。

それと同時に投げナイフが舞う。

一つではない。二つ、三つ、さらに増える。

生成される、無尽蔵に。そしてそのすべてが正確に急所を狙う。


防衛兵が崩れていく。

だがベルティスが動く。


「――構え!」


声が戦場を貫く。盾が閉じ、重なり、衝撃を受ける。

矢が刺さり、魔術が弾ける。それでも崩れない。耐える。一切後退しない。


ベルティスが前へ出る。愛馬が地を蹴り、ガンランスを構えた。

その姿に兵たちの呼吸が揃う。恐怖が押し込められ、代わりに意志が前へ出る。


「セクターに集いし勇士たちよ!」


声が高らかに響く。


「我らの盾の後ろには、守るべき者たちがいる!」


盾がさらに固まる。


「手塩にかけて育て上げた文明がある!」


後列の弓が構え直される。


「それが今、侵略を受け――無惨に奪われようとしている!」


沈黙は一瞬。


「それが、許せるか!」


応える声が上がる。最初は小さいが、確かに増えていく。


「我らの盾と剣は!」


ベルティスが槍を掲げる。


「セクターの意志と共に在る!」


踏み込む。


「戦おう!いざ、共に!」


突撃が始まった。盾列が押し出される。

受けから攻めへ戦線全体が転じる。


バステトが笑う。


「弱兵にそぐわぬ猛者の指揮官」


速度を落とさぬまま言葉を重ねる。


「相手にとって不足なしね」


ナイフがさらに増える。氷が地を這い、水が形を変える。

戦場そのものが彼女の武器になる。


「そのご大層な槍が――果たして私に届くかしら?」


距離が詰まり、視線が交差する。

次の瞬間、衝突が始まった。

ナイフと槍。氷と鉄。流れる殺意と、それを受け止める意志。


兵の練度は確かに劣る。だが崩れない。

ベルティスがいる限り、この戦線は折れない。


そして、その均衡を破るようにバステトがさらに一歩踏み込む。

突出。その戦闘技能が周囲の流れを追い越す。

ベルティスも応じる。他を切り離し、二人だけの間合いを作る。


戦場の中に、もう一つの戦場が生まれる。


バステトとベルティス。

視線が固定され――激突する。



間合いが閉じる。

先に動いたのはバステトだった。

足音はない。滑るように距離を詰め、指先をわずかに弾く。


投げナイフ。


一つ、二つ、さらに増える。

三方向、四方向。死角を埋めるように刃が走る。

同時に地面が凍った。薄い。だが確実に足を奪うための氷。

さらに水が集まり、形を持たぬ力となって彼女の周囲を漂う。


精霊の加護。


攻撃のすべてが、わずかに速く、重く、鋭くなる。

隙がない。


(……制圧完了)


バステトの中では、すでに戦いの形が出来上がっていた。


対するベルティスは動かない。受けるのではなく読む。

ナイフの軌道。氷の広がり。水の圧。そのすべてを。

そして一歩、踏み出す。

その足が凍結を砕いた。氷が割れ、ナイフが迫る。だがガンランスが唸る。

弾く。払う。叩き落とす。


単純。だが正確。

そのまま突き。重い一撃が一直線に走る。

バステトが紙一重で躱し、そのまま側面へ流れる。返す刃が喉元を狙う。

その瞬間、ベルティスの目が変わった。


静が消える。


代わりに現れたのは“獣”。

次の瞬間、武器が変わる。

ガンランスを手放し、抜刀される双剣。

同時に魔力が弾ける。抑制が外れる。

自己強化魔術。


だが、それは整然とした強化ではない。荒々しく、獰猛な狂戦士化。

筋肉が軋み、呼吸が荒れる。それでも目だけは冷たい。


狩人。

理性を保ったまま暴力へ堕ちる者の影。


バステトの動きが、わずかに止まる。


「……面白いわね」


初めて評価が変わった。

ベルティスが踏み込む。

速い。先ほどまでとは別人だった。


双剣が振るわれる。一撃、二撃、三撃。止まらない連撃。

重さではない。速度でもない。強すぎる圧だった。


押し込まれる。

バステトが受け、流し、逸らす。だが追いつかない。

ナイフの展開が間に合わず、氷の制御が遅れ、水の流れが乱れる。


初めて、防御へ回る。

ベルティスはさらに踏み込む。

獲物を追う獣のように、逃がさない。

バステトが跳ぶ。その着地点には、すでに刃があった。

読まれている。


「……っ」


初めて、その呼吸が乱れる。

ベルティスの双剣が交差する。

斬撃。浅い手応え。だが確かに届いた。血が飛ぶ。


バステトの口元が、わずかに歪む。笑みだった。


「いいわね」


低く、愉しげに。


「やっと、戦いらしくなってきた」


水が再び集まり、氷がさらに広がり、ナイフが増える。

ベルティスが双剣を構える。呼吸は荒い。だが視線は一切ぶれない。

もはや指揮官ではない。

そこにいるのは、獲物を仕留めるまで止まらない狩人。


二頭の獣が向かい合う。

次の一手で、どちらかが崩れる。

戦場の中で最も濃密な“殺し”が、幕を開けた。



戦場の一角。そこだけは、他と質が違っていた。

激突でもない。斬り合いでもない。

配置と布陣が戦っている。


ラトラは高所に立っていた。視界を取り、全体を見渡し、戦場を分割する。

その眼は冷たい。感情ではなく、構造を見ている。


配下の雷装兵が整然と進む。乱れはない。呼吸が揃い、雷装が淡く発光する。

統一性。それ自体が武器だった。


「敵は寄せ集めのように見えますが」


ラトラが静かに言う。


「装備の質は良いようです」


視線が前線をなぞる。盾、剣、弓。統一感はない。だが無視できない。


「油断してはなりません」


淡々とした声に揺らぎはない。

やがて、わずかに口元が動く。


「……なるほど。冒険者でしたか」


その言葉と共に、前線の一角が動く。


真理の瞳。


ロライ。モーナス。ブレン。リエラ。メディ。リシア。

さらにその周囲には、高ランク冒険者、志願兵、義勇兵。

雑多。だが、強い意志の光が宿っている。


ラトラの思考が即座に再編される。


(……個別戦闘能力、高)


(……統一指揮、弱)


結論。


「……ならば、やりようはいくらでもあります」


手が上がる。

次の瞬間、空気が変わった。


「雷陣広域展開――始め!」


雷が走る。

一本ではない。面。網のように戦場全体へ広がっていく。

地面に光の線が走り、空間に閃光が残る。

踏めば撃たれる。踏まなくても削られる。

移動そのものが制限される。


「雷結界を絶やすな。勢いを削げ!」


雷装兵が即座に応じる。展開、維持、補強。

流れが固定されていく。


その時、対面で声が上がった。


「イデアの借りは高くついてるんだ」


ロライが笑う。


「しっかり返してもらうぜ」


モーナスが大盾を構えた。


「この大盾に誓って、貴様らの雷撃は一発も通さん!」


ブレンが剣を抜く。


「一人残らずぶった斬る。それでいいんだろ?」


リエラが弓を引き絞る。


「弓なら負けない!頼りにしてよね」


メディが一歩前へ出る。


「真理の瞳がリードします。各パーティは連携を取りつつ敵を仕留めてください」


指示が流れる。

そしてリシアが、祈るように静かに言った。


「どうか一人でも多くの戦士に、無事の帰還を」


その言葉だけが、不思議と戦場に残った。

対するラトラは微動だにしない。すでに盤面は完成している。


(……封鎖完了)


冒険者たちが動く。踏み込む。

その瞬間、雷が走った。

回避する。だが次が来る。

進めば削られ、止まれば囲まれる。

選択肢そのものが削られていく。


ラトラの戦いは、そこにあった。

“戦わせない”ことで勝つ。

だが、ロライが笑う。


「……上等だ」


踏み込む。雷を掻い潜る。

モーナスが盾を叩きつけ、雷撃を受け止める。

ブレンが強引に突っ込み、道を切り開く。

リエラの矢が雷装兵を撃ち抜き、メディが乱れた流れを修正する。

リシアが後方を支え、崩壊を防ぐ。


寄せ集め。だが折れない。

ラトラの視線が、わずかに動いた。


(……想定以上)


それでも揺らがない。


「……問題ありません」


静かに告げる。


「調整します」


雷がさらに強まる。戦場そのものが閉じていく。

対するは、散らばりながらも繋がる者たち。


統制と自由。雷陣と意志。


静かな戦いが、確実に命を削り始めていた。



少々更新が遅れました。プロットの強化、それに伴う整合性の整理などの作業に追われておりました。更新再開します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ