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第十七話 分岐 前編


灰は、まだ空に残っていた。


イデア神殿。

先の戦闘の痕跡は消えつつあるが、完全には消えていない。


床に刻まれた焦げ。

壁に走る微細な亀裂。

そして何より。

空気が、変わっている。


不可逆な方向へと。


誰も口にはしない。

だが、全員が理解していた。

セルケトが、机に手を置く。


「時間がない」


短く告げる。

だが、それで十分だった。

コンスが、静かに続ける。


「狂信者を二名失ったとはいえ、教団の戦力は未知数です」

「猶予は、我々にありません」


イシスが装置を操作し、空間に簡易地図を展開する。


セクター。

フィリア。

その二点を結ぶ線。


「軍勢を二分する」


セルケトの声が、場を固定する。


「セクターにて敵主力を拘束」

「その間にフィリアを攻略し、創世教団の宇宙開発を断つ」


誰も反対しないが、容易ではない大規模軍事行動だ。

コンスが、補足する。


「セクター側の軍は“勝つ必要はない”」


一拍。


「しかし、“決して崩れてはならない”」


重い使命を意味する宣言。

ゲブが、低く呟く。


「耐え続ける戦い、か」


「その通りです」


コンスが頷く。


「そして、その戦線を破壊してくるのが――狂信者です」


沈黙。

全員が理解している。

あれは戦力ではない。

形を持った“破綻”だ。


「対処は既に共有済みです」


コンスの声は、変わらない。


「遅滞戦闘か、撃破か」

「最初、接敵時に選び、徹底する」


曖昧な対処は、戦線全体の死に繋がる。

クロアの単眼が、わずかに収束する。


(……戦術分岐、確定)


ラテアが、静かに立つ。


「私たちはフィリアへ」


確認ではない。

決定事項のなぞり。

セルケトが、頷く。


「道は、こちらで開く」


その一言で、役割は確定する。

交わることのなかった者たちが。

今、明確に“分かれる”。


異なる戦場へ。

別々の使命へ。

それぞれの理由を持って。


会議の場が、解かれる。

誰も急がない。

だが、誰も立ち止まらない。


不可逆な行軍。


もう、誰も席に戻らない。




――場面が変わる。


風が乾いていた。


工業都市セクター。

その防壁の上。


影が、並ぶ。


ベルティス。

ルフト。

ローガ。


真理の瞳。


ロライ。

モーナス。

ブレン。

リエラ。

メディ。

リシア。


誰も動かない。

ただ地平線を見ている。

見つめる先に、現れ始めていた。


軍勢が、整然と。

圧倒的な密度で。


「……来たな」


ベルティスが呟く。

ルフトが目を細める。


「予想より早い」


ローガが息を吐く。


「上等だ」


短いやり取り。

それ以上はいらない。


ロライが、ぽつりと漏らす。


「……ラテアとクロア」


空気が、わずかに揺れる。


「前回の戦いで、くたばってるわけないよな」


誰も否定しない。

モーナスが苦笑する。


「むしろ、面倒な側に回ってそうだ」


ブレンが頷く。


「それも含めて、あの二人だ」


リエラが静かに言う。


「……きっと会うわね」


メディが、遠くを見る。


「うん、戦場で」


リシアが続ける。


「もし」


そこで止まる。

風が通り抜けていく。


「もし、敵として現れたら」


沈黙。

誰も答えない。


ベルティスが目を閉じる。


ルフトが視線を逸らす。


ローガが笑みを消す。


ロライが口を閉ざす。


モーナスが息を吐く。


ブレンが腕を組む。


リエラが目を伏せる。


メディが空を見る。


リシアが言葉を飲み込む。


自然に会話が途切れる。

答えはあるが、まだ選ばない。


彼らは、人界の守護者だ。

それは揺らがない。

しかし、あの戦場を共に越えた記憶。

それが、戦友として残っている。


だからこそ、揺れる。

選択は割れる。

それでも、誰一人としてその場を離れない。


角笛が鳴る。

低く、長く。

戦いの始まりを告げる音。


防壁の上に立つ者たちが、同時に動く。

それぞれの選択を胸に、戦場へ向かう。


分岐は既に始まっていた。



朝焼けが地平線を染めていた。


赤。橙。そして、金。

その光を背に。影が、現れる。


先頭はセルケト。その隣に、イシス。

わずかに後方、軽やかに歩を進めるのは――バステト。

その背後に広がる、ダークエルフの陣容。


整然として静謐。そして圧倒的。

まるで、儀式の行進のようだった。


その瞬間。

戦いは既に始まっていた。


音もなく空間が歪む。

セクターの城壁が、裂けた。


それは破壊ではなく、空間の切断。

存在そのものが、切り取られるように大穴が空く。

イシスの指先が、わずかに揺れる。


攻城空間魔術。


防壁という概念を、無視する術。


「――開いた」


短く告げる。

その声と同時に、バステトが消える。


跳躍、からの流れるような侵入。

魔術由来の氷の板を華麗に乗りこなし、増速しつつ防壁内へ滑り込む。


敵陣の中。銀の軌跡が走る。

投げナイフ。一つ。二つ。増えていく。

魔導武具により無尽蔵に生成される刃が次々と熟練の技で投擲される。

その制圧力で、戦場を乱して崩す。


数瞬遅れて、雷撃が落ちた。

空から、無数に幾重にもなって降り注ぐ。


爆ぜる。焼く。吹き飛ばす。

セクターの防御陣形が撹乱される。

そこへ、セルケト自身が踏み込む。

雷装兵を伴い突撃し、一直線に陣地を貫く。


静と動。理と速度。

全てが恐ろしく噛み合っている。


その光景を防壁の上から見ていた者たちがいた。

ベルティスたちだった。イデアからの敗走兵も混じっている。


彼らの視界に映るのは、忘れようのない敵の姿。


「……あいつらだ」


誰かが呟く。声は震えていない。

恐怖ではなく理解が漂い、次に感情が込み上げる。


畏敬。イデアの鉄壁の防備を壊滅させた強敵。

復讐。失ったもの、奪われたもの。その全ての元凶が今、目の前にいる。


セクターを守る兵たちの双眸に、炎が宿る。

逃げ延びてきた者たちの中に再び、戦意が灯る。


「……今度は」


低く断言する。


「逃げねぇ」


その一言が、波紋のように広がっていく。

士気は今や燃え上がっていた。


ベルティスが、ゆっくりとガンランスを構える。

愛馬が、地を鳴らす。


「いい面構えだ」


短く呟く。

ルフトが頷く。

ローガが笑う。


「上等だ」


真理の瞳も、それぞれの武器を手に取る。

視線は、ただ一点に向けられていた。

迫り来る三つの影。


セルケト。

イシス。

バステト。


戦場が収束し、自然に対峙が形を成す。

理と理。技と技。そして。選択と選択。

セクターの雌雄を決する、衝突が始まる。



雷撃が走った。

セルケトの多重雷槍が、崩れた城壁の間隙を埋める防衛兵を薙ぎ払う。

直線の連なりが逃げ場を削り取る、理を宿した暴力。


土煙が上がるその中で、何かがずれる。

空間がわずかに歪む。

そうして目には見えないはずの境界が、揺らぐ。


そこに、面が生まれていた。鏡だ。

一枚、いや――次々と増える。

呼吸する間に倍化する。


破片のように、しかし完璧に滑らかに。

無数の鏡面が空間を占有していく。


その中心、鏡の奥から影が歩み出る。


狂信者、ミラ。


戦鎌を携えた修道服姿は、まるで舞台の中央に立つ役者のようだった。


「――いいわ」


くすりと笑う。


「やっと“絵”になる戦場ね」


足を踏み出す。

その一歩で、大小の鏡がさらに増える。

イシスがわずかに視線を細めた。


(……空間侵食)


だが、次の瞬間。

ミラは、もう目の前にいた。


戦鎌が振り下ろされる。

速い。その上、非直線軌道で迫る。

軌道そのものが、複数の鏡の中で複雑に再構成されている。


そこへ雷撃が割り込む。

セルケトが雷を纏った一撃で、戦鎌の軌道を丸ごと弾いたのだ。

空間自体が軋むようだ。


セルケトが踏み込む。


「お前が鏡の狂信者か」


低く告げる。


「アヌビスの仇――」

「今こそ討たせてもらう」


ミラが、首を傾げる。


「……あら」


純粋に楽しげに。


「貴女、綺麗ね」


舐めるような視線が、セルケトをなぞる。


「でも――」


鏡が鳴り、一気に増える。


「所詮は、私の美に到底及ばない俗物ね」


戦鎌が再び構えられる。

鏡面の先にある、セルケトの首を狙って。

どこから致命の斬撃が来るか、誰にも予測がつかない。


「死になさい」


ミラが一歩を踏み出す瞬間、鏡が全方位に展開する。


「薄汚れたダークエルフ」


斬撃が、降る。全方向から同時に。

セルケト単一の視界では、到底捉えきれない。

しかし、多重に、縦横に、重層的に走った雷撃が応じた。

空間そのものに網を張るように、雷の結界が展開されたのだ。


鏡に当たった雷撃が反射し、反射した先でも鏡に反射させられる。

しかしその反射先には新たな雷撃があり、それ以上の反射を妨げる。


そうして雷と鏡が噛み合い続け、増幅と反射と再衝突を繰り返す。

今や戦場の一角が別の法則で動き始めていた。


イシスが、わずかに後方へ下がる。


「……空間ごと持っていくわね」


静かに次の策の準備に入る。


だがそこに、別種の光が集まる。

光は瞬時に収束し、奔流となって解き放たれる。


狂信者、オース。


鏡の海の中で、まるで最初からそこにいたかのように佇んでいた。


戦場が分かたれる。

雷と鏡。

空間と光。


二つの理法が、正面から激突する。

それは“現象”をその身に宿した怪物たちのぶつかり合いだった。



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