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第十六話 不可逆 後編


前線の中心で、均衡が崩れ始めていた。


ベルワルド。六つの眼が同時に異なる方向を捉えながら、そのすべてが一点へ収束する。ゲブへ。

腕が増える。裂けるように分岐し四本へ。それぞれが独立した軌道を描き、同時に振るわれる剛撃。

受け、逸らし、捌く。だが間に合わない。一撃を防いでも次が来る。三撃目を凌いでも四撃目が食い込む。

さらに尾。棘に覆われた鞭が死角から薙ぐ。防御の外側、反応の隙間を突く。

そして背。禍々しい翼が展開され、そこから杭が射出される。連続、無数。空間そのものが攻撃へと変わる。


「……っ」


ゲブが初めて息を乱す。受けきれない。捌ききれない。踏み込めない。


(……手数過剰、攻撃密度閾値超過)


クロアの演算が遠隔からも明確に危険域を示す。

ゲブがわずかに後退する。それだけで十分だった。

ベルワルドが踏み込む。


「終わりだ」


四腕が同時に振り下ろされ、尾が絡みつくように追い、杭が逃げ場を塞ぐ。退路はない。

その瞬間、地面が砕けた。横からの突入。


クロアだった。

四脚が地を裂き、強引に間合いへ割り込む。履帯ではない四脚機動。

精密に刃が交差する。受け、逸らし、ずらす。

四撃のうち二つを殺し、一つを流し、最後の一つを――


ラテアが断つ。杭を切り払い、尾の軌道をずらす。


三者が並ぶ。ゲブ、クロア、ラテア。ベルワルドの前に等間隔で立ちはだかる。

沈黙が落ちるが、それも一瞬だけ。


「……三対一か」


ベルワルドが笑う。


「いいだろう。まとめて壊してやる」


六つの眼が三者を順に捉え、空気が歪む。

周囲ではなお戦いが続き、オークと拝兵がぶつかり血と鉄が飛び交う。

だがこの場だけが別の密度を持つ。


クロアの演算が更新される。


(……戦力再評価)


ゲブは単体では押し負ける。

ラテアは精度は高いが持続力に限界がある。

ベルワルドは規格外。


だが――


(……分解可能)


手数、軌道、それらを再構成し分析すれば、パターンが見えてくる。

ラテアが静かに言う。


「合わせるわ」


ゲブが短く頷く。


「来い」


次の瞬間、再び激突。

だが今度は違う。受けるだけではない。

クロアが踏み込み、ラテアが切り開き、ゲブが叩き込む。

三つの戦い方が重なり、ベルワルドの攻撃が分散する。

完全ではない。それでも――押し返す。


均衡が戻る。

戦場の中心で、再び激戦が幕を開けた。



三者の連携が形になる。クロアが軌道を切り開き、ラテアが精度で裂き、ゲブが重撃で押し潰す。

ベルワルドの攻撃が初めて乱れた。四腕の軌道がずれ、尾の一撃が空を切り、杭の射出がわずかに遅れる。


「……っ」


確かな手応え。ラテアの刃が深く入り、ゲブの大剣が装甲を砕く。


(……有効、継続すれば削り切れる)


クロアの演算が結論へ至る。だが次の瞬間、ベルワルドが止まる。六つの眼が三者を静かに見据える。


「……ここまでか」


焦りも恐れもない。ただ決断。

その瞬間、身体が軋む。骨が鳴り、肉が裂け、構造が崩れる。

変異――だがそれは変形ではない。逸脱。元の形へ戻ることを放棄する変化。


「――【フォーム・ヨルムンガンド】」


声が低く沈み、魔力が奔流のように溢れる。膨張し、体躯が伸び、ねじれ、繋がる。

腕は消え、脚も消える。残るのは巨大な“蛇”。大地を這う質量。

体表から無数の棘が突き出し、動くたびに空気を裂く。頭部が持ち上がり、六つの眼が開く。

その威容は東洋の龍を思わせるが、そこにあるのは神聖性ではない。侵食。存在そのものが周囲を圧迫する。


沈黙。誰もすぐには動けない。


(……形態変異、不可逆。戦力再評価、危険度上昇)


クロアの演算が警告を最大まで引き上げる。

ヨルムンガンドが動く。質量が振り下ろされ、大地が割れ、衝撃が波となって広がる。クロアたちは散る。受ければ終わる。

ゲブが踏み込み、大剣を振るう。だが刃が通らない。棘に弾かれ、肉に届かない。


「……硬いな」


低く吐き捨てる。

次の瞬間、ヨルムンガンドの口が開く。光――だが熱ではない。

毒の侵食。ブレスが放たれ、空間が歪む。直撃はしない。それでも触れた空気が変質し、クロアの装甲表面が軋む。微細な腐食だ。


(……持続損傷、回避優先)


ラテアが距離を取る。


「当たらなくても危険よ!」


事実だった。ゲブが尾を受け、わずかに体勢を崩す。その隙に再び質量が迫る。

三者は防戦へ移行する。押され、削られ、連携が維持できない。


(……攻撃機会、消失)


クロアの演算が冷たく結論を出す。この形態、単純な削りでは足りない。

だがクロアは止まらない。


(……解、再構築)


先ほどの戦い――ブレバーフォ。再生を上回る火力が解であった。

ならば同様の原理を押し付ける。だが今度は、さらに上のものを。

クロアの単眼が収束する。ヨルムンガンドの巨大な体躯を捉える。

戦場の中心で、再び“解”が生まれようとしていた。



押される。ヨルムンガンドの質量が戦場を塗り潰す。叩きつけ、薙ぎ払い、侵食の光。三者は耐えるしかない。


(……攻撃機会、限定。通常火力、無効)


クロアの演算が限界へ近づく。


(……解、必要)


次の瞬間、導き出される。


(……高質量体、電磁加速)


ストラクチャーゲルが内部で構造を組み替え、流動し固定し直線を形成する。

長く、重い。砲ではない。高速滑空軌道を生み出す構造体。レールガン。だが。


(……充填時間、必要。防御不可)


その間、無防備になる。単独では成立しない攻撃になる。

クロアの動きが一瞬止まる。選択。これまでの戦闘記録には存在しない行動。他者への依存。


(……必要)


クロアが口を開く。


「……要請。狙撃準備完了までの援護」


短い。だが明確だった。

ゲブとラテアの動きがわずかに止まる。沈黙。一瞬。だがそれで十分だった。

ゲブが笑う。


「……ようやく言ってくれたな」


低く力強く、大剣を構える。


「任せろ」


ラテアも頷く。


「集中して、外さないで」


信頼。それだけを置く。

クロアは応じない。必要がない。


(……準備開始)


レールが展開される。背部から前方へ一直線に。電磁場が形成され、空気が震える。

その間にもヨルムンガンドは迫る。

ゲブが踏み込む。真正面。質量と質量がぶつかる。叩きつけを受け、踏みとどまる。

棘が肉を裂く。それでも退かない。


「――来い!」


咆哮。その一瞬、ヨルムンガンドの意識がゲブへ集中する。

ラテアが動く。側面、死角。侵食の光を切り裂き、杭を叩き落とし、流れを作り、時間を稼ぐ。

クロアは動かない。


(……充填、30%)


電磁が唸る。


ヨルムンガンドが気づく。六つの眼がクロアを捉え、狙いが変わる。

ブレスが吐かれ、侵食の光が収束する。

ラテアが割り込む。斬り、逸らす。完全ではない。だが軌道はずれる。


(……充填、60%)


ゲブが尾を受ける。吹き飛ばされる。それでも立つ。


「……まだだ」


踏み込み、時間を奪わせない。


(……充填、80%)


ヨルムンガンドが怒る。全身がうねり、質量が迫る。クロアへ。


(……充填、完了)


一瞬の静寂。

クロアの単眼が収束する。


(……照準固定)


巨大な体躯。その中の核が見えている。

ラテアの声が重なる。


「今よ」


ゲブが吼える。


「撃て!」


クロアが、解放する。



解放。

紫電が走り、空気が裂け、音が遅れて追いつく。

レールガンによる弾体超加速。

不可視に近い速度で射出された高質量体が、ヨルムンガンドの巨躯を貫く。


一瞬、何も起きない。

次の瞬間、崩壊。中心から、内側から弾ける。

肉が、骨が、魔力が、すべて分解される。

再生は起きない。核が――完全に消えている。


ヨルムンガンドの形が維持できなくなる。崩れ、ほどけ、散る。巨大な蛇は存在を保てない。

やがてそこに残ったのは、人の輪郭。ベルワルド。

崩れかけたその姿が、わずかに立っている。六つの眼が揺れる。

だが焦点は定まっている。クロアとラテアへ。


静かに見ている。敵としてではない。何かを確かめるように。


「……狂気が、始まる……」


低く、静かに言葉が落ちる。意味は分からない。だが重い。

次の瞬間、身体が崩れる。灰となり、風に乗って散る。

抵抗はない。叫びもない。ただ消えていく。


最後まで、その眼だけがクロアとラテアを見ていた。羨むように。

理解できない感情。だが否定できない何かが込められていた。


(……不明)


クロアの演算は結論を出せない。

ベルワルドは率いる者だった。だが常に一人だった。

誰にも預けられない意思、誰とも分かち合えない戦場。

だから最後に見たものは、二人で立つ信頼し合う者たちの姿だった。


灰が消え、風が止む。静寂が降りる。戦場がようやく呼吸を取り戻す。


「……終わったわね」


ラテアが静かに言う。

クロアは答えない。視線はまだその場にある。何も残っていない場所を見ている。


(……戦闘終了)

(……未解決要素、残存)


“狂気が、始まる”その言葉だけが消えずに残っていた。

戦いは終わった。だが、何かが始まろうとしている。



次回更新は5/6 17:00以降になる予定です。

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